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97:いいから食うか話すかしてほしいものだ

「さて、それでは話を聞かせてもらおうか」


 湖岸の村レイクハウンドのもっとも大きな館。

 かつてあった湖の主をはじめとした魔獣暴走の一件。その復興の際に建築した屋敷。

 普段はこの村に置いた商人が住まい、時には賓客の宿ともなるこれの一室。月明かりの射すダイニングにて、私は長い食卓の端から向かいの人物に向かって声をかける。

 その相手とはもちろん黒い垂れ犬耳の男アジーン。近隣の獣人型魔人の氏族連合体に音頭を取り、私をこの地へ招き入れた我が配下だ。

 聞かせろと促しているのはもちろん昼間の事。

 船を降りた私、スメラヴィアの摂政一行に術と矢弾の狙撃が放たれた一件についてだ。

 幸いにも私の手により狙撃そのものの被害はゼロ。追手に出した兵が、浅いものの傷を負った事がダメージか。その負傷兵も手当を受けた今はもう夕食を平らげて寝たということで、ほぼほぼ心配は無用というところだ。

 が、被害が浅いのならば良し。とはできないのがこの一件だ。

 首謀者への追及はもちろんの事、この地を中間管理職として預かった身として、アジーンには取らねばならない責任がある。

 私は許そう。だが部下たちが許すかな、というヤツだ。

 これはアジーンの立場もある。

 私直々の部下ではあるが、パサドーブル、スメラヴィアの仲間では無い。

 古参に当たるラックス時代からの者からしてもルシール湖畔の仲間とは言えなくも無いという程度。お得意様の親分か、あるいは同じ領主に管理された他所の村の長くらいの感覚となるか。

 ざっくりと言ってしまえば外様者だ。

 私としては部下には違いなく、謀を疑う要素も無いのだが、アジーン自身が証を立てねば示しがつかない状況というわけだ。


「私の兵も、お前が出した追手も襲撃犯を捕らえる事は出来なかったのは残念だ。ここに連れてきた精鋭には厳しい訓練を課してきたし、お前の手の者に至っては我が兵に相応しい訓練を積ませた上で地元の者だ。それらから逃げおおせるとはよほど森を熟知した手練れらしい」


 このように話を振りつつ、私は目の前で湯気を立てる魔猪のステーキ肉を切り分け口に運ぶ。

 このように毒見を挟まずに食事を取る事にミントらはやはり良い顔はしない。

 いくらお抱え料理人のメイレンが厳重に管理した食材と道具で作っているとはいえ、仕込む手段に限りが無いのは間違いない。だが私に効く毒物が無いのだから問題もない。なのでむしろ毒見自体は私がやった方が安全で効率的ですらある。本末転倒である、というのはそうでもあるが。

 しかし美味いモノは温かいままで食べたいのだ。

 冷めても美味い、むしろ逆転の発想で冷まして食べる、といった工夫を否定する気はない。逆に支援しているところではある。

 が、ホカホカの飯が冷飯になった時の哀しさと言ったら無い。

 戦場でも食事の温かさで兵のテンションが段違いになる、といった話も聞くし、なるほどなとの実感もあるのだ。

 さてそんなホカホカの食事に、アジーンは前菜の段階から手も付けずに俯いてしまっている。

 私としては現状報告が聞きたいだけなので、まだ何も分からんというのならそれはそうと報告して食べ始めてくれまいか。もったいない。

 そんな思いから話を聞かせてもらおうか、ともう一度促せば、アジーンはテーブルに額を着ける勢いで頭を下げる。

 実際にはぶつからなかったが、跳ねるかはみ出るかと皿に手を伸ばしてしまった。


「申し訳ありませんレイア様! 再三レイア様の武力はお伝えしていたのですが……このような事に!」


「ふむ。実行犯に心当たりがあると言った口ぶりだな」


 手を食事に戻して促す私に、アジーンはもう一度謝罪を重ねて顔を上げる。


「アレは恐らく獣人連合の一派。レイア様のお力を借りる事に反発する者……それに雇われた者たちです」


「そうだろうな。その一派の息がかかった者が、レイクハウンドの警備にしばらく紛れていた、と。そういう事か」


「御明察……てなもんですね。流石はレイア様」


 そっちから呼んでおいて何をしでかしてるのか。という目でミントがアジーンを睨んでいる。が、手の届かぬところ、力の及ばぬ領域というモノは往々にしてある。勘弁してやれ。

