88:これが私の育てた弟である
さて休暇半分、本拠の様子見半分に帰るなりに女皇による弟の婿取りを聞かされた私レイアである。
それは都合が良い事でもあるから、驚かされはしたものの躊躇なく承認。
これでハインリヒの仕事が落ち着き次第に戴冠式と結婚式を併せて執り行う予定ということで、計画としてはひとまずまとまった。
「……プレッシャーですね。俺、元々は田舎村の若者だったんですよ? それがトントン拍子にこんな……州全体の領主様の息子になったかと思いきや女皇陛下の夫……男版のお妃様ポジションだなんてなぁ……」
パサドーブル内の抵抗勢力の平定に出ているハインリヒ。
その陣屋に訪ねてこの婿入り計画の打ち合わせをしてのコメントがこれだ。戦場に臨む物々しい場所でするには浮かれた話題だというのに青ざめて肩を落としてすらいる。
「どうしても無理だと言うのなら断っても良いだろう。陛下もお前に無理強いをするつもりはあるまい。もっともそうなれば皇配ではないだけで、影の恋人として囲われる事になるだろうがな」
「いや、キツイとは思ってますけど絶対無理とかじゃないです。それにそれはそれでイヤっていうか……俺としてもちゃんと胸張ってフェリシア陛下のパートナーでいたいって気持ちはありますので」
逃げ道を示してやってみた。が、青い顔はそのままながら背筋を伸ばしてひきつりながらも笑みを浮かべてみせてくる。いやはや我が弟ながら大したものだ。
立ち直りはしたものの、及び腰な姿をさらしてしまうのも無理もない話だ。
私の起こした流れに乗せられて、どんどんと背負うべきモノが増えて重たくなっているのだ。
気構えを固める間もないこの変化。
これを単純な立身出世と喜べるのは責任を認識する目が無いだけか、目を背けて現実逃避しているだけかというところだろうな。
「それでこそ我が弟。恐ろしい重荷と向き合いながら、真に望むものを見失わずに進む覚悟をする、か。大したものだよ。誇らしくさえある」
「そんな、姉上が言うような大層なもんじゃないですって。スメラヴィアのトップに二人で立つなんて、ワケわかんないくらいの大きくてでかいモノがのし掛かってくるのにビビり散らしてるクセに、ただ欲張ってるだけなんで……」
「謙遜をする事はない。若くして途方もない大きさと重さを感じ取れるだけでも大したもの。ましてやその重圧を感じた上で折れず、退かぬ。蚤の蛮勇とは異なる正しい勇気のあり方だと言えよう」
「そ、そう……ですかね?」
「そうだとも。そういうお前だからこそフェリシア陛下も選び出したのだろう。しかし……フフフ……」
「え……なにか? なんか可笑しな事でも?」
「ああ。可笑しいとは言ってもお前の事ではない、驚かしたな。こんなお前を見出だしたのはそもそも父テオドールで、私という娘を得られた事といい、彼もなんだかんだと持っていた男だった……と今さらにな。もっとも、持っていたモノを持て余していた程度ではあるがな」
「それは、もったいなさ極まる話ですよね」
「然り。失ったのが本人の命と名誉にまで至ってはな。それでもアレが領主をやっていた方が良かったと思ってるのはいるのだがな」
「それはただ姉上の統治を知らないからではないですかね? 後は邪教団関係から唆されたとか? 実際姉上が皇都平定を為してからは動きが鈍ってますし」
ハインリヒが指差す通り、この部隊が相対する謀反者たちは陣構えすらろくに取らず、防護柵を巡らし拠点とした集落に籠っている。
エステリオが神像を汚しての大逆の果てに討死。後で反乱を正当化してくれる後ろ楯がなくなってしまえば、統率も連携も何もなくなるか。
これはハインリヒが担当する方面ばかりでなく、他のパサドーブル州内で立ち上がった集団、さらにスメラヴィア各地で起こった反乱軍でも同じようになっている。
