84:誰もが私と同じ感覚であるはずもなし
「作業員……働くお前たちや民のための宿舎を最優先だ。使えそうなモノが残っていれば何でも利用してやれ」
「城壁の角でもでありますかッ!?」
「それは良いな。平屋程度の高さにでも屋根を張って壁を足せば雨風を凌ぐ寝床にもしやすい」
「城の屋根でもでありますかッ!?」
「残っているか? いたのか? 仮にもしあったとしても、もう穴だらけであろう。ばらして壁の穴埋めにでもしておけ……それすら無理ならいっそ竈の土台だな」
戦勝の宴から開けて、私の飛ばす指示を受けて工兵部隊を中心とした面々が瓦礫をリサイクルしての宿舎建設を急いでいる。
反逆者エステリオの暴挙によって滅ぼされた都。その復興の土台作りに取りかかっているところだ。
重機レベルのパワーが必要なところには機体はもちろん、時には私自身が出向き、常人数十人が必要な作業を片付けて回って、だ。
「しかし、よろしいのですか? 城や神殿のような象徴たる建物は後回しとの事ですが……兵や人足の拠点ならば、防衛のために配したのと同じく、周囲の村落でも……」
「まあお前の方針に利は無いでも無いがな」
デカイ箱を優先して再建しておけば、それを人足の拠点として利用する事もできる。一石二鳥ではあるし、状況が状況ならば私もその方針で進めていただろう。
だが城だぞ?
それもちょちょいと修復すれば大丈夫などと言うレベルではない完全崩壊だ。
そんなものを一から再建するとなれば、職人の手と頭、そして相応の金と時間が必要だ。まさか仮再建したものを都のお城でございなどとはできまい。
となれば、再建のために集めた人手を満足に働ける、少なくともコンディションを落とさずにおれる環境の整備こそが最優先となるのは自明の理。手のかかる、かけねばならないものは後回しにしてじっくりと進めれば良いのだ。
「なるほど、道理ですね」
「とにもかくにもまずは人である。その営みを守れるようにするのが政だ。ここまで破壊されたからには、いっそのこと礎のところから作り直し、より住み良い都としたいからな」
「おお、なんと高潔な志を……頼もしいお方だといわれていた大神官様のお言葉に間違いはなかった」
土台からの作り直しの計画に思いを馳せていた私に、ふと聞きなれぬ声が。それに振り返れば、簡素な神官服に秩序の聖印を着けた神官らの姿が。
彼と彼女らは皆一様に痩せた体躯で、身繕いはしたのだろうが落としきれぬ泥や煤から私の前に出てくるまでの労苦を偲ばせてくる。
「そなたらはたしか……都の大神殿の神官らか」
「おお、まさか覚えていてくださったとは。大神官様とのお話の間に御目に入ったかどうかでしたでしょうに」
装束からの推測でもあったのだが、妙に感動されてしまったな。痩せぎすの神官らは深々と頭を下げてくる。しかし何用にせよ、代表として来るならばまずは彼らの言う大神官のはずだが。
「その大神官様が来られていないということは、まさか……」
「はい……大逆犯エステリオに汚された巨神の襲撃……その折にお亡くなりに……」
「それは惜しい方を亡くされた。冥福を……秩序神ディカストに願わせて貰う」
「ありがとう存じます……何よりの御供養になりますでしょう」
奴らを崇めるというのは気分が良いものではない。が、現状人々に神々と慕われているのは確かだからな。そこを引っ掻き回してもつまらん事になる。そんな内心の妥協を含んだ私の弔いの言葉を受けて、神官らはその場に膝をついて祈りを捧げはじめる。
そんな彼らの祈りが終わるのを待って、私は口を開く。
「話をいくらか聞いていたのならば察しているやも知れんが、ここにはこれから都の再建のため、多くの人が集まる事になる。彼らの心安らかな日々のためそなたらにも忙しくして貰わねばならん」
