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96:歓迎の一矢

 真上からの陽を取り返した白い湖面。

 鏡のようなこれを割って進む船。

 推進力を生む帆をたたんだそれは、ゆるゆると岸から伸びる桟橋にその船体を寄せる。錨を沈め完全に腰を落ち着けた船からは、私の「雷嵐と女ケンタウロス」の旗を掲げた兵団が降りて先に停泊していた船の部隊と合わせて桟橋周りを固める。

 ここまで整って、ようやく私も船から降りる。

 連ねた軽盾を大袖とした重弓騎兵甲冑。

 数多の戦場を共にした馴染みのモノを踏襲しつつ、金の縁取りや飾り房をはじめとしてた種々の装飾を施した見栄え重視の一揃え。

 コレで着飾った私が桟橋を踏むや、湖岸の村レイクハウンドに集まった犬耳魔人フンドらから歓声が上がる。


「あのお姿は間違いなくレイア様!! 領主様がおいでになった!!」


「レイア様! 我らが守護神!!」


 この歓迎の声に私が手を挙げて応じるのと合わせ、兵の一部がラッパを鳴らす。

 スメラヴィア皇家の力づくでの世代交代。それを私がさらに交代させる事で正統に戻した先の乱。

 乱そのものは周辺国が大きく動き出す前に終息を迎えた。が、今でも新女皇と摂政たる私の下で立ち直ろうとするスメラヴィアを狙う諸国の野心が消えたわけではない。けんに回ってあからさまにはしなくなった分、余計に厄介になった面もある。

 しかし隠れたというのならそれはそれで、釣りのやりようはあるというもの。

 食いつかずにはおれない。それほどの美味い餌を投げ入れてやれば良い。私と言う、スメラヴィアを支える名実揃った屋台骨をな。

 それでたまらず出てくるようなモノは残らず叩き潰してやれば良い。スメラヴィアの摂政を餌にしてなお隠れてやり過ごそうと出来る者に対する良い警告にもなることだろう。

 そんなわけで、合間合間に慣れ親しんだラックス近郊での休暇を楽しみつつ、準備が整うまでを待機。

 こうして船団を率いて魔人の領域に……正確には、ここはまだ私の支配地であるが……乗り込んだというわけだ。

 ちなみにここを一番手とした理由は何のことは無い。ここを任せているフンドのアジーンを中継した形で招かれたからだ。


「……本当に信用出来るのでしょうか? 元々が元々ですから結託してレイア様を罠にかけるつもりなのかも知れません」


「ミントは相変わらず手厳しいな」


 私の斜め後ろにつく形で続くミントのセリフに、私は思わず苦笑を。

 ラックスとは関わりの深いレイクハウンドと、そこを治めていたボルゾー一族。しかし近隣の獣人型魔人族との関わりは、それと同じかより深い。

 自分から茶番を挟んで降っているとはいえ、より根深く絡んだ横のしがらみからかかる力には逆らえないと言うこともままある事だ。

 個人的にはそれはそれで面白い。

 寝首をかくために策を弄し、私に手向かう気概があるのなら見せてもらいたいくらいだ。

 もっとも、それで害を被るのは私ばかりでは無いだろうから、私自身の思惑とは逆に歓迎はできないのだがな。

 私を少しでも知っていれば、私が損失を惜しむ相手を攻撃するなりした方がリソースを削れると分かっているだろうからな。私の酔狂で出すには、最小限度に被害を食い止めるために切る事になる者たちすらもったいなさすぎる。

 ともあれボルゾーの、特にアジーンに限って言えば、私は心配はしていない。

 彼の危険に対する嗅覚は大したものだ。私を相手にして出る被害。最終的に自分に巨大な鋼の掌及ぶ事を感じ取れている限り、誘いをかけて来た相手を説得に回ることだろう。


「ようこそおいでくださいました我が君。誰よりも真っ先にお出迎えするつもりだったんですがね、レイア様を慕う玄関口の民の勢いには勝てませんってなもんで」


「……噂をすれば……」


 我が旗を掲げたフンド兵。その先頭をきって現れた黒い垂れ犬耳の男アジーンの姿に、ミントは身を強張らせる。

 構えを取る一歩手前にまで警戒する我が腹心を制して、私はこの地の代官役に応じる。


「いや、中々に気分の良い歓迎であった。我が領民に少々手土産を弾んでしまいたくなる程にな」


「そりゃあ皆も喜ぶってなもんで。なにしろレイア様がこちらにいらっしゃった間はそりゃあ良いもんが食えましたからね。交易が前よりも密になったおかげで暮らしぶりも豊かになりました。ここのモンからすりゃあレイア様は吉兆そのものってなもんですからね」


