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90:式場にして劇場

 宵闇の中、煌々たる篝火と波動具の放つ光に照らされた我が居城ミエスク。

 宴のために整えられたその大広間にはスメラヴィアの国中から集まった冠持ちらが。

 それらを睥睨する主の座には二つの席が並んである。

 そこに着いているのはもちろんスメラヴィアの主たる女皇フェリシア。そしてその婿となったハインリヒ陛下である。

 揃いの白い婚礼衣装に身を包んだ真新しい夫婦の傍に、城主であり補佐役、そして今回の式典の進行役でもある私も立っている。

 宴に合わせて誂えた青いドレス。今回も私の高く、メリハリの効いた体のラインに添った本体に、腕や腰などから大きく広がる飾り布を付け加え、華やかさと動きやすさを兼ね備えた、私定番のコンセプトに従ったものだ。

 主役である新女皇夫妻の前に出ない程度に抑えた装いではあるが、広間に集った客からは視線が。覗き見るような目が途切れ途切れにながら私に注がれているのを感じる。

 それも無理は無い。現状スメラヴィア皇家の支えとなっているのはこの私。皇家に降り注いだ数々の変事をことごとく退けてきたレイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクであるのだから。

 傍目にはこうして異母弟を婿に出し、親戚として円満に祝っている側近の中の側近。

 だが、その実は私の気持ち一つで皇家がひっくり返り兼ねない図式でもある。そうと見れば正統を継いだ女皇に仕える忠臣らとしては気が気ではないだろう。

 もっとも、本心からそんな意図で私に注目している者は一割にも満たんだろうがな。

 この場で主役を差し置いて進行役に注目している者らの考えとしては、いかに私に取り入るか。そして出し抜きその場を奪うか。この二つに尽きる。

 そのために女皇の即位と婚姻の勢いに乗せて、私にもと我が子や養子を連れて来ているのだからな。

 そういう私を射止めるように申し付けられた男連中の視線には、純粋に美女への欲情の色も加わっているようだがな。


「……立て続けに押し寄せた国難を越え、こうして今日の良き日を迎えられた事、まことに喜ばしく。これからのスメラヴィアの輝かしき前途のため、新たなる女皇陛下に冠を!」


 思惑欲望渦巻く客らの事はともかくと、私は式典進行の合図を。

 これを受けて大扉が開かれ、赤い絨毯の道を進む者たちが。

 秩序神ディカストに仕える大神官を中心とした十四大神の神官たち。異なるシンボルを身につけた老若男女十二人の神官たちは、分厚いクッションに乗せた王冠を恭しく掲げながらこちら、フェリシア女皇のもとへ。


「おお……あれは間違いなく皇家の冠」


「無事に取り戻せていたのか」


 磨かれた黄金と散りばめられた宝石によって煌びやかに輝くスメラヴィア伝来の王冠。戴冠式を含めた重大な儀礼の時にのみ用いられる、最も重要なそれを眺めた諸侯らの口々からは健在と奪還を喜び祝う声が。

 皇都が瓦礫の山とされた事で多くの者が失われてしまった。

 しかしそれをやったエステリオ、アステルマエロルにとってもトップの証である冠には思い入れがあったらしい。瓦礫に塞がれた地下室の中に、この王冠を含めた冠の数点が無事に保管されていたのだ。

 簒奪者の手から私が取り戻したその王冠は、秩序神の大神官に運ばれて新たなる女皇の前に。

 それを受けて女皇はゆったりと椅子を立ち上がり、冠を挟んで神官らの前に。


「フェリシア・プリムス・クロネン・スメラヴィア……父祖より続く皇の座に就くそなたを、天を統べる王たるディカスト神が祝福を……」


「お待ちください」


 しかし大神官の祝福と神授の句に、フェリシアが半ばで待ったをかける。

 それに従い口を噤んだ大神官にフェリシア陛下は短い感謝を告げて、神官らの間を抜けて諸侯らの前に。

 真白いウェディングドレスに身を包んだ少女は、何事かと流れを見守る諸侯らの眼差しを受けながら深く呼吸を一つ。凛と引き締めた顔を前に。


「皆も知っての通り、私が女皇としてここにあるのは父の座を唯一人の娘として受け継いでの事。簒奪者を許さず、正統を守るために各々に戦い抜いてくれた皆には感謝に堪えません。しかし私にあるのはそれだけ……父から受け継いだこの血だけなのです!」


