78:豪勢な使い方をするものだ
本拠である城を出た私レイアは、かつて都に駆けつけたのと同じように、愛馬を駆る。
かつてと違うのは、今は亡きテオドールによる封鎖を避けた街道を堂々と急いでいること。そしてもうひとつ――
「レイア様、脱落した集団がまたひとつ出ております」
「加減はしているのだが、着いてこれぬとあれば仕方がないな。小休止を増やすか」
率いているものの大半が、未だ練兵中の者たちだということだ。
軍団の不足――私の配下たる基準を満たした、という枕詞が付くが――それを急速に補うために、私が取った篩と練兵を兼ねた策。それがこの都までの道筋を私とセプターセレンでの高速牽引である。
パサドーブル各地からかき集めた、従属を示した将兵たち。
徒歩の民兵が大半を占め、指揮官層とその他いくらかが騎兵をやる先代以前からの兵団。
見るからに軽々と蹴散らせてしまえそうなこの弱兵集団に、私は馬を配布。全員を騎兵とした上で、目的地と敵を伝えた上でとにかく着いてこいと出発したのだ。
「ろくに手綱を握った事もない連中がほとんどで、落馬するものばかりかと思っておましたが、なかなかどうして、必死にしがみついて来る者は出るものですな」
必死の形相で手綱を握りしめて着いてくる後続を振り向いて、古参の兵が感心の声を。
訓練でもあり篩でもある以上、脱落者も出すそれなりのペースで引っ張っている。が、それでも食らいついて見せる者は出てくるものだ。
この兵が感心しているのは元々の騎兵よりも、素人の民兵の方が根性を見せている点か。
「お前たちもかつてはそうだったろう? 試しにやらせてみれば、なんとかなるものもいるものだ」
「違いありませんな。我々の場合はもっとじっくりと、しかし次々と厳しい訓練を課されるものでしたが」
元傭兵崩れであった彼も、元々は馬に乗った経験を持っていなかった。
それを私の命令で騎兵をやらせてみたらば、眠っていた才が目覚めたかのようにぐんぐんと上達。今ではヘクトル率いる騎兵隊でも指折りの実力者として我が陣営の信頼を集めている。
本来ならば彼らを育てたように段階を踏んだ訓練を課し、一人でも多くの精鋭を育てたいところである。が、それを時間が許さない以上は即戦力足りうる人材を粗っぽくも掘り起こして行く他ない。
何せエステリオは新王朝発足の宣言を済ませてしまっているというのだからな。
試作の通信機を総動員して仕入れた皇都の最新情報によれば、謀反人エステリオは更地になった城に鉄巨人をひざまづかせ、自分こそが新たにスメラヴィアの地を治める皇であると宣言。周辺の冠持ちをその武力でもって傘下に加えているという。
それを聞くのに合わせ、当然こちらも私の支えを受けたフェリシア殿下が女皇として名乗り上げ、エステリオの非道なる簒奪を非難している。
簒奪未遂の咎で廃された元皇太子と、それとは違い正統性に申し分無いフェリシア女皇。
この対立のどちらに着くべきか。そんなことは尋ねるまでもない……そのはずであった。
だというのに現状スメラヴィアは二分されてしまっている。
都とその隣接地に住まうものはまだ分かる。エステリオ、アステルマエロルがきまぐれに潰せるお膝元にいる訳だからな。
内心は別にしても、味方をしておかねば一族郎党と領土の危機となる。だがそれ以外でもエステリオに着く者が出るとはいただけん。先の戦で力を振るった私が女皇方にいて、鉄巨人という戦力は傍目には均等だと言うのに。
まあこれは私とフェリシアの立ち位置が原因であるのだが。
私とフェリシア陛下は臣下ではあるが、実態としては私が神輿としているだけ。
本拠地であるパサドーブルも私の領土、フェリシア陛下直属の武力は私以外には皆無。力関係としては完全に逆転している形だと言えよう。例えるならば、獅子が人の子を背に乗せているようなものか。
