80:自分からどこまでも転がり落ちていくとは
私の進軍に対する待ち伏せと思われたウォーズガンとスナイパー。だがその見立ては私の早合点であったらしい。
「なるほど。各地の被害はそれほどにまで」
「ええ。パサドーブル以外に隣国に面した土地では鉄巨人がその威力をためらいなく発揮。進行軍もろともに領民も領土も焼き払ってしまっています。少なくとも伝令伝書が放たれたその時にはまだ続いているようで……」
こう痛ましげに目を伏せ語るのは、フラマン彩冠家の長子ジェームズ。
エステリオに破壊、占拠された皇都攻略に陣した私に援軍として馳せ参じてくれたのだ。
彼が準備してくれていた兵と兵糧は本当にありがたい。
おかげで即席栽培に育てた我が騎兵団にも休息とたらふくの栄養を摂らせてやることが出来た。が、それでもなおありがたみで上に来る支援は、国境周りの情報だ。
ジェームズがまとめて語った通り、スメラヴィアを取り囲む隣国は、今回の謀反にこれ幸いと刈り取り気分で侵攻を開始。
後ろ楯でもあった皇太子派閥貴族らの根回しがあった前回と違い、今回は密約も対応も何もない電撃テロ。それは乗るしかないともなるだろう。
で、王座を強奪したエステリオ・アステルマエロルには民を……特に見下している人間種族を守るつもりなどさらさら無い。
そんなヤツであるから、単に自分が盗った土地を他者に攻められているのが気に食わない。それだけの理由で虎の子であるはずの機械生命体を派遣し、敵を自領土ごと焼き払わせたのだ。
ウォーズガンとスナイパーもまたその目的で、さらに私への嫌がらせとして領土を荒らすために派遣された、のだろうな。
過剰戦力で自領土ごと敵を潰していくこと。それ自体はまあ間違いとも言い切れない。
エステリオからすれば人間種族の軍の力など当てにならんだろうし、そもそもが動かせる軍もろくに無いはず。だから貴重な機械生命体を動かしたのも手元にあって動かせて、まともな働きが期待できる戦力を外敵に向けた。それだけの事だ。
付け加えて、まず人を養う統治をするつもりが元より無い。
だから躊躇なく民と土地を焼けるというだけなのだろう。
ヤツからすれば支配する民は同胞の機械生命体だけで、人間種族は寄生虫か何かのようにしか見えていないだろうからな。育てるつもりの無い相手に配慮するのも、たしかに無駄な話ではある。
まあ私とはただ政治姿勢というか、コンセプトが違うということだな。私は肉体の姿で得た食という感動を楽しみ続ける。それもあって人材を育てて働かせる方向である。だがエステリオ・アステルマエロルはかつてのすべてを取り戻し、さらにその上に行こうという考えなのだ。
私とヤツのどちらが優れているとか、健全だとかは言わん。求めるモノが異なり、目指す所も違う。それだけの事でしかない。
だがそれでも自分一人だけが良しとする勝ち方しか考えられないような輩では登り詰める事など出来まい。
よしんば思い描く頂上に腰を据えられたとして、長くその座に居着くこともあるまいよ。
この場にいるジェームズからはもちろん、無数の意思から異形の略奪者と見る目を向けられているようではな。
「荒らされている国境の民らには気の毒であるが、この場の我々にとっては敵陣が手薄な好機には違いないということ。短期決戦に頭を潰し、その後に分断状態にあるエステリオの鉄巨人兵を各個に叩いていく、というのが現実的か」
「ええ。それしかありませんね」
ここからスメラヴィアをほぼ一周して、無差別に国を荒らすエステリオの手下どもを一掃してから……というのは戦略的にも無理と無駄が過ぎる。
焼かれる民と土地は惜しい。が、それで機械生命体を退治したとして、また新手を調達して出して来ないとも限らない。そういう消耗戦になれば希少性の高いだろうエステリオ側の枯渇が先に来るのは当たり前だ。
だが私の手が回るのが遅れた地区は、それだけ被害を被る事になる。都に呼び戻して要塞を建設してしまうパターンも考えられるな。その場合、被害が国境から皇都近辺に集中する形になる。
だから迷わず第一に元凶を叩く。それが一番の近道になるのだ。
「さて。早速戦の幕を開ける前口上といこうか」
「相手がちゃんと受けるでしょうか? 叛いても一度は助命をした陛下を問答無用で襲い、都を破壊したような輩ですよ?」
「だからこそ最初から私が行くのだ。それでジェームズ殿が予測したように動くのであれば、この場に集った者すべてが、ヤツが人の規律に配慮しない怪物だと定める証人になる」
ヤツの出方はどうでも構わん。そう伝えて私は青毛の愛馬の蹄を響かせながら正面の廃墟へ向かう。
まったく、折角歴史性と実用性を折衷した改修を進めていたというのに、よくも台無しにしてくれた。
再建するに当たって土台からより機能的な都にできるメリットは無いではないが、それでもな。
そうして私はセプターセレンのみを供に、己の紋章旗を片手に城門跡の前で停止。そして大きく息を吸い込み、放つ!
