89:私の隣が欲しいにしても
「ほっほーう……よくもまあ性懲りもなく送りつけてくるものだ」
私、レイアの本拠地たるパサドーブルはミエスクの城。改築作業の進むこの城の我が執務室の机には山盛りの書類が。
小さな肖像画を添えたこれらはいわゆる釣書……端的に言えば見合いの申し込み書類だ。
女皇と異母弟の婿取り話を聞かされたミエスクへの帰還からこっち、私は復興中の皇都と本拠地とを定期的に行き来する形で行動している。
それで本拠地に戻れば、このように裁可待ちの仕事を押し潰す勢いの釣書が待ち構えている、というのが常となってしまっている。
そもそも受け付けるつもりがゼロのところに、こうまで持ち込まれては鬱陶しいにも程があるというものだ。
「毎度毎度、手を変え品を変えではないがよくもまあこんなにも……私の投げた課題についてはなんの返答もなしで」
ぼやきながら手に取った男の釣書だが、まあつまらん男だ。どれもこれも血筋か実家の財力程度しか誇るものの無いような者ばかり。
肖像画については絵である以上、いくらでも盛れるし削れる分当てにはしていない。波動術による真像投影の法もあるにはあるが、それで写した姿での釣書は今のところ届いていないな。
そもそも私個人としては美はひとつの才と努力の成果であるとは認めていても、相方に求める要素ではないからな。
この私の百九十に迫る高さとメリハリに溢れた恵体に、銀の髪に青い瞳の冷やかな美貌と並べられては誰であっても哀れというものよ。
というかそもそもがだ、政略結婚というものは貴族家という組織が提携するための契約の一種で、次代の経営者作成と育成事業の始まりだと理解している。
そういう本質から見ても、私が婿に迎えるメリットを示せている者がゼロだという辺り程度が知れているというもの。
「レイア様、追加のものです」
そこへ山盛り積んだワゴンを押してやってきたのは長い耳の金髪メイド。我が忠実なる腹心のミントである。
彼女が追加だと運んできたそれは、やはりというべきか釣書が九割。本当に必要な承認待ちの書類など山の中の一握りに過ぎん。
「やれやれまたか……ああ、この家もか。前に次男で申し込んでおきながら、今度は三男の釣書を送ってきたぞ」
「次男殿がレイア様の求めた条件に折れたと言うことでしょうね。それでダメ元でと」
「まったくいい迷惑だな。候補入りするにも厳しい課題を付けて萎縮させる。いい考えだと思ったのだが……」
三十の兵で私の訓練カリキュラムで育った兵隊三百を突破せよ。
手段は問わないから、プロトスティウムを一月で一t集めて運べ。あるいは希少な魔獣の部位三種でも可。
課題の具体的な内容はそんな所である。出来るはずがないの泣き言を、より高難度にした実演で黙らせてやれる。その程度の課題だ。
「……お前たちにも手間をかけさせてしまったな」
「いえ。レイア様のためとあれば」
時と場合によって形は違うが、常に私のために働いてくれるミントらの存在は本当にありがたい。これほどの忠臣は求めて得られるモノではないからな。
そんな忠義者達に余計な負担を与えまい。そう考えての作戦であったが、悔しいことにまるで効果がない。
「おそれながらレイア様。少々甘く見積り過ぎたかと」
「ふむ。現状からするとそのようだ。ミントは何がどうしてこうなったと見る?」
「単純に、レイア様が思っている以上に「スメラヴィアの戦乙女」「鋼鉄の裏女皇」の隣は魅力的であるということです」
到底実現不能な無理難題が並べられようが、それに失敗しようがチャンスがあるからには手を伸ばさずにはいられない。先にすべてを失い倒れた者がいたとして、それでももし手が届けば大勝利なのだと大博打を打ってしまう。
そうさせてしまうほど、国の中枢に食い込んだ美貌の娘というのは魅力に溢れているのだと。
なんか知らない異名まで並べられたが、ミントが言うことにはこういうことなのだろうと。
私が有数の美女なのは事実である。女皇陛下の摂政職も内定しているのは確かだ。が、だからといって死地に身を擲つほどに欲するものか。
権も財も、あればあるだけ幸福になるものでも無い。
持った者にはそれ相応の責任が求められるものだ。人によってはただ重荷にしかならんだろう。
加えて見てくれの良い、好ましい相手だからと飛びつくのもどうかと思う。
意思を持つ者同士の結びつきというのは、それこそエゴのぶつかり合いにもなる。結びつきができました、めでたしめでたしで終わるものではない。
欲というものを否定するつもりは無い。むしろおおいに肯定する側にいるのが私だ。
生の、前進の原動力は欲望であるからな。
しかしだからといって身の丈から外れて暴走するそれが身を滅ぼす事例は枚挙に暇が無い。この大波に乗るしかないと飛び込む前に、技術なり道具なり生還する手立ては用意するべきでは?
と、この考えこそが人の側に立っていないというものか。
山のような前例があってなお欲望に身を焦がす者が現れるからこそ、遠ざけ拒絶する方向の制御法が声高に説かれる例もあるのだからな。
しかしそうなるとどうするべきか。いや、単純な話か。遠回しにお断りしても諦めない。ならばもう直接的に無用だという意思を叩きつけてやる。それだけで良いな。
「うむ。目の前の事にやるべきことはまとまった。やはり誰かと、特にミントと話すと方針は纏まりやすいな」
「お役に立てているのでしたら光栄です我が君」
「役に立てているのなら、とは謙遜が過ぎる。お前たちが思っている以上に私はお前たちを当てにしているのだぞ?」
恭しく頭を下げるミントの口振りを突きつつ金の髪に覆われた頭を撫でてやれば、この長耳の側近は朱に染まりながらも唇を尖らせた顔を上げる。
「そう仰る割には、レイア様お一人だけで抱えて飛んでいってしまうではありませんか」
「重々言われ続けて、お前たちに改善を感じさせられない事は口惜しく思う。単独で物事片付けるのは君主の仕事にあらず、適切な仕事を適切な人材に割り振り任せる事。それこそが私に求められている事だとはこの胸に刻んではいるのだがな。なにぶんと私が全力を出して引き受けねば多くを一方的に失う事になる案件続きであるからな」
そもそもが機械生命体案件が続きすぎなのだ。
私とて私の出番でないならでしゃばるつもりもない。仕事を振り分け任せ、自分は食材のより美味い食べ方の研究に没頭できるのならそれに越したことはない。
それが出来るくらいに戦力を。特に対機械生命体のを分厚く整えていくことが、今後のレイア軍の命題であるな。
司令官が最大戦力、というかある段階以上では唯一無二の武力となってしまっているのは健全な組織ではない。
「しかし、そうやって私必須の案件に飛び出していけるのも、お前たちがいるからだ。信頼して留守を任せられる相手がいなければ身動きを取ることさえできん」
事実として無双の武威を備えた私であるが、所詮は一人。これまでのスメラヴィアの乱の中核に私が飛び込めたのも、ミントをはじめとした忠臣たちがいてこそ。
そうでなければ、身動きが取れずに見逃すしかなかった盤面がどれだけあった事か。思い返し、振り返って見ても備えておいて良かったと思うばかりだ。
「分かりました。分かりましたから。今後とも微力を尽くさせていただきます。それはそれとして、今回の件ではどう動けばよろしいのですか?」
「そうであったな。ミント達にもおおいに働いてもらわねばならんからな。まあ取りあえずは陛下と皇配殿下の婚礼の場を、国中の冠持ちと豪商が集まれる程度に準備してもらう所からか」