75:反面教師が多すぎる
周辺の木立の合間を駆け巡る敵の気配。加えて私の矢を受けて起き上がったメタルリザードマンを正面に、我が精鋭は私と私を乗せたセプターセレンを中心に、外向けの円陣を組む。
取り回し重視の小さな盾を前に、逆に握った短く切り詰めた剣を控えさせたこの構えは、無理矢理にファランクスを作ったものだ。
我が軍の騎兵装備で、かつ下馬した状態。さらに浅いとはいえ森の中で鞍上の将を守るとなればこうするしかない。
明らかな怪物を相手にして、犠牲は必然のこの状況で即座にこの陣形を組める判断力と胆力には将として鼻が高い気持ちになる。
「これほどの自慢の兵を、お前らにくれてやるわけにはいかんな」
この宣言を引き金に私は矢を放つ。狙いは当然正面のメタルリザードマン……ではなくその奥で繁みを鳴らす者どもだ。
短い悲鳴に続いて奥に生えた木が倒れる。
その派手な音に、メタルリザードマンは見開いた目を背後に。
ふむ。さては素人だな?
当然戦の玄人であるところの我が精兵が意識の逸れた隙を見逃すはずもなく、シールドチャージ。それも一人でなく三人がかりでだ。
一対一であれば虚を突かれていても、あるいは盾ごと力で押し返せたのかもしれない。
が、息を合わせた三人がかりの押さえ込みを受けたメタルリザードマンは固い金属の隙間をこじ開けるようにして、急所を突き刺される。
完全に機械化しているわけでも無し。サイズも尻尾がある他は人間とほぼ同格。それではいくら内蔵にまで融機化が及んでいようが潰せぬ道理は無い。多少手こずりはするだろうがな。
喉と心肺を損傷しながら未だに盾に爪を立ててもがくのをそのまま部下に任せ、私は森の外への道をふさぐのに一射。幹を盾に潜んでいたのを木ごとに射貫いてやる。
「今だ! 森の外へッ!!」
仕切り直しの絶好の好機。
これを逃さぬように号令をかければ、精兵たちは遅れなく駆け出す。
それはメタルリザードマンを押さえ込んでいた者たちももちろん、とどめに固執することも、敵に絡んだ装備を惜しむこともなく生存を最優先に。
装備の残ったのが丸腰になってしまったのをカバーに入った事で、私を先頭に全員が大きな負傷もなく森を抜ける事が出来た。
そんな私たちの姿を認めるが早いか、森の外に控えていた面々がすかさずに入れ替わる形で騎乗のまま私のそばにつく。
「私を相手によくも遊べる余裕があったものだな?」
追手の無い森の中。そこへこの一言と共に矢をくれてやれば、鈍い悲鳴が。
「おぉのれぇえッ! 小娘がぁあッ!!」
その直後に怒声を張り上げた人影が飛び出す。
胸から太い矢を生やし、しかし目を爛々と輝かせたそれを私は抜き放った馬上湾刀で迎え撃つ。
鋭く硬い音を響かせてすれ違った襲撃者は半ばから失った腕を抑えて転がり、しかし刺さったままの矢がつっかえ、濁ったうめき声を上げて止まる。
「似合いの姿になったではないか? ナイジェル・パスクーム」
丸々とした腹に落ちた腕を埋め、胸に刺さった矢を抜きつつ私を睨むその襲撃者は、反目分家筆頭のナイジェルその人であった。
もっとも、ギラギラと明滅するその目はカメラアイに変わって、私の一太刀で落ちた腕もびっしりとした鋼の鱗に覆われたメタルリザードマンのそれになっている。
おおかた私の排除にディグの邪教団を利用するつもりでしてやられたのだろう。
まったくマヌケにもほどがある話ではないか。
「お、おのれぇ……貴様さえ、貴様さえ女らしくしておれば……ッ!!」
「無能な我が父とそなたら分家の当主らが民衆を食い潰し、次代かその次あたりで取り潰しを食らっていた、か?」
そんな自分のマヌケぶりを棚に上げての怨み節だ。反省する能力すら持ち合わせていないとは恐れ入る。
かつての世界でも覚えがあるが、知性体というのは堕落するとこうも醜くなるものか。