「我は女皇フェリシアの臣、レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠である! 簒奪者エステリオ、都を破壊した逆賊でありながら皇を僭称する行い実に許しがたし!! 我が刃の下に首を差し出すのならそれで良し! さもなくば我が力の限りを尽くしてお前を討ち、その骸を国を盗み、民を踏みつけにした賊として晒してくれる!!」
波動で拡大された口上が、瓦礫と化した門を叩き崩す。
その勢いのまま私の放った音圧は建物の残骸を砕いて直進。やがて傾きながらもかろうじて建っていた皇城の土台に引導を渡す。
足元から崩れていくスメラヴィア城。
ほんの少し前に彼の城で政務を執っていた事が思い出され、惜しむ心が胸の内に。
そんな私の感慨に対して、もうもうと上がる粉塵から一際鋭く立ち上るモノが。
天を突くように土煙の尾を引いたそれは、激しい音を立てて空を裂きながら私へ迫る。対して私は愛馬の背からふわりと跳び、紋章旗を突き上げる。
旗の先端を飾る槍。儀礼用のモノであるが鋭く研かれたそれに刺さったのは男の手。飛行機の鼻先を踏んだエステリオの平手だ。
手首にまで刃を食い込ませたエステリオは、その汚れた顔を苦々しく歪めて傷ついた腕を振るう。これで折れた雷嵐と女ケンタウロスの紋章旗を間において私とヤツの体は真逆の方向に。
一方は滑り込んだ愛馬の鞍上に。
もう一方は瓦礫の山に土煙を上げて。
それぞれに着地した我らは接触から外さぬままの視線をそのままに対峙する。
「人間のように無駄な口上を……その体のように、すっかりと奴らの一員だというわけかニクスレイア!」
「この肉体を得られたからこその楽しみがとても捨てがたくてな。そうでなくとも、現地民は自分から協力を申し出るように活用した方が良いと大昔から再三言っていたはずだが?」
大きく裂けた腕を押さえ、私の名を叫ぶエステリオ。それに私は今さらのセリフかと肩を上下させてみせる。
「下らん! お前の温く甘っちょろい考えが、我々に勝利をもたらした事があったかッ!? それどころか、そのつまらん思いつきからの勝手な行動……そのせいで起きた混乱にオレが後始末を着けた事が何度あったかッ!!」
「実務は毎度お前の責任だと押しつけておいてよくも言う。相手が攻めあぐねる所まで持っていったのを、それ以上の結果を待たずに潰していたのは上層部だろうに」
ずいぶんと古い話だというのに、よくまあそんなにも泣きごとが並べられる。
この世界で私に散々にしてやられてきた鬱憤の爆発……だけではなさそうだな。
「ところでアステルマエロル。本当の機体は手に入らなかったのか? それは敵方……人間風に言えば光の神々陣営のだろう? 邪神扱いはされていないはずだぞ。お前のようにな」
そう。奴が従えている飛行機。
それは確かに私の機体と同じく完全ではある。が、それは今世で十四大神として祀られている者たち、その下に着いていたヤツのモノだ。
おそらく小神として信仰されているのではないだろうか。
そこのところを指摘する私の言葉に、エステリオ・アステルマエロルはその顔を痛みに怒りを加えて赤黒く染める。
「お、オレの本当の……本当のオレの機体があれば、こんなものを使うかぁあッ!?」
この憤怒の声に続いてヤツと、飛行機とが光を吹き出してその中に姿を隠す。