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92:見て知るが良い

「さて、それでは最終試験だ。改めて説明をしておくが、これまでの結果に今回の結果を付け加えた総合で合否を発表する事になる」


「あ、あの……今回の試験に合格者って出るんですか?」


「いい質問だフラマン怜冠令息。それはそなたらの頑張り次第だと言っておこう。もっとも、私から一本取れなければ絶対に不合格、などということは無いからそこは安心せよ」


 おずおずと手を挙げ尋ねるジェームズに、私は堂々と不安を取り除いてやる。

 それでもなお彼の眉が下がったままなのは無理もない。

 この練兵場に集まった、彼をはじめとした八人の受験者。

 本日彼らに課す試験が試験官との一対一の試合。

 そしてその相手となる試験官が運動用のパンツスタイルで木剣を担いだ私、レイアだからだ。

 第一次、第二次エステリオの乱に参戦していた者たちはもちろん、そうでなくとも人の頭程の鉄球を手の平サイズにまで圧縮して見せた事で、私の力については刻みつけられている事だろう。

 試合形式とはいえ、圧倒的なそれが自分に向けられるとなっては恐ろしさで震えてしまうのも当たり前だ。


「大層な自信じゃあないですか。それで? もし一本取れたら即合格、って事でも良いんですかね?」


 そんな畏縮した受験者の中から一人、前に出てくる青年が。

 たしかパサドーブルとは方角違いの国境、そこを領する彩冠家の三男だったか。

 精強と名高い武門の一族。その勤めを果たしているだけあって、これまでに課した試験でもなかなかの武勇を示してきている。


「お、おい……! 滅多なことを言うな! あんな力の持ち主を相手に……!」


「あの鉄球パフォーマンスの事? 聞けばレイア嬢は巨大な鉄人形を我が身のように操れるほど波動術にも堪能だと。それでどうにかした宴会芸だろうさ。純粋な剣ならわかんないって。で、どうなんですレイア嬢?」


「おい! 煌冠で摂政相手にその呼び方は無礼だぞ!」


 ジェームズら他の受験者の諌めを無視。あまつさえ私のパフォーマンスをトリックありきと見なし、私自身をも評判先行の張り子の虎と見なしている。

 それもやむ無し。

 個人や小規模部隊を率いての武勇で彼は受験者の中から頭ひとつ抜けている。

 おそらく同年代では、いやいくらか長じてからは師を相手にしてすら負けなしなのだろう事が見える。これは増長もしよう。

 では、その伸びた鼻っ柱を一度へし折ってやらねばな。

 という訳で私は無礼を咎める受験者らを手で制する。


「合否の話だが、この試験に限ってはもちろんだと答えよう。だがあくまでもこの試験に限っての事。最終的に私が見るのは将としての総合力。そしてそなたらの強みと弱みだ。この一戦のみですべてを定めようとは最初から思っていない」


 この返答に受験者のほとんどからは安堵の息が。

 スメラヴィア摂政の婿、その実家ともなれば色々と期待するところも多い事だろう。強烈な圧があったり後が無かったりと、彼らにとっては今後の進退に関わるところだ。

 絶望的な最終試験のみで合否が分かれることはないとなれば、多少は張りつめた心も和らぐ事だろうとも。

 が、その一方で質問をした当の本人はこれ見よがしに肩を落として見せてくる。


「なんだぁ、とんでもない戦い方をするスメラヴィアの戦乙女だなんて言われてるお方がどんなもんかと思いきやつまらねえ事を言うもんじゃないか。ここで自分を打ち負かしたら全部くれてやるくらいは言えないのかね」


