俺、野獣先輩だったかもしれない。
タイトルにつられたな。
俺、野獣先輩だったかもしれない。そう思ってたときが俺にはあったんだ。正直、頭がおかしいと思う人が大半だろう。
まず俺の身に何があったかを話すとしよう。2007年俺は自殺をしようとして、家の2階から飛び降りた。そして、病院に送られて17年間眠っていた。いわゆる植物人間となっていた。というのが大まかな話だ。
そして眠りから覚めたところから物語が始まる。
白い病室に取り付けられた窓をみる。そこには雲一つない青い空が広がっていた。
扉から看護師が入ってきたが驚いた表情で誰かを呼びにいった。何かを思い出そうとも記憶から何かを見つけることは出来なかった。
そうしているうちにさっきの看護師と医者が慌てて病室に入ってきて、深呼吸をした後、俺に話しかけてきた。
「田所さん!ようやく目覚めたんですね!」
医者は驚いた、そして嬉しそうな表情で話しかけた。
「田所?それが俺の名前なんですか?」
「そうですよ。」
俺は頭にハテナマークが浮かんだような気がした。
「おそらく、記憶喪失になっているのでしょう。」
「記憶喪失に...ですか?そうだ!俺の身に何があったかを教えてください。そしたら何か思い出すかも。」
医者は複雑そうな表情をして俺に言った。
「わかりました。しかしかなりショッキングな話になるので無理をしないでください。」
そうして医者は
俺が下北沢の小さな印刷会社の社長の息子だということ。
大学を留年したこと。
そして、自殺を試みて結果的に17年眠っていたことを聞いた。
どれも、違う意味で衝撃的だったが一番を決めるなら17年も眠っていたことだろう。
「17年も眠っていたんですか!しかも自殺しようとしたなんて!」
「落ち着いてください!」
医者の言葉で俺は正気に戻った。
「これからあなたの両親を電話で呼ぶので待っていてください。一応分かっているとは思いますが。あなたの記憶はまだ安定していません。安定するまでは1人で外出をしないようにしてください。」
そう言って医者と看護師は俺の部屋から出て行った。
暇を持て余した俺はふと見慣れたパソコンが目に入った。俺の家にあったパソコンだ。おそらく俺が入院した後俺の親が持ってきたものだろう。ちょうど机にパソコンのパスワードが書かれた付箋が貼ってあったので、慎重にパスワードをうち開いた。そして何か思い出せないかと思い、調べてみた。しかし、特に何も得られなかったため、暇を潰すために、動画サイトを開いた。そこで衝撃的なものをみた。
「俺だ...」
そこには全裸で絶頂する俺に似た誰かの姿があった。
「イキスギィ!イクイクイクイク…ンアッー!」
俺は驚いて、動画を止めた。
「どういうことだ?」
俺はその人物について調べた。分かったことはなかった。しかし、ネットでそいつがどういった扱いをされているかは理解した。
大人向けのビデオに出演した男優だということ。(ただし、男性同士がいろいろするやつ)
野獣先輩と呼ばれていること。
そして田所浩二と呼ばれていること。
俺はゾッとした。確か医者は俺のことを【田所】と言っていたよな?