 ミント以外にも警戒心を滲ませた兵達の視線もなんのその。アジーンは我が部下たちの纏う空気をまるで気にした様子もなく、私を持ち上げるセリフを並べながら先導に入る。


「さて、私を招きたいとお前を通じて言って来た獣人同盟だが、中々な相手のようでは無いか?」


「いやいやとんでもない! 同盟にはメイレン殿の出身で、レイア様とも縁のあるベイジのモンだっていますんで。それにオレを、このレイクハウンドを窓口にしたスメラヴィアとの貿易のおかげで、同盟の中での揉め事は随分と減ったもんで。レイア様とは……レイア様が舵取りしてるスメラヴィアとは、今後もいい感じに付き合いを深めていきたいって声がでかいってなもんで」


 背中に投げかけた私の言葉に、アジーンはその垂れた犬耳を振り回す勢いで首を横に振って見せる。

 確かに嘘は無さそうだな。

 私が紛れ込ませた諜報員から上がっている報告とも大きな違いは無い。メイレンが故郷とやり取りをする文から知らせてくれた情報とも合っている。

 スメラヴィアとの良いお付き合いをと獣人同盟が望み、歓迎しているというのは間違い無かろうとも。

 だがなアジーン。その「良いお付き合い」の形が、現状をただ密にしただけと皆が皆思っているというのはどうだろうな?

 そう豊かな胸の内で独り言ちつつ右手を掲げてゆるりと一回し。これに合わせて伸びたエナジー・ソードウィップが放たれた光と矢弾から民衆と兵らを守る。


「なぁッ!? 襲撃ッ!?」


「レイア様をお守りせよッ!! 射手を逃がすなッ!!」


 私の動きに呆けていた皆々であったが、切り払われた破壊の波動とそれに混じった矢と飛礫に事態を察して張り詰めた声を。


「構わぬ。追跡捕縛は二の次で良い! まずは民の安全を第一とせよ!!」


 自分の身は自分で守れるから構わん。とも言いたいが、それを言ってしまっては護衛兵の立つ瀬が無いので命じないでおく。

 そんな配慮を込めた命令に従って、我が周囲を固めていた精鋭達は守備の輪を増やす形で対応。私の、というか傍に固まった人物の壁となるのを最終防衛ラインとし、ある程度距離を置いたその外側に守りの兵を配置していくスタイルだ。それも最も人員が多く、分厚い配置になるのは港に私を歓迎に集まった民らを囲う最外周になるように。

 この防御陣形から溢れた余力が避難誘導に、そしてさらにまだ余裕がある分が襲撃犯の捜索に回る寸法となる。守りの兵が最内と最外に集中していないのは、突破される事よりも刺客の別働隊が民の中に紛れていて、二の矢を放つ機を狙っているのを警戒しての事だ。

 我が意を汲みつつ、しかし要人警護の形を崩さぬ見事な布陣よ。

 この訓練の活きた素早い動きに私が満足する一方で、アジーンもまた自分の部下に守備の強化と刺客への追跡を指示。しかしそんなアジーンと私との間にミントが入り、警戒を顕に。

 やれやれまったく。どうにか表には出させないようにさせていたというのに。これては追跡組も連携が取れなくなって危なくなってしまうじゃあないか。


「この件も含めて、落ち着いたところでじっくりと話そうではないか」


「は、はは……ッ!!」


「レイア様、我が方の船を使われるのではッ!?」


 アジーンを伴い、村の大きな建物に向かって歩き出す私に、ミントらから疑問の形で制止の声が。

 皆の危惧するところも至極もっとも。私の忠勇なる部下として実に真っ当な、手本のような対応だ。


「しかしこの程度で臆したなどと無礼なめられてはつまらん。皆には労をかけるが、頼りにさせてもらうぞ」


「……そう言われてしまってはやるしかないじゃありませんかッ!!」


 このミントの放り出すような了解を受けて、残る忠義の臣らもまた私たちの後に続いてくれるのであった。

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