82:もはや憐れむ外ない
「空だ! 空を制すれば戦場を制する! すなわち制空権ッ!!」
興奮ぎみにまくし立てながら高々と舞い上がる金属の塊。
パズルのようにパーツを組み換え噛み合わせ、瞬く間に巨体を作り上げたそれは、大きく広げた四枚の翼の中心から私を見下ろしてくる。
大怪鳥と翼竜。金属生命体であるそれらを、列車を上半身、バスを下半身に小型旅客飛行機を核と挟み込んだ巨人が背負う。後付けにも程がある歪なその姿ではあるが、遠目にシルエットだけを見れば堕天使やら悪魔やらにも見えなくは無い。
「こうしてオレが制空権を握った上は、地を這うしかないお前に勝利は無いと思えッ!?」
「私は以前に機械天馬騎士になったテオドールを討っているし、それはお前も見ていたはずだが? 付け加えて、さっきまでも飛べるのはそちらだけで手も足も出なかったろうに」
「黙れ黙れ! あの時の紛い物、そしてさっきまでと今のオレを同じに思うなッ!」
これまでと条件に違いは無い。
そんな私からの冷ややかな指摘に、翼ある大巨人と化したアステルマエロルはエネルギー弾の雨を降らせ始める。
追尾性を備えた弾を織り混ぜたそれは、まさに機銃とミサイルの大盤振る舞い。これに私は拡散フラッシュブラストでのなぎ払いと、両の手首に肩肘膝のソードウィップをフルに使って迎撃を。
それで足を止めていた私に、横合いからの強烈な蹴りが襲う。
「ハハハハハッ!! 足手まといの人間などを後生大事に庇い立てしているからこんなことになるッ!!」
威力に負け、足を浮かせた私の姿に高笑いとエネルギー弾を残して飛び去るアステルマエロル。
そうして上空から弾丸の雨を継ぎ足すと再び急降下からの蹴りを浴びせに。
たしかに、大したスピードだ。
翼抜きでも私に並ぶサイズにまで巨大化しているだけあって、スピード重視ながら質量も備えている。このまま一方的に受け続けていてはたしかに危険か。
というわけで、突っ込んできたタイミングを狙ってヤツの足首をキャッチ。突撃の勢いをそのままに地面に叩きつけてやる。
「が、あッ!? バカなぁッ!?」
「何がバカなものか。飛んでくる矢すら投げ返す技を持つ私に、パターンで突撃し続ければ当然の結果だ」
地に沈み、カメラアイを明滅させてうめくアステルマエロルに理を説いてやる。
上空と地表スレスレを瞬時に、反復横飛びの勢いで行き来出来る。たしかに大したスピードだ。私も出せる速度ではないから、後追いして追いつくことはできまい。
が、反応不可能と言うほどでもない。
それで仕掛けのタイミングが固まっていれば、見切るのは至極容易い。
拙い武を能力のごり押しで補う。それはよほどの格差でなければ技術や経験でいくらでも覆せる。私相手には悪手と言う他無い。
というわけで迂闊にもワンパターンで攻めたヤツには、掴んだ足首からソードウィップを絡ませつつ蹴りを一発。
この威力に巨大化したアステルマエロル・エラフロスの機体は都市跡へ。そうなれば当然、絡まった刃が鋼のボディに深く食い込み切り刻む事に。
そうして脱落した腕や脚のパーツを落としつつ瓦礫の山に突っ込んだヤツに向けて、私はダメ押しのフラッシュブラスト連射を見舞ってやる。
「お前も直接戦闘をした経験がゼロではないだろうに……いったい何を学んできたのだ?」
着弾する度に、高く昇る火柱。
その中心で大きく乱れる波動に向けて、私は光線に呆れを込めた言葉を添えて放つ。
この直後に立ち上がった火柱が歪み、瓦礫の下で波動が渦巻く。これに合わせて私もまた合体した巨体に満ちる波動を練り上げていく。
「お前ごときがオレを見下すような口をぉおッ!?」
瓦礫の吹き飛ばして飛び出す四枚羽根の機械巨人。
片手片足を失い、スラスターのパワー任せに突っ込んでくるそれに、私は練り上げた波動を目から。放つ光はアステルマエロルと正面衝突。爆ぜ広がる輝きにその姿を包む。
