8:やりようは幾らでもあるということだ
東に上りかけの朝日が。
赤々と輝くそれを背に、甲冑を纏った私は愛馬と共に切り開かれた草原を進む。
この私たちの前方には石造りの壁に囲われた要塞が。
しかし朝焼けを跳ね返すその石壁は、そこかしこが崩れ落ち、盛土や木板で埋められた跡が痛々しい。本来は厚い扉で塞がれているはずの門も、急場凌ぎのバリケードで良しとされてしまっている。まったくどれ程大掛かりな攻城兵器で滅多打ちにされたのかというほどの傷痕だ。
しかし以前に訪れてからしばらく間を置いたが、ほとんど修復が進んでいない。あまりの被害の大きさに、直す側の心が折れてしまったとでもいうのか。
そんな事をつらつらと考えながら進めば、壁の上から矢が。
問答無用と私を狙って放たれたこれを私は二指でキャッチ、手首を翻して投げ返す。
勢い殺さずに返したこの矢は、射手の隠れた木板を割る。するとその影から腰を抜かした弓兵が悲鳴を上げて転がりでる。どうやら威嚇を狙って上手くいったらしい。
「警告の口上も誰何も無しに矢で射貫こうとはご挨拶ではないか! そちらがそのつもりならばこのまま一戦交えて構わんぞッ!?」
そう声を張り上げ右手を矢筒にやれば、まるで切り落とすような勢いでモナルケスの国旗が下げられ、代わりに白旗が壁の上に無数に上がる。おまけに門扉の代わりをやるバリケードを退ける間も惜しいとばかりに破壊。無防備に迎える体勢を見せつけてくる。
そこまで全力で降参されては可愛そうになってくるじゃあないか。矢筒から手を放した私は代わりに大きく手をふって後方へ合図を。
すると距離を置いてに控えていた馬廻りの者達が私の周囲を固める。
それらと共に、ミントも私の周囲に侍ったが、彼女は長く尖った耳を下げて眉間に皺を寄せている。
「なぜレイア様が単独先行するのです? これでは護衛の立つ瀬がありません」
「狙いを絞らせた方が楽だからな。それにこんなつまらんところで万一にもケガをされてはもったいない」
「だとしても……御身を守るのが護衛であり、臣下の仕事です。レイア様に守られてしまっていては威嚇する飾りにもなりません」
「私としては私自身よりも私の手が届かない範囲の身内や民を守っていて欲しいのだがな……だが分かった。私にとって臣下の仕事を奪うのは本末転倒。彼らに相応しい活躍と給金を与える事こそが望むところだからな」
耳打ちするような諌めの言葉は、了解と答える事でようやく止まった。たしかにこれが一番早くて安いと、私が単独ですべて片付けてしまっていては配下に成長が無い。
しかし主君としては最悪に近い悪癖だと分かっていても、やはり使い所を誤るのはもったいないという気持ちになってしまうな。
今も鉄巨人に変形させた私の機体を後方に歩かせてしまっているしな。
この馬蹄の音をかき消す重々しい足音に、ミントはまた顔をしかめる。
「……ホントに、私たちにも仕事をさせてくださいね?」
「努力はするが、そう言ってくれる部下はどうしても惜しんでしまうからな」
この返しにミントをはじめ、周囲を固めた者達からは諦め半分な苦笑が。
ともあれ、完全に萎縮したモナルケス側の国境砦に私たちは乗り込む。
すると出迎えたのは土下座する砦の責任者と、縄と棒で打たれて転がされている先程の射手らしき人物だ。
「たった今私を狙った矢は実に見事だった。ずいぶんと鍛練を積んだのだろうな。相手に構えさせずに仕留めようというつもりか、問答無用の射撃だったことも素晴らしい覚悟だった。我が領から生死不問の罪人がやってくるとでも報せがあったかな?」
「も、申し訳ございません! すべてはこの者の先走り! 貴女様のお命を狙うつもりなど我々にはございません!!」
私の言葉を皮肉と取ったか、土下座した指揮官は言葉を詰まらせながらも射手に責任を押し付ける弁明を。
まったくつまらん。言い訳にしても自分の首を差し出して許しを請うくらいして見せれば良いものを。