頭が真っ白になっているなか、歳をとった男と女が病室に入ってきた。
「カツノリ!やっと起きたんだね。」
女がそう言って俺に抱きついてきた。おそらく俺の母だろうと思っていると、男が泣きそうになりながら言った。
「カツノリ!生きていたのか...」
男、俺の父の頬に涙がつたうのがみえた。
しかし、記憶のない俺はただ冷静に状況を理解することしかできなかった。
ただ、少し安心した。俺に名前は田所浩二ではなく田所カツノリというらしい。
(ただ、今思えば撮影中は役名を使うのがほとんどのため正直安心する要素はほぼないと言っていいのだが、そこまで考える時間がなかったためしょうがない。)
私を抱いて泣いている母は写真を見せつけながらこう言った。
「あんた覚えてない?中学からの同級生の鈴木くんと後輩の三浦くんと木村くんと遠野くん」
俺はハッとした写真にうつっている全員が動画にいた男優に瓜二つなのだ。そして鈴木という男が俺にそっくりだったため、さらにびっくりした。
「みんな、あんたと仲が良くてね特に鈴木くんは顔がよく似てたもんで、兄弟と間違われてたんだよ。」
俺は朧げながら何かを思い出した気がする。ただその記憶もすぐに消えてしまった。
「彼らもすぐにお前のところに来るらしい。どうやら車に乗せて、【思い出の場所】に連れて行ってくれるらしい。」
父がそう言った。思い出の場所に心当たりなどなかったため、全てを失ってしまったのかと思い俺は悲しくなった。
父が
「でも俺も母さんもお前とお前の友達の思い出の場所は知らないから、俺たちが妙な詮索をしたら不快だろう。だから俺らはここで待ってるよ。」
そう言い終わるのとほぼ同時に男が3人入ってきた。
「田所!本当に良かった!」
少し高い声で浅黒い男が叫んだ。
「ついに起きたんですね!田所さん!」
顔の整った男が嬉しそうに駆け寄った。
「17年間ずっと心配してたゾ!」
坊主頭が泣きながら言った。
全員写真にうつってたときよりも明らかに老けていたが、17年も年月がすぎていたためしょうがない。
それより、ある違和感に気づいた。鈴木、三浦、木村に似た男はいるが、遠野に似た男がいなかった。他にも様々な質問をしようとしたが、その前に鈴木が言った。
「車用意してるから、さっさと乗ってくれよな。医者からも許可とってるから。ホラホラはやくしろよ。」
俺は言われるがまま彼らについていき車に乗った。
正直、不安だった。俺以外はみんな40代の男なのに、俺だけ20代の若い姿のままである。そして同時に悲しかった。この男たちからは決して壊れることのない友情を感じる。それなのに、俺は彼らとの思い出が何もなかったのがたまらなく悲しかった。
そうこうして彼らと浮かない顔で談笑しているうちに、鈴木が車を止めた。そこは白くて広そうな建物だった。そして俺は驚いた。ここはあの動画でみた建物と全く同じだったからだ。俺たち4人は車から降りてその建物のそばまでいった。
「お前の忠告を聞いていればこんなんにならなかったのかもしれないな。俺たち。」
鈴木は建物をみながらそう言った。
「それは間違い無いですね。きっとそうしていれば大切なものを失わずにすんだかも。」
木村も鈴木に同意した。
訳が分からない自分に鈴木は言った。
「すまん。お前、記憶喪失になってるんだったよな。医者に聞いたこと忘れてたよ。」
「一から事情を説明する必要があるゾ〜これ。」
俺を除いた3人は顔を合わせて真剣な顔で言った。
「俺たち3人は金が欲しかったからホモビに出たんだ。C社の【誘惑のラビリンス】っていう作品。」
「そうだよ。そして大金が手に入った俺たちはまたホモビに出ることにしたゾ。」
「でも田所さんは僕たちにこう言ったんです。“これ以上体を売るのをやめろ。じゃないと最悪な結末になる”って。」
「でも俺たちはその忠告を無視してビデオに出演しようとしたゾ。結局出演できたのは鈴木と遠野だけだけど。」
「そういえば、遠野っていう人はどこにいるんですか?とても仲が良かったはずですが...」
そう聞いたとき、3人の顔が曇った。
そして、鈴木が言った。
「遠野は...死んだ。」
俺は言葉が出なかった。
「相当驚いているようだな...まあ無理もない説明しよう。俺と俺の誘いに乗り気だった遠野はお前の忠告を無視してビデオに出演したんだ。ちなみにビデオの役名は役者が好きに決められるんだけど、3人で出演したときはめんどくさいから、名字と同じ役名にしてたんだ。でも遠野と出演したビデオ【真夏の夜の淫夢】では、お前への腹いせとして、お前の名字【田所】を名乗ったんだ。」
