72:余興で済む分には飛び込みも歓迎だ
「やはりあっさりと片づいてしまった」
つまらなそうなため息混じりにメイレンが手を払う。
その足元には鎧兜をへこませてのびた将兵らが累々と。
まあメイレンの武にかかれば当然の結果だろう。生身同士であれば私とまともに殴り合いも出来、融機魔獣相手の頭脳も揺さぶれるほどだ。
多勢に無勢であろうが、並みの者では勢い余って殺さぬように加減する方が難しいくらいだろう。
「メイレンはそう言うが、ほとんどそっちで片づけてしまったから私は石を蹴飛ばすなり投げるなりくらいしかすることもなかったぞ」
「よく言うなレイア様。その石で射手やら術師やら立ち直った司令塔やらを的確に潰しておいて」
「私ばかりではあるまい。セーブルはじめこの場に控えていた皆の働きもある」
「御身を影に潜んで守り、耳目となるのが我らの責務……と胸を張って言えるような有り様ではないですが」
隠密諜報隊を代表して恐縮するセーブルだが、そんなに卑下する事もあるまい。
多勢で囲んできたクセをして、一騎当千のメイレンに恐れをなして逃げ出す謀反の旗振り役。それを逃さずにとらえたのはそちらなのだからな。
華々しい無双の武を目の当たりにして、自身の働きが地味に見えてしまう事はままあるだろう。しかしここで謀反者を逃がしてしまっては片手落ちである。影の刃は誇るべき働きをしてくれたのだ。
「ありがたき幸せ」
「ああ、よいよいそんなにガチガチに畏まらなくても、お前達の忠義は伝わっている」
キッチリとした角度で頭を下げるセーブルにそう返して、私は自分の椅子に刺さった槍を引き抜いて腰かける。
「こちらは片づいた以上、後はハインリヒの成果を待つばかり。ゆるりと見物しようではないか」
「……御身が仰るのであれば、生存者の捕縛を手配した後に」
「いま屋台持ってくるから先に楽しんでいてくれ」
私の誘いに対照的な返しを残してこの場を後にするセーブルとメイレン。
それに背を向けて私が見下ろすのは戦場だ。
演習という名目の私の暗殺劇。その第一陣と同時に動き出した、矛を交えるはずの軍勢達は一斉にこの私の見学席を狙って方向転換し、伏せていた我が兵に包囲されている。
波動具の光線が包まれた兵らを焼き、それで崩れた戦線を騎兵が掻き乱し、歩兵がその包囲を狭めていく。
実に堅実な包囲殲滅だ。
数では劣る我が方だが、奇襲に武装した案山子のハッタリ。それに加わる波動具の威力。そして何よりつまづきを素早くフォローするハインリヒの指揮が、相手の優位をみるみる内に溶かしていく。
「さすがだ」
「レイア様が見込んだだけの事はありますね。たいしたものだ」
異母弟の指揮ぶりに漏れた言葉に、屋台を担いで戻ってきたメイレンからの相づちが。
ふふふ、そうだろうとも。
自分の見立てた人物の働きが確かなものだと認められるのはやはり気分が良い。
そうして順調に進む戦況を眺めながら、私はメイレンの屋台から漂う発酵豆ベースのタレの焦げる香りを楽しむ。
さてさてこのまま何も無ければ、この場に釣り上げた連中はまるっと討ち取れておしまいであるが?
