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9:さあ見せつけてやろう

「うむ。美味美味……さあ! 皆もっと火を焚け! これまでのように遠慮はいらぬ! おおいに飲み歌えッ!!」


 焼き目のついた猪型魔獣の肉。よく火を通してなお分厚いそのステーキの一切れ。丁寧な下処理に山椒の効いたソースがあってもなお歯応えを主力に野性味を食らわせてくる。

 これを味わっての私の宣言に、雷嵐と女ケンタウロスの紋を掲げた我が軍から月夜を揺るがす程の歓声が上がる。

 峠の砦の麓に広がる、先に父の軍を迎え撃った平原。

 ここに用意した陣にて、私は盛大に食料を振る舞って兵たちを慰撫する宴を催しているのだ。

 もっとも、傍らの兜以外は完全装備な私の姿が示す通り、これは先勝の宴ではない。

 遠くに見える、星明かりのようにか細い松明。その灯りの中にはこちらを恨めしそうに睨む兵たちの姿が。

 落ち窪んだその眼からするに、ここ数日はまともに食べれていまい。水もまさか今朝に朝露をすすったのが最後だとか言うまいな?

 いや補給を潰して回って、ついでに略奪による現地調達の手も抑え、包囲軍に兵糧攻めを仕掛けたのは当の私だ。が、まさかここまで効くとは。まったく兵站が下手くそ過ぎではないか。

 そうして暗視望遠の眼で餓鬼めいた敵兵の様子を確かめていれば、大股に土を踏み締める足音が。


「いやはや。これまでも何度も追い返しはしましたが、あちらからはギラギラしたモノを感じますな。お嬢のご命令とはいえ、これ見よがしにたらふく飯を食ってる様を見せつけるというのはどうも……」


「それはその齧った肉を施してやった上で言うべきだなヘクトル」


 そう言ってやれば、足音の主ヘクトルは捌いて間もない状態で焼いた、油の滴る鳥の脚にもう一度かぶりつく。


「それは止めてやった方が良いでしょう。施すのならまずは麦粥からにしてやるのが賢明でしょうな。というわけでコイツは俺がしっかりと味わいますんで」


 そう言ってヘクトルは油で汚れた口元に笑みを浮かべる。

 違いない。あれほどまで飢えた様子の人間には、私の前にあるステーキも重すぎる。こっちの具だくさんの野菜スープでも、もっとくたくたに煮込んでやらねば内臓が受け止めきれまい。

 もっとも、飢えたモノにはそんな事は考えられまいが。


「伝令! テオドール軍が突撃をはじめました!!」


「思ったよりは抑えられていたな」


 両手に料理を握って飛び込んできた兵からの報せを受けて、私はちぎったパンをひとかけ口に。うむ、この歯応えも悪くは無いが、やはりもう少しバリエーションが欲しいところだな。

 こうして私がまったく戦に動く気の無いのを見せている事に、伝令兵は一瞬きょとんと。しかしすぐさまに自分の両手に握ったモノを見て気まずそうに縮こまる。


「よい。お前はしっかりと役目を果たしている。私と共に敵を釣り上げる餌をやるという役割をな」


 私の許しを受けて、伝令役の顔が安堵に緩む。まったく表情のよく変わることだ。伝令といっても、機密を抱えさせて遠くに走らせるのには向くまい。

 そうして料理の味と配下の様子に和んでいる間に、近づいて来ていた声が悲鳴に変わる。


「ふむ。まずは予定通り」


 ビークル形態で隠れ待機させたニクスがナイトビジョンで見た光景。

 突撃してくる飢餓兵が地面から突き出した槍に貫かれて次々と倒れていくその様は、私が仕込んで来た絵図面の始まりだ。

 暴走した兵と一緒になって突っ込んできた鎧の騎士らも死角からの槍に突かれて、周りの者と折り重なる形に。

 それを成したのは土に汚れた我が方の兵士。彼は得物の血振りをする間も惜しんで、鎧に跳ね返った月明かりを目印に槍を繰り出す。

 彼らはこの瞬間、そしてこれからの地獄絵図を作り出すために、土や草をかぶって夜の草原に伏せていたのだ。この彼らの槍働きを助けるために、包囲軍の物資を干上がらせて飢えさせ、目の前に文字通りの御馳走をぶら下げてやったと、まあタネを明かせば単純なこと。やるのは少々手間だったがな。


