74:手厚くするだけで良いというわけでもないが
「御用である! この近辺で人を生け贄とする儀式が行われていたとする報告が上がった!!」
威勢の良い我が武官が門を蹴破る勢いで町に乗り込んで行く。
やたらにでかいその声に野次馬らが出てくる中を、私は青毛の愛馬に跨がって進む。
「……あの方は?」
「バカ者! あの紋章に青毛の名馬、さらに色々と大きな体躯を包む特徴的な甲冑、さらには銀の髪を靡かせた冷たい美貌……新たな本家の御当主、このパサドーブル全土を領するレイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠様だ!!」
解説どうもありがとう。
そんな念を込めて略式にサークレットだけを着けた顔を向けたなら、ざわめきが凪ぐ。
まあ無理もなかろうな。
この集落に住まう者にとって見れば、私は搾取を繰り返す領主の上役。それも従わぬからという理由で領内で内乱を続けている者だ。
下々にとっては部下の統制も取れぬ無能者の暴君としか見えまいよ。
そんな暴君が邪教の摘発だとやってきたとなれば、それはもう心安らかではおられまい。領主の判断にもよるが、証拠隠滅に根切りにするような処置もおおいにあり得るのだからな。
それは無いと安心させてやらねばな。
「そう居丈高に入るものではないぞ。そのような事はせずとも私の威光に翳りは起きぬ。それに生け贄の儀式をする邪教徒が潜んでいたとなれば、彼らこそ苦しめられた被害者である。さ、例のものを運び入れよ!」
先方をなだめつつ後方に合図を送れば、控えていた兵らが積み荷を山盛りの荷車を牽きながら現れる。
その幌を剥がせば荷台いっぱいの保存食が民衆の前に。
「これは我が軍の糧食の一部。慰めになるとは思わぬが、ここで皆に配らせてもらう」
この宣言に野次馬たちからは半信半疑のどよめきが。そんな彼らに半ば押し付ける形で、我が兵達が食料を包んで渡していく。
受け取った民衆は嘘なのではないかとばかりに、抱えた包みと私の顔や兵らを見比べている。
たしかに、糧食の一部というのは嘘であるがな。
これらはすべてこの村に住まう者達にばらまくために用意したもの。潜入捜査させている密偵らへの報酬を混ぜてある、な。
「我々は数日……長引けばもうしばらくこの村の近くに滞在させてもらう。その間に何か働きを命ずる事もあるかもしれん。その場合はこれとは別途報酬を支払わせてもらう!」
「そんな!?」
「まさか……嘘だろう?」
「そんな上手い話があるはずが……あるはずがない!」
「何を疑う事がある? そなたらは大切な労働力で、特に軍の足である良質な馬を提供する源ではないか。生業に加えて、別の仕事を願うのなら当然の事。他にも困った事があるのなら言ってくれて良い。少なくとも私はそう考えているのだぞ?」
至極当然の日雇い雇用の話である。にも関わらず、民衆からは驚きと疑いの声が。
彼らの役割とその立場からの当然の扱いだ。と、そう噛んで含めるように重ねても彼らからの疑念は晴れることがない。
まったく嘆かわしい。
何事も安くて良いものを万全に使うというのは経済で、また美徳でもある。が、行き過ぎれば行き詰まるというのも万事共通だ。
生き残りに必要な仕事だが、充分な報酬を出せない。だからと誤魔化してタダ働き同然にこき使う。
これでは短期的な得にはなっても、長期的には不信と意欲の低下を抱き合わせで買うようなもの。金銭物資とはまた異なる借金同然だ。
封建的な社会というのは、これをやって当たり前としてしまうからな。
そうして溜め込んだ負債が、思想という火種でもって爆発。それで王朝転覆という取り立てが起こる例は枚挙に暇がない。
こういう積もり積もった不信感の負債をどうにかしてやる……しなければならないというのが支配者の義務だ。