 観衆たる冠持ちらからすれば唐突に、我々から見れば打ち合わせどおりに始まった演説。

 これに神官らを含めた我ら主催側が静かに見守る姿勢の一方、客側からはどよめきが。

 そんな対照的な空気に前後から挟まれながら女皇陛下は言葉を続ける。


「かつては皇太子の座にあった逆賊を二度も討ち、乱の中では危機に瀕した皇族を保護。そして民の暮らしのために多くの閃きを実現し、逆賊の手で廃墟と化した皇都の復興の進行。この王者に相応しい行いを成し遂げたのは私ではありません!  すべてはレイア……レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠が先頭に立っての事!」


 ここまでの演説で諸侯らからの反応は、納得と危機感がない交ぜになったといったところか。

 フェリシア陛下自身が私の御輿に過ぎず、女皇として戴く事に対する不安と不満は貴族らの中にたしかに存在するということなのだろう。

 しかしだからといってまさか。と物語る視線に構わず新女皇陛下は己に課した最初の仕事を進めていく。


「煌冠には私の摂政として、今後もその力をスメラヴィアのために奮ってもらう事を約束しています……ですがこれでは救国の英傑にして、より豊かなスメラヴィアへの導き手としてあるミエスク煌冠の功績には足りない……いえそれどころか真に皇たるに相応しいお方から、私が血筋を理由に、逆賊を出したような血筋だけでこの冠を譲られてしまうようなものです!」


 女皇たる己を下げに下げたこの宣言に、大広間はより大きなどよめきに波打つ。これにフェリシア陛下は静聴せよと手を翳し、それが弱まる間に我が腹心たるミントの運んできた書類を掲げる。


「よって私は、プリムス・クロネン・スメラヴィアの名において、レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠への禅譲をこの場に宣言します!」


 皇家の印を捺した禅譲文。

 それを前にした女皇陛下が言葉を結ぶが早いか、集まった諸侯らからは悲鳴にも似た声が上がる。中には動転するあまりにフェリシア女皇の持つ文書を奪い取ろうとし、我が警備の兵に阻まれる者までが。

 そんな混乱の中、私は待ち構える女皇陛下の元へ。

 そして女皇陛下が差し出した文書を、私は波動の風で巻き上げ、空中にて引き裂き火を着ける。


「お断り申し上げる」


 細切れに火の着いた羊皮紙がひらひらと燃え尽きる中、私は打ち合わせのとおりに拒否の言葉を。

 聴衆である諸侯らは皆私が喜んで頂戴するとばかり思っていたのだろう。まさかのお断りに呆気に取られて固まってしまっている。

 そんな驚きに硬直した眼差しに構わず、私と女皇陛下のシナリオは進む。


「臣下の責は皇の責。フェリシア陛下がそう受け止めて下さると信じているからこそ、私は国の働きとして力を捧げたのです。私は女皇陛下を支える者としてミエスクを領しているのです。大功あっての事とはいえ、私のような若輩の女に領地を認めて下さった先代陛下への恩もございます。それに報いる事こそ我が本意、どうか我が戦功は陛下の物としてお受け取り下さい」


 見た目には女皇陛下に……実際には諸侯らに言って聞かせるように、あくまでも私は臣下としてあるのだと立場を強調する。

 これに打ち合わせたままに女皇陛下が納得を示したのに続き、私は置き去りの聴衆に向けて柏手を鳴らしてやる。


「さあ冠を女皇陛下に! スメラヴィア繁栄の祈りと祝福をこめて授けて戴きたい!」


 こう私が促すまま、固まっていた式典は動きを取り戻すのであった。

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