「お前……いくらなんでも礼儀ってモノが……!」


 あからさまな挑発。

 これにジェームズらがまた無礼を咎めに。しかし私は再びこれを制する。


「では試して見るがいい。本当に私に勝てるかどうか、な」


「そりゃあいい。口先でやいのやいのやるより実際にやってみるのが一番早くはっきりする」


 試合の開始点として用意した線に促せば、武力自慢の令息は木剣を手に意気揚々と。


「ふむ。使うのは本当にそれで良いのか?」


「うん? ああたしかに槍の方が好みだが、剣の技だって大したもんだぜ?」


「いや、それもだが訓練用ならば刃引きしたものもあるが、そちらでなくても良いのか、とな」


 私のこの問いに、木剣の具合を確めていたヤツの眉が跳ねる。

 武器が同じならお前は負ける。そういった意味のあからさまな挑発だからな。

 波動使いの女将軍だからと見下してる相手から言われては、それは頭にくる事だろう。


「……ああもちろん構わないさ。それよりもさっさと決着を着けようじゃないか」


「うむ。ではかかってくるがいい」


 努めて冷静な態度を保つ令息に先手を譲る宣言をすれば、ヤツは軽く舌打ちを。

 しかし試合の始まりを告げる鳴弦の音が響くや、私の正面に構えた男はまるで石のように固まってしまう。

 私は木剣を片手に、構えらしい構えもなく対峙しているだけだというのに。

 ふむ。武力自慢であるだけの事はある。

 実際に武器を手に対峙すれば、私との力量差をいくらか見切れるだけの実力は備えていたか。

 おそらく今のヤツは打ち込んだ先に己が負けるイメージしか見えてはいまい。

 これで挑発されるまま、私の誘いにホイホイ乗って踏み込んできていたらどうしてくれようかと思っていたところだぞ。

 だがこのまま硬直されていても埒が開かない。どれ、ここはもう一度誘ってやるとしよう。


「そら、どうした? 来ないのか。それともレディファーストのつもりなのか?」


「う、あああッ!?」


 こちらから行くぞと仕掛ける風を装えば、ヤツは踏み込んでくる。

 先手を打たれればなす術なく負ける。その直感を得て、かつそれに従えるのは大したものだ。

 凡庸の剣士ならば迷い固まったままで終わりだ。やはり光るモノは秘めている。

 そんな彼の体ごとに叩きつけるような剣に、私は真っ向から剣をぶつけて跳ね返す。それはもう飛んできた鞠を棒切れで打ち返すように。

 軽々と後ろに飛んだヤツは、そのまま尻餅をつく形で着地。そこへすでに踏み込んでいた私は木剣をなぎ払いに。

 この振りのタイミングに、ヤツは引きつった笑みを。

 遠い。あるいは早すぎる。

 ヤツの確信としてはそんなところか。

 私の体格。加えて木剣の刃渡り。それが生み出す有効射程リーチを見切っていたのだろう令息殿からしたら、私のこの一撃はただ空を切るだけに終わると見えたに違いない。

 やはり武に関しては大したものだ。人の身でそこまでの域に達するには、才のみならず厳しい修練を重ねねばなるまい。

 だから見せてやる事にしたのだ。

 その才と努力に敬意を表して、単純なモノではあるが私の技をな。

 私は横薙ぎに降った腕を振り切る事なく制止。ちょうど片手突きを放ったような姿勢で、座った相手と対峙した形だ。そうして突き出した我が手の先、木剣の切っ先は尻餅令息殿のこめかみスレスレで静止している。


「これで私の一本だ」


「あ? え? なんで……?」


 触れるか触れないか。そこでピタリと止まった武器。本来の戦場であれば間違いなく叩き込まれていたそれを横目に、彼は歯の根を震わせる。

 もちろん私が強引に踏み込みの距離を伸ばしたわけでも、術による幻惑で彼の見切りを狂わせたわけでも無い。

 あのタイミングでの横薙ぎでは私の木剣は間違いなく、せいぜいが彼の前髪を払う程度通り過ぎていた。

 ではその結果を覆したカラクリはなんなのかと言えば、先にも言ったが至極単純。木剣の柄を握る私の手は柄尻ギリギリ。そこに親指と人差し指の二本だけが引っ掛かっているような状態だ。

 そう。私は振り抜きに合わせて握りを緩め、滑らせる事で瞬時にリーチを伸ばしたのだ。

 無論これは私の強力無比な握力とその精密なコントロールによって成り立つもの。

 人の身でもやってやれなくは無いだろうが、剣技として成り立たせるには、剛力の獲得と絶妙の制御を体に覚え込ませる反復と、それこそ血の滲む鍛練の山積みが必須だ。


「……さて、まだ諦めがつかぬというならまだ相手をするが?」


「い、いいえ!! ま、参りましたッ!! これまでの無礼、御容赦下さいッ!!」


 負けん気を発揮して立ち向かってくるかとの期待半分に木剣を納めて声かけしたが、結果として令息殿は土下座をして降参と謝罪を。

 今は勝てぬと悟れば退く。それもまた武人て正しく、時には進むよりも難しい決断である。


「そうか。また闘志が湧いたのなら試験中であればまた受け付けよう。それにそなた程の若武者、部下としてならば是非とも欲しい人物だ。身の置き所を求めるのならこのまま仕えてくれて良い」


 まだ立ち上がれぬ武力自慢の令息にそう声をかけて、私は残る七人との試験試合を進める。

 結果としては当然私の全勝。私が無手で相手が武器持ちの三対一の図を取ってでもだ。

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― 新着の感想 ―
まるでどこかの剣豪漫画のような手に汗握る一幕! お見事!!
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