73:ゼロである事が手掛かりになることもある
私に反目するミエスク一門衆。
その包囲を完全崩壊させるべく取った作戦は完遂した。
あからさまなまでの見え透いた釣りに乗るような間抜けは、残らず討つなり捕えるなりしている。後は無益な反逆とそのために犠牲を生んだ罰をどんな形で下してやろうかというところだ。
だがその裁可と同じく、私には大切な仕事がある。
「お、俺はホントになんもしらないんだよぉお……聞かれたって何にもわっかんないんだってぇ……だからこの鎖を解いておくれったら……ああいやまった! 解かなくてもいいから痛くしないでくれぇえ……」
それはこの情けない声を上げる雁字搦めのバギーから情報を聞き出す事……なのだが。
「姉上……本当にやるんですか?」
ハンマーを、私がプロトスティウム化させたそれを握って懇願の目を向けてくるハインリヒ。
まあ罵詈雑言を吐いて反抗的に振る舞うならともかく、これだけ哀れっぽい振る舞いをされては善性の持ち主は拷問を躊躇うか。
メイレンの烈波を受けて動かなくなった乱入者のバギーロボ。それを折りたたんで変形させ、タイヤごとプロトスティウムの鎖で縛り上げた上で尋問できるようになるのを待っていたのだが、目覚めての開口一番は「ここはどこ俺は誰?」であったという。
その報告を聞いた私は誤魔化しのすっとぼけであることも疑って色々と準備をした上でやってきたわけである。
「そうだなハインリヒ、そのハンマーは下ろして良い」
私の許しに目に見えて安心する異母弟とバギーカー。
なぜお前たちはそんなにも息が合っているのだ?
そんな突っ込みが頭を過るが、口には出さずにおく。
呆れ半分な私が動き出すよりも早く、手を上げる者が一人。それは自分たちで倒したものが気になると着いてきたメイレンであった。
「レイア様。これだけの鉄の塊、熱したならフライパンの代わりに出来そうなので試してみても?」
「ひ、ひいいい!! や、やめてくれぇえ! 俺のボディにこんがり美味しそうなフレーバーを染み付かせないでくれぇえー!!」
とりあえずの試しにと卵を取り出すメイレンに、バギーがガタガタと車体を揺さぶり拒否を示す。
まさかこんな傍目にはそれほど残虐にならない程度に、しかし相手にはしっかりと効く問い方を思いつくとは、やるなメイレン。
しかしそうか。私もまた猛烈な太陽光なりで熱を含めば、車体で食材が焼けるのか。手頃な鉄板が無い極限であれば、調理器具代わりにしてしまうのも手だな。
「まあ待て、待て待て。その実験は興味深い。が、この手合い相手の尋問なら、私にはもっと効率的なやりようがある」
それはそれとして、わざわざ苦し紛れの嘘かも知れない情報を無理矢理に絞り出す事も無い。
私は雁字搦めのバギーカーに手を触れてその内部に波動を。その反響から機体の折り畳み方、パーツの構成を読み解いていき、目的の部品の配置を探る。
「見つけた」
我々の頭脳、特に記憶領域に当たるメモリーデバイス。あっさりと見つかったこれに私は接続を。
拍子抜けするほどに順調なここまでに、私はハッキリと違和感を覚える。
普通ここまででそれなりの抵抗はあるはずだぞ?
私であれば機体に触れされないように振り払うのはもちろんの事、キーナイトによる内部干渉には例え指一本分であっても己のエネルギーを動かしてジャミングをする。
頭脳パーツへの干渉などもっての他だ。意識のある状態であれば逆干渉を仕掛けて叩き潰しにかかっている。
それがどうだ。このバギーときたら何の抵抗もなくボケッとされるがままだ。
こんな有り様では頭の中を好き放題に弄くられてしまうぞ?
