83:区切りとして馳走してやらねばな
夕陽に照らされた皇都の跡地。そこに巨大な鉄巨人の首が晒されてある。
小型飛行機から変形するエラフロス。エステリオ・アステルマエロルに乗っ取られ、その野心と死の苦痛に歪んだ頭。
それに並んで私レイアは、兜無しの甲冑姿でレンガの塊の上に立つ。
踏み台としているこれは、たった今私が自ら担ぎ運んだもの。
機体の側には別の、今後に繋がる野営地設営の下準備をさせている故にな。
そうして私が見下ろし向き合うのは整列した兵たち。
私が即席育成してきた者らに加え、都の破壊に立ち上がった私に従ってくれる先皇・現女皇派閥の将兵らだ。
そんな彼らに向けて、私は一つ深呼吸。波動に乗せて拡大した声を放つ。
「皆に大きな痛手が見えない事、私は安堵している。この通り大将首は討ち取った。邪なる者どもと手を結んで神々の像に乗り移り、その御手を夥しい血で染め上げ汚した大逆犯、エステリオはこの私、レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクがこの手で仕留めたのだ!!」
「レイア様万歳! レイア様万歳!!」
「我らが英雄! スメラヴィアの戦乙女!!」
「汚された神々もこれで解放されたのですねッ!? 素晴らしいですッ!!」
敵に向けるのとは違い、吹き飛ばすような圧力は省いた拡声の波動術。
この私の宣言を受け、将兵らからは私を讃える歓声が。
彼らに語り、そう解釈させた通り、私の破壊したエラフロスについてはエステリオと邪教団によって汚され、望まぬ形で力を振るわされた犠牲者であるとした。
かつての世界の繋がりが伝わっているのだとしたら、エラフロスは秩序の神ディカストの眷属にあたる。これから私がスメラヴィアの舵取りをするというのに、神殿を敵に回すワケにもいかん。そういう物語にしておいた方が都合が良い。
エステリオも散々に世を乱した分、その程度には役立ってもらいたいものだ。
「神の像を汚した痴れ者は、私がここでもろともに首級とした。だがただいまの国の乱れの根を絶ったとて、それで終わりでは無い! 邪悪に染められた神を討つ、それ以上の難敵が諸君らには待ち受けているのだ!」
目立つ大物退治は終わったが、それで何もかもがおしまいなのだと気を抜かぬよう、これからがお前たちの仕事なのだと私は目前の将兵らに一喝を。
破壊し尽くされ、瓦礫の山と変えられた都。その復興のため、集い働く民を守る事。そしてそれ以前に、謀反人に着くことを選んだ貴族連中が女皇派閥を襲いかかるのを防ぐ事。すぐ目の前にあるだけでもこんな重大な仕事が控えている。
つまりは手柄を立てるチャンスがまだまだ残っているということ、それも鉄巨人相手に蹂躙されかねないのとは違う、比較的リスクの少ない仕事でだ。
これを伝えれば、不完全燃焼な闘志を燻らせていた将兵の一部からワクワクとした空気が。
よしよし。武力でもって領地を守るのがスメラヴィア貴族であるからな。箔がつく手柄、実利に繋がる褒美はいくらでも欲しいだろう。行きどころのない戦意を私率いる女皇派の者たちに向けられるのもつまらんからな。
「そなたら忠勇なる兵の力はこの先に頼らせてもらう。もらうがしかし、ここまで駆けつけただけでも重荷があり、道も平坦ではなかった事だろう。存分に力を奮ってもらうべく、簡単ながら戦勝の宴を用意している。正式なものに先んじた前祝いとして、これからのフェリシア女皇陛下の治めるスメラヴィアを支える勇士たるそなたらに、まずは英気を養ってもらいたい!!」
そうして私が合図をすれば、エラフロスの首と私の後ろにかけてあった幕が切って落とされる。
そうして露になったものに、聴衆からは私に応じる声を上塗りする勢いで感嘆の声が。
