プロローグ-1- 異世界転生したのに…(泣)
僕――冬馬澄人は今、監獄にいる。
今僕はまさに詰んでいる。
目の前には半開きの鉄格子。
向かいの牢には、どう見ても正気とは思えない男。
どこからか響く怒号と罵声。
治安は最悪だ。
「脱獄したい…」
なぜ僕がこんなところにいるのか、説明しよう。
時を戻そう……くるくるくる~。
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僕は異世界転生をした。
これに尽きる。
……いや、もう少し詳しく話そう。
生まれつき体が弱かった僕は16歳の某日某病院でその人生の幕を閉じた。
詳しくは考えないようにしていたのだが、心臓の病気だったらしい。
真っ暗の中母さんの泣く声が聞こえて、「ああ、悪い事したなぁ」と漠然と思った。
「僕死んじゃったのか」となんとなく再確認。
するとあたりが一変。真っ白な場所へと導かれた。
そこには全体的にぼや~っとした雰囲気の存在。
女神 (ということにしている)が現れた。
次の生に願い事をひとつ、聞いてあげる。と言われた気がした。
僕の苦労をずっと見ていてくれたんですね!?
「来世は、もっかい人間に生まれ変わって、健康でありますよーーーうに。健康であればなんでもいいです。」
深々とお辞儀をすると、女神はニコリと微笑み(たぶん)、僕は次の瞬間には転生していた。
――冬馬澄人、16歳のまま。
「あれっ?」
グーパーグーパー。
五体満足。
夢か? それにしても、どこからどこまでが?
でも僕の人生の半分以上は病室のベッドの上。
ここはどこだ?
暗い部屋に充満する、むせ返るほど甘ったるい香の匂い。
目が慣れるにつれ、壁際に並ぶ十数人の薄着の女性たちが見えてくる。
そして、部屋の中央。
巨大なベッドの上で、肉まんを三つ重ねたような肉塊がのたうち回っている。
息を殺しながら近づくと、それはどうやら一人の男のようだった。
そして、その下には涙を浮かべる女性。
――襲われている!?
思考する間もなく、僕の体は勝手に動いていた。
部屋の花瓶を手に取り――
「人生初ぱーーーんち!」
肉塊の頭に花瓶をフルスイング。
パンチって嘘ついてごめん。
ガシャーン。
悲鳴。
肉塊は崩れ落ち、壁際の女性たちが騒ぎ始める。
僕はベッドにいた女性の手を引き、扉へと走った。
どこに逃げればいい?
どこなんだここは!?
「あはははは!」
何故か笑う自分がコワイ。
勢い任せにやってしまった。
生まれて初めて人を物理的に傷つけた罪悪感と、女性を救えた高揚感。
なにより自由に走り回れることに一番の幸福感を感じていた。
感情がぐちゃぐちゃに混ざる。
走る。
走る。走る。手を引く。
走る。心臓の音が耳まで届く。
気持ちいい!
扉を抜けると長い廊下。
遮二無二走り続け、やがてエントランスらしき広間に飛び込んだ。
「逃げよう! ……そうだ、名前、君の名前は……」
言葉を紡いだ瞬間。
「ぐえっ!」
突如、僕の体は何人もの手によって押さえ込まれた。
「賊が! どこから入り込んだ!」
数人がかりで自由を奪われ、
つぶれた蛙のように僕はぺしゃんこになる。
そこからの記憶は曖昧だ。
目隠しをされ、何日も飲まず食わずで放置された。
そして、連れて行かれた先で響いたのは、
「儂を傷つけるなど……万死に値する!」
恐らく、僕が殴った男の声だ。
「死刑など生ぬるい……ナラク城に落とせ!」
ナラク? 奈落?
不吉な響き。
「判決を言い渡す――ナラク落とし。」
僕の顔に熱が走る。
次の瞬間、激痛。
「ああぁぁぁああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い!でも、生きてる…
意識が途切れた。
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牢獄という名の自室には鏡代わりの水たまりが備え付けられている。
うーん、いい物件ですなあ。
僕のプリティな顔には焼き印が押されていた。
罪人の証なのだろう。
「……まあ、現代日本でも人殴ったら捕まるしね…。」
牢獄のなかで外を観察していてわかったのだが、明らかに日本ではない。
なんだか、剣を持っていたり、ファンタジー風味の世界観だ。
これ、アレだ。異世界転生だ。普通の生まれ変わりじゃないわこれ。
ここでようやく理解した。
ここまでで回想。
とはいえ、いくらあの肉ダルマが女性に乱暴していたとはいえ、
もっとマシなやり方があったなぁと後悔。
「うーん……」
相変わらず治安は最悪。
一週間近く何も食べていないのに、ギリギリ体は動く。
健康を願った加護なんだろうか。
牢の向かいには、まだイっちゃってる住人がいる。
叫び声は止まない。
半開きの鉄格子を、ボロボロの服を裂いて即席の鍵で固定。
僕は引きこもることにした。
詰んでる。
こんな異世界転生、アリか?
ナシだよ!!
「出してくれぇーーーーーーーーーーーーー!」
「うっせえ!」
「ひえっ!」