と、そんな疑問も抱いたが、探ってすぐにその疑問は氷解した。
「からっぽだな」
「どういう事です?」
「言葉通りだ。この者の記憶は何もない。生まれたての赤ん坊の方が、まだ腹の中での音やら外界の刺激やらが入っているだろうな」
すっとぼけているわけでも、エラーで引き出せなくなっているわけでもない。
このバギーにはここで我々に捕まって、目覚めてからのメモリしか入っていない。
知識についても現在のスメラヴィアで用いられている公用語一種。後は自身の機能の基礎だけ。
自身の名前すらも空白のすっからかんだ。
「じゃあどうして? なぜミエスク本家軍を、姉上の部下に襲いかかるようなマネを? どうやって?」
うむ、疑問の連続だが当然だな。
まずどうして乱入して我々に襲撃をかけたの動機については、このバギーには無い。
ではそれをやらせた黒幕がいるということになる。
が、その人物についての手がかりもコイツの記憶からは手に入れられまい。
「じゃあこちらは一方的に刺客を差し向けられただけで諦めるしか無いって事ですか!?」
「いや、まったくの手がかりゼロというわけではないぞ?」
手がかりは無いと言った私の口から出た真逆の言葉に、この場にいる全員が頭の上に疑問符を。
まっさらな赤ん坊同然のバギー型の機械生命体。本当に生まれたてなのか、生まれ変わりに不具合があったのか。その辺りをハッキリとさせる証拠はない。
その真相はどうあれ、まっさらなのを刷り込みでなく意のままに働かせたということは、外付けにしてコントロールする何かを使っていたのだろう。そうでなくともそれに類するカラクリがあった事に間違いは無い。
「その装置はあったとしてもメイレンさんの波動砲で跡形もなく壊されてしまっているわけで、それがどう……いやそうか。そんなモノを作れる、作る研究をしてる、してそうなのが怪しいということに!」
「そういうことだ。そしてコイツそのものからして無から出てくるわけも、我々に襲いかかるわけもあるまい。生まれたての暴走とするには、見逃すはずが無いほどに近すぎる」
私の導きから答えにたどり着いた面々は目の光を強める。
はっきりとした手がかりが無い。それが逆に手がかりになることもあり得る。
少なくとも不自然さを洗い出す事で真相に近づく糸口にはなる。
「今のところ私が怪しいと睨んでいるのは件の……ディグの邪教団だ。他の組織か、個人かの可能性はゼロではないが、パサドーブルでの活動も確認している以上はな」
「姉上に対する遺恨もあるでしょうからね。動機も充分。第一に疑ってしかるべきでしょう」
連中のパトロンだったエステリオの勢力を潰した上、奴らが発掘して生け贄を捧げて起動させたのを叩き潰してきているからな。相当に恨まれている自覚はある。
付け加えて、私を捕らえて研究材料にする企みを持っていないとも限らないしな。
まあ完全に決めてかかるのも見落としの危険があるからな。我が諜報部に動いてもらう事になるか。
「なんにせよ、まだ疑わしいのが上がってきたばかり。それを念頭に調査する段階であるな」
「ところでレイア様ひとつよろしいか」
今後の方針をまとめたところで、メイレンが挙手を。それに促せば彼女は名無しのバギーに手を触れる。
「この子はどうされるのか? もし良ければ私がいただいて構わないだろうか?」
「ひえ……ボディで焼き物するのは勘弁してくれぇえ……」
「やる必要もないからその気は無いよ。食料を積んだり屋台を牽引させたりとそういう働きをしてもらいたいと思っているだけだ。今はな」
「今はッ!?」
怯える名無しのバギーであるが、うむ相性は悪くないかもしれん。
メイレンの考えも悪くは無い。
食材運搬役を主にやらせるならば、輜重隊の護衛にもなるだろう。私が出た場合の留守居役としてメイレンと共に動いてもらう事もできる。
「許す。必要な品などの調達には協力するが、しっかりとしつけて面倒を見るように」
「おお。レイア様、感謝する」
素直に感謝の礼をするメイレンに対し、名無しバギーからは悲鳴のような音が鳴る。が、せいぜい上手く付き合ってもらおう。