「もちろんでございます。人々の支えとなることが神々の願い。その導きに応える正道がミエスク煌冠の下にあると信じたからこそ、我らはこうして馳せ参じたのでございます」
一時の代理とはいえ集団の代表者を任されるだけあって、耳障り良いようにそれらしい言葉を述べる。大したものだ。
「頼もしいな。そなたらの献身、さらには大勢の民のためにも、ふさわしい祈りの場はなるべく早く整えてやりたい。が、そのための機が整うのにはしばらくの時が必要になる。しばらくは宿舎に併設するような粗末なものばかりになることは承知してもらいたい」
「もちろんでございます! 今はスメラヴィアの皆で立ち上がる時。後にと約束していただけるだけで充分、我らも身を粉にして民と共に動く所存です!」
後回しにするしかない。そう了解を求める私の言葉に躊躇なく応えて見せるか。
損して得取れとは言うが、巡りめぐって自分達の利になるように動ける決断ができるとは、さすがに生き残った神殿の代表だ。
「そなたらの意気はありがたく受け取った。ともかく今は一度ここまで生き延びるまでに被った泥を落としてもらいたい。働くにもまずは健康から。そしてその先も身を磨り潰すような働き方を許すつもりはないぞ」
「おお……さすがはミエスク煌冠……! かたじけない! かたじけない!!」
「この御恩は必ず、必ずや!」
うーむ。いちいちすがりついてくるオーバーアクション。
パフォーマンスとしては必要なのは分かるが、一言ごとに「感極まって!」とやられてしまってはどうも拍子が、な。
まぁ悪い気分ではないが。
そうしてひとしきり感謝を述べた神官衆は、先に私が言ったように休息に。と、その背中を見送りかけてあることを思い出した私は、大神官代理を呼び止める。
「は、私に何か?」
「スマンな。だがそれほど時間を取らせるつもりはない。用件と言うのはアレをどうするべきか、とな」
出鼻を挫かれ戸惑う代理に私が指し示したのはエステリオに取りつかれたままに落とした鉄巨神の首だ。
機体は秩序神の眷属であるからして、崇める者らの意見を聞いておいた方が丸いだろう。
その意図を理解した大神官代理は安堵に胸を撫で下ろしつつ、エステリオ・エラフロスの首に改めて臨む。
「そうですね……我々で清めとお弔いの儀式をやらせていただきましょう。できましたらお清めした御神体の一部から小さい神像も作らせていただきたいのですが」
「ふむ。彼を象った像を置いたところを仮の神殿としたいと」
「はい。器も神としての有り様も、そのどちらもを汚されたままでは無念でございましょう。どうかお許し願います。神像としていただける部分の他は埋めてしまうなり何なりとミエスク煌の御随意に……」
妥当なところであるな。むしろ大きな神殿勤めだった者にしては欲の無い要求だと言っていい。
ヤツに限った話では無いが、金よりも珍重される神秘金属の塊である。神殿の権威維持と神官を食わせていくためにも貰えるだけ欲しいというのが心理と言うものだろう。
そういう意味でも周りからの非難を避けるには賢い選択ではあるか。後始末と復旧方面ではともかく、エステリオの大逆平定戦の最中には貢献できていないのは事実であるからな。
「あい分かった。そなたの言うようにしよう。良き知恵を感謝する」
「いえ。ミエスク煌のお役に立てたのなら何よりでございます。ただ図々しく、わざわざ言わずともであるのは承知の上。それでもうひとつ言わせていただけるのでしたら、巨神の骸は民のために良きように葬ってくださるのがよろしいかと存じます」
「うむ。その忠告にも感謝する。引き留めてしまって悪かった。今度こそ焼け出され、野で耐え忍んだ労苦を落とすがよい」
解放を告げたことで恭しく我が前を辞する大神官代理を見送って、私はエラフロスの残骸、首の大半と胴体の残りをいかに活用するか、そこにも思案を巡らせるのであった。