77:動きにくとも動かねばならん
パサドーブル州の中心地たる州都、その中核たる我が居城。改修も半ばなこの城の議場に、大の男が並んで頭を垂れている。
「申し訳ございません! 監視の眼は潰されており、連絡の遅れを怪しんだ時にはもう……この失態のお咎めは如何様にも……!!」
セーブルを初めとした私お抱えの暗部「影の刃」のメンバーたち。
エステリオとそれに繋がる邪教団の行動を防ぐばかりか、その情報を私にまで持ってこれなかった大失態。これを深く詫びるセーブルらに、私は首を横に振る。
「今回してやられたのは確かだが、それは相手方が上手く立ち回っただけの事。お前たちを責めるつもりはない。が、犠牲になった人員の事もある。彼らの穴埋めをする人材の調達及び育成。さらに育つまでに一人当たりの負荷が増える事をもって罰とする。良いな?」
任せはしたが、相手は機械生命体の魂を宿している男だ。
ならばここで出し抜かれた元凶は、分が悪いと知りながら一般的な監視のレベルで妥協した私の判断ミス。現場の責任ではない。
しかも人材に損害を出されてしまっているのだ。その遺族年金も含めた保障に、開けられた人手の穴の補填にと手を取られるのに、その上現場組を咎め立てるなどとやってられるものか。もったいない。
「そ、それはッ!? そんなことは当たり前の事で……ッ!?」
「不服か?」
「い、いいえ! 寛大な裁可に感謝いたします!」
静かに念を押したつもりだったが、セーブルらは声を震わせて顔を伏せてしまう。
いかんな。
畏縮させたかったわけでは無いのだが、苛立ちが表に出てしまっていたようだ。私もまだまだ青いな。
「それで、都の状況は? 分かっている範囲で構わん」
本題をと促した私に、情報部隊の面々は素早く切り替えて持ってきた報告を読み上げる。
エステリオが操っているとされる邪神像は、教団拠点を破壊して飛び出した勢いのまままっすぐに皇都を襲撃。
私が手をかけ再生に向かっていたそのことごとくを焼き払ったのだと。
それはもちろん皇城も。その主もろともにだ。
「ああ……そんなお父様ッ!? お父様がッ!?」
再びの実の兄による父への謀反。
しかも皇の生存は絶望的とするこの報告に、フェリシア殿下は血の気を失う。そうして椅子に預けてありながらも転げ落ちそうなその体を、侍っていた我が異母妹たちが支える。
皇族、貴族としては健全な父娘関係であっただけにショックは大きいことだろう。
が、寝ていて良いとはしてやれんな。スメラヴィア唯一の正統として、エステリオ討伐に立ち上がってもらわねばならない。
そうでなくては陛下が万が一のつもりで私にフェリシア殿下を預けた甲斐が無いではないか。
「殿下。陛下の仇討ちには私も全面的にお力添えをさせていただく。しかし厳しい事を言うようですが、貴女が討つと立たねばそれも叶いません」
「姉上! そんな、こんな話を聞かされたばかりで……!?」
「……いえ、お姉様の仰るとおり……姫たる者……いいえスメラヴィアの女王たる者、なおのこと無念を背負って立たねばなりません! お姉様……いえミエスク煌冠。討伐軍の支度を整えて……整えるように願います」
「承知いたしました」
悲しみの涙を溢し続けながらも気丈に私を見つめ、皇族としての振る舞いを取るフェリシアに、私は一度立ち上がって正面から膝をついて礼を。
これでこそ担ぎがいがあるというもの。
最初は妙に慕われたものだと思った。が、私の治世においてこれほどまでに都合の良い姫君になってくれるとは。
まったく状況というものはどう転がるものか読みきれぬな。
「それでは影の刃の、皇都付近に配置させていた者のうち動ける者はどれほど残っている?」
「ハッ! 都にいた者たちは生死不明でありますが、報告は網の目として配置した者たちから上がっておりますのでそれらは……」