ムチムチの大ハチノコのタレ串焼きを齧りつつも、油断せずに戦況を見ていた私の目が大きな揺らぎを捉える。
地震ではない。大きな波動の揺らぎを伴うそれは稲妻のように鋭く包囲する我が部下達へ駆け寄り、人型に変じて蹴りかかる。が、それを私が割り込みキャッチ。飛び蹴りの勢いを乗せて投げ飛ばす。
包囲戦をする我が軍を飛び越え、遠く遠くに流れたその機体へニクスは光の無い目からフラッシュブラスト。しかし対する乱入者も着地するなりに車――バギーへ変形、四つのタイヤを唸らせて破壊の光をかわして見せる。
「これは私の出番が来てしまったか?」
同格の脅威と見たか、フラッシュブラストを掻い潜ってニクスに肉薄するバギーロボ。
この拳を捌いて反撃の膝を入れさせつつ、鋼の巨体の魂たる私は駆けつけるべく腰を浮かす。が、これを制する猿の尾が。
「メイレンなぜ止める?」
「毎度レイア様が出張るばかりでは大物に対処する経験も積めまい? 援護には私が出るのでレイア様は本当に危なくなるまで抑えてもらえないか?」
「そんな事を言って、本当はお前が戦いたいだけなのだろう?」
「そうでもありますが!」
言うが早いか、メイレンは道着の裾をはためかせて駆け出す。
波動を用い、瞬間的には私の四輪にも迫る俊足。それでもって瞬く間に戦場に駆けつけた彼女は恐ろしく鋭い蹴りをバギーロボの横っ面に突き刺す。
「鉄のデカブツが出てくるなり、レイア様が私の出番だと動き出しそうだったぞ! 確かにこのニクスを含め、鉄の巨人たちは強力無比! だからといってデカブツ退治を丸投げにしてばかりではレイア様に仕える勇士として示しがつくまい!! 我らも相手が出来るのだと見せつけてやろう!!」
このメイレンの煽りにハインリヒ率いる精鋭たちが鬨の声で応える。
ニクスの聴覚でこれを聞き届けた私は、メイレンに蹴られながらもニクスを狙うバギーの拳を掴んでその場に倒す。そうしてすかさずに間合いを開け、あくまでも援護に徹するとニクスに腕組みをさせる。
申し出を了解した。
そう示すこの動作を認めて、メイレンは硬い頬をわずかに緩め、瞳に獰猛な光を灯す。
「よーい……ドンッ!!」
グツグツと熱を上げる闘争心。それに任せてくゆる猿の尾を地に叩きつけ、メイレンが踏み込む。
一度は無視したバギーロボであったが、今度はさすがにそうもいかず、素早く立ち上がるや腕を盾に。
メイレンからすれば突然に壁を差し込まれたようなもの。しかし彼女は慌てず足裏からぶつかり、弾き返されるのに合わせて飛び退く。
「尖閃」
トンボ返りに宙を舞うメイレン。バギーのはこれを叩き潰そうと腕を振り上げるが、その眼を針のような光に刺される。
これはもちろんメイレンの得意とする波動術の一つ。貫通力に長けた波動を指先から素早く射ち出すものだ。
この鋭い技はバギーロボの眼そのものを貫くには至らないものの、見事に視覚を潰して狙いを外させる。
手ごたえから空振りを悟ったバギーのは今度は聴覚を頼りにメイレンの動きを追う。が、それをエネルギー弾によって挫かれる。
私は何もしていない。これはハインリヒの指揮で放たれたニクス像からの砲撃だ。
対軍対城向けのこちらも、機械生命体には一撃で致命打とはいかない。が、無視できない重みでもってその機体を縛る。
その隙にメイレンは足を止め、身体中の波動を練り上げ始める。
時を示す砂粒の一つ一つ、それら流れる度にメイレンの鼓動が強まり、やがて踏みしめられた地面はそれを受けて波立ち、大気と共に揺れる。
天地に波紋を起こす一石。それほどの波動を感知したバギーのはその源であるメイレンに狙いを。しかし連射される波動砲に防御姿勢を解けない。そこへ恐れずに突っ込んできた騎兵によって足に鎖をからめられ、なお身動きを取れなくされる。
「デェヤァアアッ!!」
爆発にも似たメイレンの気合。これを合図に彼女が両手で押し出すように放った波動は光の波となってバギーロボを飲み込む。
いやたいしたものだ。
獣人型魔人族の持つ天性の身体強化波動術。身体感覚の自然体で行使されるそれを意識してコントロールし、練り上げ増幅して放つ「烈波」の法。
ニクスレイアの私であっても痛打は免れないだろうこのエネルギーの奔流は、容赦なく身動き出来ないバギーロボの機体を焼き、押し流す。
やがて膨大なエネルギーの光が収まり、明らかになったそこには大の字に倒れた鋼の巨体が。
立ち上がる気配のないその姿に、メイレンを始め、ハインリヒ率いる我が精鋭は歓声をあげる。対して、半ば降伏状態にあった謀反軍は完全に折れた心を示すように揃ってその場に膝をつく。
この見事な勝利に私は肉体と機体の双方から惜しみ無い拍手を。
その一方で、倒されたバギーロボをどう締め上げるかの算段を頭に廻らせるのであった。