そんな思いと共に下馬せずに黙っていれば、何を勘違いしたか、モナルケスの兵らは殴られ気絶した射手をひざまづかせ、大斧を携えた者がその傍らに。
「ただちに! ただちにこの愚か者を処罰いたします! ですからなにとぞ! なにとぞ御慈悲をッ!!」
おっとそちらも先走りか。慌てた指揮官に煽られるままに首狩り斧を振りかぶった処刑人に、私もぶら下げた太刀を抜刀。斧の首を落とす。
「処罰というのなら、彼を私がもらい受けても構わんな?」
重たい音を立てて落ちた刃に呆けた声が上がる中、私は弓兵をモナルケス側から奪い取る。
そこでようやく砦の責任者が我に返って顔を上げる。
「しかし、その者は貴女様に弓を!」
「構わん。あれほど正確な矢を放てる者は惜しい。私を後ろから狙うくらいの者がいるのもまた面白いからな」
そこでモナルケス側にどよめきの波が起こる。狙っても構わんのならここでやってしまうか。そんな誘惑に駆られたのだろう。
「もっとも。そんな事をする以上は徹底的に躾をしなくては示しがつかない。そこでなあなあにするつもりは毛頭無いぞ?」
抜いた太刀。そして壁の向こうから光の無い眼で覗き込むニクス。この二つで改めて威圧すれば、国境砦の者共は改めて地面に額付く。
さて、改めての分からせも終わったところでようやくの本題に入るとするか。
「父、ミエスク煌冠の軍事行動によりモナルケス側も騒がせている事と思う。が、私としては現状そちらとこれまでと変わらぬ取引を望んでいる」
この宣言に砦守備兵らの間にはどよめきが。強めた聴覚で収集、分別してみれば、その内容は私の現在の方針に対する安堵と、荷留めせよとの命令に反する事になる事への戸惑い。と言ったところか。
「それは、こちらとしてもありがたい事です。貴女様の村から流れてくる品々は領主様もお気に入りで……しかしながら不穏な情勢の中、こちらからこれまでどおりと言うわけには……」
まあそう答えるしかあるまい。私の機嫌を損ねる訳にも、自分の主に逆らう訳にもいかないのだから。こういう板挟みは現場指揮官のつらいところだ。私もかつての世界で経験がある。タイミングを図るべきだというのに、考え無しで突撃大好物な最前線組。そして命令どおりに戦果を上げろ一辺倒の総司令官。まったく大いに同情するところだ。
「なるほど。私との取引を控えさせる、あるいは我が方が取引に出した者を消してしまえ……そんな命令でも出ているのか?」
だが手は緩めない。侮られてはどこまでも付け入られるのが外交だ。
父の働きかけを受けて出ているだろう命令。それを推測した内容を突きつければ、砦の守備隊長は一瞬目を泳がせる。
たいしたものだ。ここで動揺を一瞬に抑えるとは。だが解答を見せてしまった以上は、な。
「ふむふむ。それでは私も兵や民を差し向ける訳にもいくまい。むしろこの砦から出撃が無いとも限らん。防備を固めるべきだな」
言いながら私は見えるようにこの国境砦の構造を眺める。これ見よがしに乗っ取った後を考える様子を見せれば、守備兵も浮き足立つ。が、動けまい。光の無い眼で睨みを利かせるニクスと、それを操る私はさぞ恐ろしいだろうからな。
「しかし私だけで片付けてくれるなと言われたばかり。まずは攻略用の陣を築く所からやらせるとしようか。しかし、作りかけの陣地を死守させて犠牲を出すわけにもいくまい。物資を投げ出しても撤退させるように厳命せねば。まあ取られた陣を奪われたままにはさせられないが」
こう言えば守備隊長はハッと目を見開く。
どうやら通じたらしい。
領境ではよくある事だ。示し合わせ、小競り合いに見せかけて物資なりなんなりを融通するというヤツだ。
「それは恐ろしい。レイア様の軍が本腰を入れてはとてもとても。そうなれば我が方も何もかもを放り出して逃げ出さねばなりますまい」
ニヤリと笑う私に、守備隊長もまた悪い笑みを返してくる。それでいい。話が通じて柔軟に対応出来る人材というのはまったく頼もしいものだ。