「そう仰るからには順調なようで。しかしここまでやる必要があったので?」


「無ければやらんとも。武威は示しておかねばその威力も半減する。分かりやすく、実感を持たせて示しておかねばな」


 兵の数や装備の質。さらには勝ち取った武勲。これらで戦うには高くつく、と判断出来る相手ばかりではない。見せつけても理解できないか、あるいは玉砕してでも相手に僅かな傷を残すつもりか。そうして戦端を開く者たちは古今に例が尽きない。

 一罰百戒ではないが、安易に武にモノを言わせようと思えぬほどのトラウマを刻むこと。それがより大きな犠牲を避ける事もある。

 何より、実家ミエスクの大軍を相手取った大戦果となれば、レイア軍の旗揚げとしてとんでもない箔となるだろう。


「さて、頃合いか? フェイクニクスを起こせッ!!」


 この宣言をヘクトルらが復唱、伝播させ始めるのに合わせ、私は食器から弓へ持ち換え鏑矢を一射。月を射貫かんばかりにかけ上るその叫びを受けて、篝火に灯されて起き上がる巨体たちが。

 それはニクスだ。

 いや正確に言えばその内の一体が、だが。

 膝をたたみ、上体を起こした姿勢で座す金属巨人が四体、敵陣を一斉に睨み付ける。


「放てェーッ!!」


 第二の鏑矢と同時の号令。これに被せるように光が溢れる。

 夜闇を引き裂き、白く塗り潰すがごとき輝きの奔流。それはニクスとそれを模した像たちの目から放たれた破壊の力だ。

 レイアのいる本陣から翼を広げるように配置された像型波動砲台。それらの眼光は敵の本陣でぶつかる十字砲火の形となっている。

 後方では降り注ぐビームを受けて炎上する陣地。正面には釣り餌の宴会と伏兵の罠。まずこの状況で抵抗し続けようとするものは、出来るものはいるまい。

 助けを求め、許しを乞う悲痛な声。その中にあって逃げるための盾にしようというのか奮い起てと叱責する叫びが。

 私はその出どころの一つを矢で射貫くと、傍に置いていた車輪の前立て付きの兜を頭に。

 綿と革のクッションと滑り止めを兼ねたモノを挟んで乗せたそれを革紐で固く留める。そうしている間にセプターセレンが私の元へ連れられてくる。


「勝利は目前だ! フェイクニクスの波動砲撃はそのまま、こちらへ追い立てられた者どもを殲滅する!!」


 私の号令を受けて戦闘に備えていた面々が鬨の声を。それに押されるようにしてニクス像らが目から放つビームもまた勢いを増す。

 木材を骨組みに、縄や粘土で作った土台に銅をコーティングしたハリボテ。そこに波動具による砲撃能力を持たせた物。それがこのフェイクニクスだ。

 私自身であり、我が方最大にして唯一無二の戦力であるニクスレイア。これが複数存在するのか、正確な所在地はどこだと一時的にでも撹乱する、そういう目的で作ったハリボテ砲台だが、なかなかどうして威力が出せている。この分なら私に手向かえば鉄巨人に焼かれる、そんな畏怖の声が流れるかもしれん。

 しかし、だからこそ油断は禁物。有力な兵器になりそうであっても、完成できているのはまだ三体。コントロールを任せた部隊への捨て鉢な突撃もあるかもしれないからな。


「確定したといっても油断はするなッ! 窮地に追いやった相手からの苦し紛れにやられるようなつまらん真似はしてくれるなよッ!!」


「もったいないですからなー!!」


 私の口癖を真似たつもりか? おどけられるだけ肩の力が抜けていると見るべきか、はたまた気の抜けた危うさと見るべきか。

 まあ死にものぐるいで逃げるのを仕留める動きに乱れは無い。これは余裕と見て良いか。

 そう我が軍の動きを見定めつつ前に出れば、正面から激しい馬蹄の響きが。

 なるほど、釣り上げるために兵を伏せて開いておいた正面。乱戦になった今、ここを抜けての本陣突撃を唯一の活路と見いだしたか。

 それを判断したのは……先頭を切って突っ込んでくる騎兵、熟練の壮年騎士か。あの男、欲しいな。


「レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクはここにあるぞ!! 死地を求めるならば来るがいいッ!!」


 この高らかな名乗りに、敵の決死隊は完全に突っ込む先を絞ってみせてきた。

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