これでは当人同士以外からすれば、いつ振り落とされて食われてしまうかハラハラし通しというもの。
さらにはこれに女であるという偏見も加わって、主君として仰ぐには頼りないと言うところだろうな。
加えて、これで我々女皇方が勝つとしても、実権が私に転がり込むのは明白。それが面白く無い、というのがエステリオ側に着いた者の考えだろうな。
幸いにも我がパサドーブルと隣接する領地、隣国モナルケスに魔人領からは我が方に着くか静観するとの約束は貰えた。
まあ私が単独ででも生き残れば、報復として後にどれだけの災いが降りかかるか。敵対しなければそれなりに美味しい思いも出来るのを理解出来ていると言うところか。
それでも国同士の約束、額面通りに丸のみにしてしまうのは阿呆のする事。警戒は怠れないが、周辺一面が敵側の旗色に染まらなかっただけでも充分だ。
そんな訳で敵方の勢力がこれ以上拡大しない内に決着を着けるべく訓練と並行した強行軍を進める私の正面、街道の先を塞ぐ小山のようなものが。
あれは砲塔のある車両、戦車か。
そう望遠で見定めた瞬間、こちらに向いた大砲が火を吹いた。
「ウオオッ!? 待ち伏せッ!?」
膨大な波動の形作る光の壁。
街道そのものを焼き焦がすようなそれに、傍らの古参が驚き、その騎馬が戦き嘶く中、私とセプターセレンは加速。その勢いのままに剣を。すると剣筋にそって飛んだ私の波動は、真っ向から飲み込みにかかる怒涛のエネルギーを岩にぶつかったように真っ二つに。
さらに後方から飛び出した車が人型にチェンジ。両の手からの光の鞭と光無き目からのフラッシュブラストにて、別れたエネルギーの流れを千々に引き裂く。
そうして未だに光を帯びた太刀を掲げて後方の、鍛練中の騎兵隊とその監督をさせている部下に停止の合図を。
一方で私は、愛馬に跨がったまま半身と共に砲撃を見舞ってくれた戦車との距離を詰めていく。
「今はひとつたりとも消耗出来ない貴重な戦力だろうに、私への待ち伏せ程度に使うとはな……もしかしたらすでに新規調達出来る目処が立っているのか?」
だとしても惜しい戦力のはず、まさかこんな捨て石のような使い方をするとは思っていなかった。
だから意表を突かれたことは確かだがそこまで。当方に被害は何一つ無い。これまで散々に軍師気取りのバカだとは言ってきているが、ここまでの愚を犯す訳は無いはず。
そう思っていれば戦車、エステリオの手先となっている機械生命体は人型にチェンジ。そこからさらに変形は続き、腕を折り畳み、足腰を展開伸長させる。そこへ後から駆けつけた装甲車やバイクやらが変形接続。より巨大な鉄巨人へと変貌を遂げる。
ふむ、そうだろうな。刺客を配置するにしても、私を想定したのならこの程度のは用意するだろうな。
「こ、これは……レイア様の二段階目のものと同格の……ッ!?」
角張った巨躯を見上げておののく声を背に受けながら、私は半身と愛馬共々こちらを見下ろす光無き目に向かう。
しかしサイズ差故当然の形ではあるが、見下ろされているというのは気分が悪い。ましてやアレの操り人形ごときにな。
というわけで私もまた再合一からの合体。セレンニクスレイアとしての姿をヤツと後ろの兵たちに見せつけてやる。
「巨大合体までしたとはいえ、それだけで私と同格扱いとはな。まさかお前までそう見てはいまいな?」
そう問いかけて地響きをひとつ起こせば、戦車ベースの合体ロボ――仮にウォーズガンとでも呼ぼうか――それは意外にも身軽なバックステップを見せつつエネルギー砲を発射。先のと違い圧縮し貫通力を高めたこれを私は片手でキャッチ。そのまま踏み込んで追いつき、後退りするヤツの顔面に握ったエネルギー塊を叩き返してやるのであった。