 そもそもがアジーンとその賛同者、私のシンパにあたる者たちの考えとしては、私の来訪によって近隣の魔人国からの圧を跳ね除けたい。あるいはそれで向こうが暴発するのなら私をぶつけてやれ。と、そういう算段だったのだと。

 それでまあ連合体……いや集団であればお決まりの事であるが、魔人国寄りの者にとっては私の方こそが招かれざる客だと反発する訳だ。

 これも当たり前の話であるが、全体として得になる行いが小集団、個人にとっては損失になる例は枚挙に暇がない。

 魔人国と隣接した氏族や共同体にとっては目の前に差し迫った危機であり、私の動きをきっかけに強まった圧力に潰される。

 そんな未来図を見ては、私の首を手土産にお隣にすり寄ろうとするだろうとも。

 それが長期的には種族全体の奴隷化への道であったとしても、今日明日を生き延びなければ明後日すら無いのだからな。プライドも思い入れも捨てる選択肢を選ぶ手合いもいないでは無い。

 で、また厄介な話になるが、これとは真逆の方向性で私に反発する者も出てくる。私の手が入れば、いずれは結局私の支配下に入る事になる。そんな先の姿を見切って、そうはさせじと動く訳だ。まさに溢れ出る思い入れにしがみついた形だな。

 二極化した例えではあるが、当然意思を持つ者が皆、極端な思考と行動を取るわけでもなし。

 周囲の激流に身を任せる者もいれば、誰よりも過激な思想を抱きながら影に潜む者もあり。個々各々に様々なスタンスがあって、それに基づいて生きている訳だからな。

 と、長々と連ねたが、アジーンがどうしようと私が乗り込むように動いた段階で規模はどうあれ反発の動きがある事は目に見えているのだ。だから騒ぐ程の事はどこにも無い。


「で、具体的にドコの誰が私を歓迎していないのかは分かっているのか?」


「オレは腹芸が得意なタイプではないのでなんとも。口では賛成しながら、邪魔するための罠に誘い込んでるなんてザラですからね」


「そういうものだからな。まあ巧妙に腹を隠してる連中の事は構わん。表立って不満を述べている者と、その内容を分かっている限りで良い」


「そういう事でしたら……しかしこの話は……」


「何を言い淀むことがある? 言ってみるがいい。繰り返しになるが私が聞かせよと言っているのだ」


 促す私に、それでもアジーンは言いづらそうに眉間に迷いを滲ませる。が、さらに促すよりは早くに心を定めて口を開く。


「一応は説き伏せて招く事は了解させはしたんですがね。ウチに近いところで言えばブル族。後は虎人に、鷹人の……」


 前置きを挟んで堰を切ればまあ出るわ出るわ。

 次々に列挙されるのをその尖り耳に入れたミントは絶句の顔。

 それはそうもなる。なにせ連合の代表氏族のすべてから反レイア・反スメラヴィアの意思の持ち主がいると告げられているのだから。

 だが先にも言ったがそれは当たり前だ。同盟国同士だからと全勢力、全構成員が互いに好感を抱いているとは限らない。そして逆もまた然りである。


「それで……一番声がでかいのがベイジのツァイリーってなもんで……」


「そんな、ベイジの!? それにツァイリーって、確か……」


「なるほどな。それならば私が考えていた方法そのままで良さそうだ」


 最後に上がった名前に動転する腹心に対し、予想通り予定通りとの顔でステーキのラスト一切れを口に含む私。これにこの場に集まった皆は信頼と、それでも拭いきれぬ不安の入り混じった目を向けてくる。

 この注目の色を安堵一色に変えるべく、私は堂々と猪ステーキの二枚目を求める。しかし堂々たるこの態度にも、部下たちからは安心よりも呆れの勝った視線が向けられるのであった。

 解せぬ。

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