俺は空いた口が塞がらないままだったが、鈴木は話を進めた。
「そしてビデオ本番いろいろなことをして、撮影が終わったあと、遠野が体調を崩したんだ。とりあえず、タクシーで家に帰したんだけど、体調はよくならなかった。そして病院に連れて行った。そこで医者は言ったんだ。“遠野はもうすぐ死ぬ”ってどうやら感染事例がほぼないけど直す方法が確立されてない性病にかかってしまったそうなんだ...その事実を知った2日後に遠野は死んだ。理由は明確だった。」
「すみません。一つ聞かせて下さい。あなたは【野獣先輩】ですか?」
あまりに錯乱したため、さっきまでの話と関係のない質問をしてしまったが、鈴木は笑顔で言った。
「俺、野獣先輩なんだ。」
俺は時が止まったように動かなくなった。しかし、鈴木は話をやめなかった。
「そして、遠野が亡くなった後、有名な野球選手が俺と遠野が出演したビデオに出演したことが発覚したんだ。それが2002年とか2003年ぐらいの話。そしてその野球選手が話題になったけど、まだ俺たちは話題にならなかった。だから遠野はいないけど俺たちも俺たちなりで頑張っていたんだ。でも2007年、お前が自殺しようとした年に、俺が話題になってしまった。ある日お前は俺たちがビデオの出演をやめさせることができなかったのは自分の責任だって言って、その夜に2階から飛び降りたんだ。」
黙って下を向いていた三浦が口を開いた。
「俺たちは馬鹿なことをしたゾ。俺たちの行動のせいで、結果的に遠野を失って、17年間お前も失った。そして今、お前の記憶をも失ってしまった。お前は何も関係ないのに...」
俺は言った。
「でも、ネットであんなに馬鹿にされてたら、裁判とか起こして動画を消させることぐらいできたんじゃ...」
そう言った後、木村が言った。
「償いのためです。病室で遠野さんが亡くなる寸前にこう言っていました。”もし、何かが原因で僕たちのことが話題になっても、それを止めないで下さい。それが田所さんにできる償いです。“って」
鈴木は言った。
「俺も同意したよ。まあお前へのことを思うなら俺に顔が似てるから、日常生活に支障が出るからすぐに止めさせるべきなんだろうけど、そんなこと頭になかった。正直遠野が亡くなったとき、せめて馬鹿な俺をみて笑ってくれ、なんて罪を償うようにみせた自己満足でしかなかったよな。お前が飛び降りた時もそんなくだらない自己満足しか考えてなかった。」
鈴木がそう言った後、三浦が空を見上げながら言った。
「もう夕暮れだゾ。田所の親も待ってるから、早く病室に戻るゾ」
「そうですね。心配かけちゃ良くないです。」
「じゃあ帰るか!」
俺たちは車に乗り、鈴木はアクセルを踏みながらこう言った。
「俺ら、お前に迷惑をかけたから、3人でもうこれ以上お前に会わないって決めたんだ。」
うっすらと記憶が霧のように浮かび、俺は悲しくなった。
「今までありがとう。そしてすまなかった。」
鈴木は切ない横顔でそう言った。
「夕焼けの向こうに何もないゾ。明日はきっと晴れるゾ。」
三浦がそう言った後、木村が反論した。
「いや、雨が降るかもしれませんよ。」
「なんでそんなこというんだゾ!俺のばあちゃんが言ってたことを否定するつもりか!」
三浦は少し怒りながらそう言った。しかし木村は言った。
「危険を完璧に予測することはできません。そして予測できなかった危険から、後悔が生まれてそれが同じ状況に陥った人にしか理解できない自分に課せられて罪になるのです。僕たちがそうであったように...」
鈴木は同意した。
「後悔をしないなんて無理なんだろうな、危険を完璧に予測するなんて神じゃないとできない。でも後悔したあとが大切だろう?誰にも迷惑をかけずに自己満足しなければならない。まあ、俺はお前に迷惑をかけたけどな。」
静かな空気が10秒ほど続いた後、木村が言った。
「ちなみに天気予報では明日の天気は晴れらしいです。」
鈴木は笑いながら
「でも雨が降るかもしれないぞ。」
とからかうように言った。
「そんなこと言ったらキリがないじゃないですか!」
「でも最初に指摘したのはお前だゾ。」
学生のような無邪気さに溢れていた。
後悔とは自分に課せられた罪であり、それを償うのは一つ試練なんだろう。と考えながら車の中で橙色に染まる空をみた。
そして俺は聞いた。
「結局晴れるんですか?」
鈴木は言った。
「さあな。でも俺らが前向きに生きてる限り、きっと晴れるだろう。」
ほとんどの記憶のない俺は見慣れているはずの下北沢の景色を眺めながら病院に向かった。
もっと有意義な時間の使い道あったんじゃないの?†悔い改めて†どうぞ。