この手間に思い至れてようやく半人前。そこから進んで背負いに行くか、荷が重いと託すのか、それは個々の器量によるところであるだろうがな。
「では早速で悪いが、野営地を整える人手を借りたい。金品……いや現場をやってくれる人足には物資の方が良いか。一人頭この袋二つの麦で働いてもらいたいがどうか!? 不安だと言うのなら先払いでも良いぞ。持ち逃げは許さんがな」
後から運ばれてきた荷車。そこに乗っている麦袋の山を報酬として示したなら、配給を受け取っていた民衆は我も我もと手を挙げ始める。
そうして仕事を求めるほぼ全員の視線が報酬に釘付けである。が、それはそれで良い。働く以上は見返りを求めて当然だ。仮に報いを求めぬ献身を受けたとして、何かしらで返さずにいるようでは健全ではない。
「では報酬の分配と野営地設営は任せる。私は下見も兼ねて狩りに向かう」
「ハッ! お供いたします」
「うむ、頼む。だが私にはそうゾロゾロと着かずともよい。別方向にも同じく下見と狩りの部隊を出すように」
「承知!」
私の指示は瞬く間に精鋭達の隅々にまで伝わり、素早く部隊の編成と分担を調整する。
そうして私は愛用の五人張を周囲に見せつけるようにしつつ、愛馬の鼻を目的の方向に向けさせる。
「あ、あれなら……あの方なら、本当にオレたちを守ってくださるんじゃあ……」
「美女騎士様にちょっと気前が良いところ見せつけられただけでコロッといってんじゃない! 領主だの貴族だの名乗るのが下々のとの約束を守るものかよ」
「バカ者……! 声がデカい……あのお嬢様がどうするつもりか、その真意がどうであれ、ワシらはワシらの生活のためにあの方を利用すれば良い。少なくとも勢いがある内は、パスクーム様よりはよほど頼りにはなるだろうが」
密偵による誘導を含めた半信半疑の声。
私は背に受けるそれらに気付かないフリをしておく。
警戒心もあり、かつ強かで大変結構。そうでなくては搾取しようとする為政者からは生き延びられなかっただろうとも。
そんな民の逞しさに満足しつつ私は怪しい集団が向かっていたという森の前に。
この道中には特にトラブルもなく、また同時に狩りの成果もまだ無い。到着初日で邪教団に出くわすような大当たり。そこまでは望めないにしても、美味い肉の持ち主か、せめて危険な猛獣の一匹くらいは仕留めておきたいところであるが。
そんな思いで視線を巡らせつつ、まばらな木々の間に入って行けば、木々の陰を渡るモノが。
見えた動きと波動。そこから動きを読んでつがえた矢を放つ。
それはこちらへ角を突き出し突っ込んできたヤツの軌道上にドンピシャ。もはや気付くが早いか当たるが早いかという勢いで、頭に矢がぶち当たる。
「お見事! さすがはスメラヴィア一の弓取り!」
「ヨイショは良い。それよりもなかなかの大物の鹿だ。手早く捌くように」
せっかく仕留めた獲物の鮮度こそが第一と命じれば、部下たちは頭の潰れた鹿の解体に取りかかる。
と、私はそれらの頭上へ向けて鳴弦。それに伴う投げ槍めいた矢が、部下に躍りかかる影に飛ぶ。
鋭い風切りからの重い音。これに兵の振り向き様の剣が続いて襲撃者を弾き飛ばす。
「大丈夫かッ!?」
「レイア様のおかげもあってなんとか……しかしコイツらはッ!?」
我が矢と兵の剣を受けて倒れた者の姿を見て間近の兵達が絶句する。
それは太く長い尾を備えた人である。
その長い尾をはじめ、体のそこかしこには鱗を、手足の指先には鋭い鉤爪を備え、長い舌を放り出した広い口には牙がびっしりと。
これだけならばトカゲの獣人型魔人族のようにも思える襲撃者であるが、その特徴はそれだけではない。その身に備えた鱗。その光沢は明らかに金属質のそれだ。
そこで見開いた目に光を灯したメタルリザードマンが素早く立ち上がる。これに身構える我々の周囲から草葉の揺れるざわめきが。
なるほど。こちらは包囲されていると、そういうわけか。