落ちた幕の奥にあったのは湯気の立つ料理の並ぶテーブル。そして大量のワイン樽。さらには給仕役として配した女たちだ。
しかしそれはあくまでも見本でありほんの一部。同じような宴席が聴衆たる将兵を取り囲む形で次々と現れ整えられていく。
これらはジェームズに取り急ぎで手配させた料理人と商売娘らである。
兵站仕事に重ねて任せたにも関わらず、しっかりと整えてくれたものだ。今後も仕事を任せる機会は増えようが、贅沢を言うならやはり手元に部下として欲しい手腕であるな。
さて、いつまでも見せびらかすばかりで焦らし続けるというのも恨まれそうだ。ここらで長話はお開きとしてやらねばな。
「さあ、今後の働きの前払い、そのほんの一部であるが今はただ存分に飲み、食い楽しむが良い!」
この許しを出すが早いか、将兵らは手近な宴席に向かって躍りかかるように駆け出す。
気持ちは分かるぞ。私もいい加減背後からの食欲をそそる香りに辛抱たまらなくなっていたからな。と言うわけで私も即席の壇上よりヒラリと舞い降り、私のために整えた御馳走の並ぶ卓に着く。
メインである戻した干肉を挽いたものと、香味野菜の刻みを練り合わせて焼いたハンバーグ。
スープは魚や貝の干物を野菜と共に煮込み、旨味を溶け込ませた物。
サラダも酢漬け葉物にオイルとハーブのドレッシングをたっぷりと和えてある。
そして未だに湯気を纏っているみっちりとした密度のあるパン。
品良く順序立ててではなく、ドンとまとめて並べられた、保存食ベースの馳走の数々。これを私は酸味を含んだサラダを先頭に、続々と旨味の数々を口の中へ。
さすがに我が料理人であるメイレン直々の逸品ほどではない。が、彼女と私が共同研究したレシピを手本に作った物だ。舌も鼻もおおいに楽しませてくれる。
「うおおッ!? う、美味い!? これが、これが軍糧食ッ!?」
「いやさすがに道中の野営やらで食ったのはもっとずっと単純で、こんな手の込んだのじゃなかったが。それでも他のに比べりゃ御馳走だったな」
「ミエスク軍……いやレイア軍か? 補給に滞り無しってのが条件だったとしてもだ、アイツら良いもの食ってんだなぁ。そりゃあやる気も違うよなぁ」
「まったくだ! この先レイア様についたのがあの方の基準で整えられるのかもって事なら、こっちにいて大正解ってもんだぜ!」
所々から上がる歓声から聞き取った内容からするに、将兵らからの反応も上々だな。実に結構、期待してくれていて良いぞ。その期待をせいぜい待ち構える仕事に向けてもらいたいものだ。
やはりこうして、私がよかれと思って整えたモノで、多くがはしゃいでいるのを見るのは気分が良い。人の味覚を得られたがための楽しみの追求。そのついでの一石二鳥が決まるのはいいものだ。
エステリオ……アステルマエロルもこの彩り豊かな刺激を味わっているはずだろうに、目覚めがなかったのだろうな。
振り返るに、エステリオの肉体を惜しむどころか捨てたがっていたようにも見えた。私からすればひどくもったいない話にしか見えんがな。おかげで相入れぬ敵として躊躇なく叩き潰せたのだから、私にとっては良かったのか。
鉄巨人の首の後ろ頭を眺めながら、私は哀れみ半ばにその機体を乗っ取っていた宿主に感謝の念を。
これまで散々、整わぬ内に色々と騒動を起こされはした。したがしかし、終わってみれば私の手にスメラヴィアの実権が転がって来ている。
ヤツの性急さと頑なさのおかげで、星に覇を唱える我が道に大きな足掛かりができたのだからな。感謝のひとつくらいしてやらねば無礼と言うものだ。
ひとまずは荒れた国内の安定と、実権の足固めが第一であるが、その次はどこに手を伸ばすか。その展望と口に広がる美味に、私の唇は自然と笑みの形に緩むのであった。