直後、この壁のごとき光を突き破り、四枚羽根のシルエットが私の前に。
「思い上がったなッ!?」
全身を薄く、しかし強固なバリアで覆い、それがフラッシュブラストと相殺するのを目眩ましとした。仕掛けとしてはそういうところだろう。
過小評価しているからそれを見抜けずにかかったのだと言いたいのだろう。が、私が見逃していると本気で思っているあたりは本当におめでたい。
フラッシュブラストとのぶつけあいで剥がれた守りに、控えさせていた束ねソードウィップを突きだしてやる。
「グアァアッ!?」
「浅いか」
ブーストパワー任せの突撃。それゆえのランダム性がヤツに味方した。
突然にぶれた軌道のために、アステルマエロルの機体は仕込んでいたソードウィップへの突入コースからわずかに外れ、残る片足を失いながらも私の肩を掠める形ですれ違い抜けていく。
そのままでたらめな軌道に逃げていくヤツの背を、私は部下への流れ弾を避けるため見送るしかなかった。
そうしてヤツは四肢が左手のみになって狂った機体バランスに四苦八苦しながらも、墜落を避けるべく上昇を。
四枚羽根とそれに備わったスラスターをバタつかせ、ジグザグヨタヨタと高度を上げるそれに私はフラッシュブラスト。拡散。それも指定した飛距離で爆発するように仕込んだそれは、弱々しく飛ぶアステルマエロルの機体を大きく炙り、煽る。
「どうした? もはやそのダメージではどうすることもできまい? いっそ一思いに楽にしてやろうか?」
「だ、だまれ! 誰がお前ごときにッ!?」
せめてもの慈悲での申し出を蹴飛ばすアステルマエロル。それが私のフラッシュブラストの余波にふらつきながらでなければもう少し様になっていたのだろうがな。
そんな私の嘲笑をカメラアイの輝きのリズムから読み取ったか、アステルマエロルはその全身に波動のエネルギーを漲らせる。
フラッシュブラストの巻き起こす爆風とエネルギーの奔流。それを四枚羽根で振り払った巨体がスラスターを全開にして急降下を。
左腕のブラスターによる射撃を放ちながらではある。が、バランスを失し、運動性も速度も大きく損なった機動など見切るまでもない。左の拳をかわし、前羽根になっている羽毛風のスラスター集合体をキャッチしてやる。
「このウイングユニットは丁度良い。お前が言うように制空権は大事だからな。これまでの迷惑料としてもらっておいてやろう」
「そうくるだろうと、もったいないと欲をかくと思っていたぞッ!!」
そうして背中の接続を強引に引き剥がそうとした私に、背後左右から襲いかかるモノが。
それはバスや列車の面影を残した鋼鉄の手足。巨大アステルマエロル・エラフロスから脱落したパーツであった。
なるほど喪失したパーツに遠隔から干渉。隙を突く伏兵として忍ばせていた訳だな。
「これがお前の一部でさえなければ、上手くいっていたかもしれんな」
「ば、バカな……これも、見切っていたと言うのか?」
愕然と明滅するヤツの目には、私の肩や肘から伸びたソードウィップに貫かれた手足が。
まあそうだな。こっそりやっていたようだが、それでも何かしらをコントロールする波動は飛んでいたからな。それでなくても伏兵くらいは仕込んであるだろうと思っていたが、切り落とされた自分の手足だとはな。
「……伏兵役をやらせる手下も得られなかったか、任せるつもりになれなかったか……いずれにせよ弱くなったな」
「よ、止せ! 頼む助けて……」
私は孤立し弱体化したかつての同胞へ嘆きの言葉を送り、その命乞いを半ばで遮る形で脱出しつつあった小型飛行機を残る光の刃で串刺しにする。
これでスメラヴィアを大きく揺るがしたエステリオの乱は首魁の討死という形で決着を迎えたのであった。