いや、私も他人事ではないか。惰性化し、堕落が出たとしてもこうはなりたくない。
そうして私が心の内で自戒する一方、二重の意味で怨み節を切り捨てられたナイジェルは顔面にびっしりと金属の鱗を生やし、目を激しく明滅させ始める。
「ゆ、許せん……! ゆる、ゆる、許せん、せんせんせん……ッ!!」
「昂りすぎて支離滅裂だぞ? 口まで回らんようになったか?」
このダメ押しの挑発をきっかけに、ナイジェルもまた完全なメタルリザードマンに変態を。
もっとも変わらずに飛び出た腹と幅広の顔から、見た目にはフロッグマンといった方が良いが。
金属のトカゲカエルになったナイジェルは、変態を起こした怒りのまま私に襲いかかる……かと思いきや程近い騎兵の一人へ。
それを手首からのエナジー・ソードウィップで叩き落としてやれば、口から黒いものを吐き出しながら飛び退いていく。
「申し訳ありませんレイア様」
「良い。私もあれだけ挑発したのだから、当然こちらを狙うだろうと思い込んでいた。その前に与えた痛手が怒りを越えるほどに効きすぎたらしいな」
再び森の中へと逃げ込むのを見送りながら、私は太刀を振って兵に後退の合図を。
そうして距離をとっていれば案の定、巨大化したメタルリザードマンが……いや、厳密に言えば巨大化ではないか。ナイジェルを中心に、同じように金属鱗のリザードマンと化した者同士が寄せ集めになって巨体を構築しているわけだからな。
その集合体のメタルリザードマンが、木々をへし折りながら我々の前に現れたのだ。
「フハハハハッ!! あのゴーレムも、あの魔人娘も近くにいないのは確認済み! 泣いて謝ったところでもう許さんぞ!? さあ、力の差を思い知るがいいッ!!」
こちらを見下ろして哄笑する合体リザードマン。それが踏み出すよりも先に私は黙って矢を放つ。
慢心か、反応の遅れか、無防備なメタルリザードマンの脳天にこれが深々と。
「ぎゃあああッ!? バカなぁッ!?」
思いがけないダメージに混乱し、足をもつれさせて転ぶ合体リザードマン。
それを中心にしたわめき声と地響きのやかましさから逃れるため、私は精鋭共々に距離を開ける。
「そんな……バカな! 究極のパワーを授かったはず……!! これは、これはすべてを支配しうる力ではなかったのかッ!?」
授かったと言ったか。
となるとやはりその出どころは邪教団か、あるいはそれと繋がりのあるアレで間違いないか。
どちらにせよその勘違いは正してやるとしようか。
「それならばテオドールの授かっていた分のがよほど大きいぞ? それでも私に敗れたが、な!!」
この一言と共にもう一矢。従って弓騎馬兵らも弓を鳴らす。
「そ、そんな…… そんなバカなことがッ! ハッタリだ、ハッタリに決まっているッ!! ゴーレムと引き離された小娘ごときにぃッ!!」
痛手になった私の矢から急所を庇い、その後に続く弾幕を煩わしげに払って叫ぶ。
ふむ。現実から目を背けたくなるのも分からんではない。思い込むのは自由であるしな。それで変わるものは何も無いがな。
しかし車と離せば勝てる、か。そんな弱点があると思われているとはな。
誰に吹き込まれたか、黒幕もそう思い込んでいるのかはわからん。が、それにつけこんでやるのも一興だな。せいぜいニクス到着までの時間稼ぎに苦心したように見せてやろうか。
「ここは私が突っ込む! 総員矢玉を放って援護せよ!!」
「レイア様単騎でッ!?」
「誤射は気にするな! 山なりに雨と降らすよりも私の背を狙うつもりで射てッ!! 足は止めるなよッ!!」
躊躇いの声に念押しの命令を返し、私は太刀を掲げて愛馬を加速。合体メタルリザードマンへ突っ込む。
で、その結果としてはニクスの登場すら必要なく、部下の援護を受けた私の剣で機械融合したナイジェルを討ち取れてしまったのであった。