このまま放って置いても自然消滅するような有り様の各地の反乱軍である。が、それは謀反者として自壊するだけ。首謀者のみを捕らえてなし崩しに解散した兵たちは、まず賊に堕ちる事となる。
細々とした野盗集団の発生には目を瞑る。目に余るなら改めて潰す。というのが労力を考えただいたいの冠持ちの方針になるだろう。
だが我が弟妹たちには、部下たちにはそんな半端な措置を認める者など居はしない。
「だから繰り返し全員での降伏を迫っているのですけれどね。実感できる決着が無いためか、なかなか踏ん切りがつかないようで」
「なるほどな。ろくにぶつかりもせずに白旗を揚げるには引っ込みがつかんというか」
たったひとつの命。それと引き換えにするに値するほどの事かとは思う。
だが納得は必要だろう。立ち上がって、知らぬ間に梯子を外されて、宙ぶらりんのままでお仕舞い。それはつまらんだろうからな。
「ではせっかくだ。私がひとつ驚かしてやろうか? 拠点を守る壁の一枚でも蹴破ってやれば少しは素直になる事だろう」
「それは魅力的な提案ですね。手っ取り早くて犠牲も少なくて済むでしょうからぜひお願いしたい……したいですけどノーです」
誘惑に揺らぎながらも、それに乗った方がこの場は確実に良い結果になると分かっているとした。その上できっぱりと断ってみせるハインリヒ。
これには私も思わず口角が上がるというもの。
「ほう? その心は?」
「何から何まで姉上におんぶに抱っこで、それで一人前の男と言えますか? ましてや女皇陛下と並び立つのにふさわしい男だと」
「まさにだな。突き崩しにかかる取っ掛かりに……実力実態は違えどそう見下して軽挙妄動に出る輩は確実に増えるだろう」
生き馬の目を抜く者が当たり前に蔓延る。それが人の世。政の界隈である。
そんな中で無礼られるような経歴しか無いのでは悲劇を招くばかりだ。
私とて由緒正しい家柄に加えて、実績も重ねているというのに、女であると言うことと幼いまである若さとで素直に従えぬという連中が絶えないのだから。
「……いやー……姉上のは実績が神話レベルだから、話に聞いたのはもちろん目の当たりにした者の中にすら夢物語だと思うのが出てもしょうがないからじゃあ無いですかね?」
おおっと、言われてしまったな。まあ人間レベルに納まらぬ派手な実績であることはたしかか。
そんな私の事はともかくとして、ハインリヒの判断は、先々のトラブルを減らすという狙いで見れば実に正鵠を射たものだと言えよう。
私の名代役にと期待して育てていただけに、判断力が磨けてきていることは誇らしいものだ。
「では超人的過ぎず、かつ畏敬を集める実績のひとつとして重ねるが良い。女皇陛下のお相手の立場を磐石としてもらわねばならんからな」
「それはもちろん。俺だって望む所ですから。姉上ほどに派手な立ち回りは出来ない分、堅実着実に積み上げていくつもりですよ」
私の激励を受けたハインリヒは鎧の胸を叩いて、部下に手はず通りに動けと合図を。これに続いて敵拠点に二条の光が食らいつく。
エネルギー砲の十字砲火。これを受けた反乱軍の間に合せの防壁が消し飛ぶ。
そうして氷に焼けた杭を押し当てたように開いた風穴からは反逆兵がわらわらと転げるように溢れ出てくる。始末に悪いのは奴らが白旗持ちと、それを隠れ蓑にしてこちらへの特攻を図る連中の混合である事。だが砲撃に遅れて出た騎兵隊がその機動力から放つ投分銅でもって次々に白旗に紛れた鉄砲玉を無力化していく。
うむ。心配はしていなかったが、この調子ならば、ほどなくハインリヒには女皇の隣に戻ってもらえそうだ。
「女皇陛下と俺の事もですけど、それを言うなら姉上にも似たような面倒事が出てくるんじゃありません? なにせスメラヴィアの戦女神本人にはそれらしいお相手いないわけですし」
異母弟が指揮の片手間に指摘した通り、私にとっても他人事ではない。もっとも私には前もって用意しておいた考えがあるのだ。