「ではその者たちに皇都の様子を探らせよ。その過程で謀反者でなく民に生存者を見つけたのならば、このパサドーブルに避難するように手配を。ルカらテイマー衆にも陸空の輸送路を手配させる。危険な任務になるが……」
「すぐに動かします」
「お姉様……いえ、ミエスク煌……?」
「生死を確かめるまではあくまでも不明ですので」
「お姉様!? ありがとうございます……!!」
「その感謝は御無事を確認できた場合に頂戴しましょう」
惜しまないと口にした手前、ここまではやって差し上げてしかるべきだろう。
エステリオがその手先で都を荒らして何をしているのか。これに関する情報も拾える事だろうからな。
さてこれで私はフェリシア姫を担いでまたスメラヴィアの都に攻め上るわけだが、そうなるとエステリオの手先になっている邪神像とやらが気になる。
邪神像と言うからには我が古巣に与していた者の機体、その完品かそれに準ずるところだろう。
だが報告に上がっていた断片的な特徴からすると、動いたのは陸戦の武装車両タイプ。エステリオのかつての姿であるアステルマエロルのパトカーとは合わない。
こうなるとまだヤツは正しい魂と機体の再会を果たせていないと言うことになる。
もしくはとっくに手に入れた上で、同胞を手下として矢面に立たせているのか。
どちらにせよ、私と同格の戦力を揃えていると見て間違いはあるまい。
「整い次第、私が先頭に立って出なくてはなるまいな」
「国難ですからね。レイア様御自身の出馬が無ければ示しもつきませんか……しかし、州内の不穏分子はどうなさいます? 危急とはいえ、あれらが片付かない事には動かせる戦力は……」
ミントの口にした不安ももっともだ。
これまでの戦で、私は普通であれば大惨事必至な大物退治を自身で引き受ける事で、保有する精鋭の被害を大幅に抑える事が出来ている。
それでも混乱し、火種の絶えぬパサドーブル州全体を平定していくには数が足りない。
全員攻撃全員防御などという発想は、小さなチームの瞬間的な戦術でしかない。出征というのは犯罪と反乱を起こさせない留守居役を充分な数残せてはじめて出来る事である。
今回も敵は大物であるのだから、確かに最悪戦力は私一人でも良い。
だが本当にそれをやってしまえば、私はまともに戦力を捻出出来ないダメ領主のレッテルを貼られる事になる。
私一人が恥をかくだけならば、まあ腹は立つがそれだけだ。恥を灌いでやればいい。
だがダメ領主と侮られ、なめられたりした場合にはパサドーブル全体、担いだフェリシア殿下にも不幸を招く事になる。
自分はもちろん上にも下にも実害が出る。だから貴族は面子を守るのに躍起になるのだ。
「ならば今回、私が連れて行くのは最小限度だ。馬廻の者たちだけに絞ろう」
「なぜ!? それでは示しがつかないとッ!?」
いきなり真逆の事を言い出せばひっくり返るのも無理はない。動転するミントらに、私は落ち着くようにと手で制する。
「案ずるな。数は揃える」
「し、しかしどうやって……」
「どうやるも何も、私はパサドーブル州を治める領主であるぞ?」
これまで戦い抜いてきた実績のある自分たち。確かに信用は置けるだろうが、その中だけで考えるから行き詰まるのだ。
いるではないか。
質はともかく数だけで良いならば、先代からミエスクの下についている者たちがな。
「しかし! 彼らはレイア様に謀反を……!」
「全員が手向かってきた訳では無い。先代から変わらず仕えると宣言した者も多い。その内には機を伺っているだけの連中もいるだろうが、行動を起こすのならばそれまでよ。正真正銘の臣下を守って蹴散らせば良い」
これまでの事を見ていれば、迂闊に動く阿呆も残っていまいが。
まあ腹心のためにも今一度篩にはかけるつもりであるがな。
ここまでを聞いてこの部屋に集まった部下たちは諦めたように私の方針に従い動き出すのであった。