70:思うように転がってくれるというのも度が過ぎてはな
「逆に笑えなくなるほどに効いているな」
と、私が評したのは乱を起こそうと企む一門衆に仕掛けた策略の中間報告だ。
セーブル率いる我が諜報部隊の報告を集めた書類の内容を要約するとこうなる。
弟妹らからお返事を受けたナイジェル連合はまとまりを失い、さらに各家も下剋上の動きが高まって動くに動けない状態にある、と。
こうなったのも当然の結果ではある。何せ奴らはそもそもが敵同士であるのだからな。
パサドーブル州を牛耳るトニトゥル氏を冠するミエスク本家。私が実積と血筋でもってまるっと頂いたそれを、乗っ取りなり成り代わりなりと形はどうあれ奪い取る。
そんな同じ目的を持つ連合ではあったが、それは同時に同じモノを狙う敵が一時的に手を組んだ形に過ぎない。
そんないずれ自ずとほどけるもろい繋がりは、ちょいとつついてやればこの通り。
誰ぞが出し抜こうとしていた。保身のために情報を売った。そんな事を匂わす返事を送ってやればたちまちに疑心暗鬼で同盟相手とのにらみ合いが第一になる。
「やはり志もなく、欲しいという思いだけに駆られて動くような奴は派手に転びますね」
「そんな連中が領主の一門衆でございとふんぞり返っていたという先代の事を思えば笑うに笑えんがな。それに転ばすための仕込みもそれなりにはしておいたからな」
ハインリヒの呆れ混じりの評価に返したように、弟妹らに出させた返事の手紙は引き金ではあったがそれまで。その前後から諜報部隊には潜入工作として連合の疑念を強める流言をばらまかせ、その裏打ちとなる証拠も暴かせた。
その証拠については、謀反連合が事を成した後の出し抜き合戦への備えがされていたので、ちょいと誇張してやるだけでよかった。元が事実であることは揺るぎないから疑惑が晴れようがないからな。
そうして一応の連携が外れ、警戒で動きが鈍ったところにその下を支えていた面々にも主人の不正をぶちまけ、不満と将来の不安を煽ってやる。加えて民の暮らしを支援して余力を持たせてやれば、私腹を肥やす者どもへの不満と憎しみで足元に火を着けて回ってくれる。
言うは易いが、本来こんな工作は仕掛けてなかなか上手く行くものではない。
統治者たるもの当然流言飛語には警戒し、対策を取っているものだ。
それがこうまで素通しに決まるとなると、私の水準では何もしていないに等しい。まったく笑えない話ではないか。
まあそれはそれで、そんな有り様ではいっそゼロから組み立てる方が早い事だろう、さらに今は私がつけこむ隙だらけだから良しと思っておく。それしかないか。
「ではこれでお姉様に手向かった一門衆は身動きが取れないわけですが、この先はどうされるのです? 放置していてもそのままやらかした人たちは入れ替えられるパターンかな、と思えますけど」
「殿下の予感は正しいだろうな。もうわざわざ手を出さずとも、実行犯の排除は自浄に任せて良い……が、待ってやる必要もない」
良き上役であれば、ここはそれぞれの自主性に任せて行動と経験を積ませてやるのだろう。
が、私はそうではない。正式な自分の配下、私が育てた自他共に認める自勢力とその基盤だけが可愛い悪党よ。
ここはキッチリと謀反者連合の遺すモノ全てを自分の懐に収めるべく、頭のすげ替え程度の膿出しで終わらせるわけにはいかん。それに長引かせれば領土とそこを富ます民が疲弊する。これから私が収めて肥やすというのに、立ち直りに時間を取られるのはつまらんからな。
「具体的にはどうされます?」
「私自身を釣り餌にすれば良かろう。兵を連れていてもおかしくない催し物……一門衆を集めた軍の演習を行い、見た目には身軽な私に釣られる程度の愚者を叩き潰してやれば良い」
「また姉上一人でやられるつもりですか?」
「まさかな。私は私で自衛はするが、軍勢は伏せて隠した我が精鋭に任せるつもりだとも。ハインリヒ、お前にな」
「お、俺がですかッ!? オーランド卿やルカ殿ではなくッ!?」
何を驚く事がある。ハインリヒは実積はともかく名目上はミエスク本家の二番手。私の代理筆頭なのだぞ。
使いどころを見切り、必要とあらば率先して突撃出来る将の才はすでに見せてもらって知っているのだ。
「……姉上にそう言われてしまってはやるしかありませんね」
見込んでいる事を重ねて伝えてやれば、ハインリヒは観念したように了解を。
まあ私と比較されるだろう事を思えば、しり込みする気持ちもわからないでもない。そこを考えた上で自信満々に引き受けるような過信がないのは良いことだ。
「ハインリヒ一人に私の代理を任せるつもりは無い。私が寄越した補佐以外にも頼れる相手には遠慮なく頼れば良い」
「そうですね。姉上に代理やらされるって泣きつけば、姉上配下古参の方々は気前良く力を貸してくれそうですし……」
「私にも頼ってくれて良いのですよ? お姉様たちのお役に立てるのなら私も一肌脱ぎますわよ!」
「フェリシア殿下にはそんな……ああ、分かりました! 分かりましたから! お願いしますから!!」
我も我もと主張する姫殿下に涙目を向けられてはハインリヒとしては断る事もできまい。
そこは分かっているから、お前も困り果てた目で私を見るな弟よ。
「フェリシア姫には今もパサドーブル州都ミエスクにて民を慰撫する仕事をお願いしていますが、加えてハインリヒの実務のフォローをお願いしましょうか。特に戦場に出て留守にしている間の」
このあたりが落としどころであろう。
意気軒昂とはいえ、まさか客分である殿下を部下と同じように働かせるわけにもいくまい。当然殿下の署名や皇家の印章を使ってもらうわけにはいかんので、委任の証となる印章でも作って渡しておけば良かろう。
「ええ、ええ! おまかせください! エステリオの乱以前からお姉様には皇家を支えてもらい通しで、姫たるものどうやって報いたら良いかと悩ましかったところですもの!!」
「資金の支えも戦働きも、すべては臣下として当然の事です。それに報いる……ということであれば、皇家からの篤い信と後ろ楯を得られただけでも過分なほどです」
殿下は鼻息も荒く意気込んでいるが、私の行動に皇家公認が欲しかったから動いたまでの事。
その結果として万一の避難先としてではあろうが、継承権第一位の姫君の身柄を預けられている。責任もくっついてきてはいるが大儲けと言って過言ではない。
「ですが……いくら皇家の姫がここにありと言ったところで、お姉様におとなしく従う者ばかりではありません。このフェリシア一個人としても恩が重なっているというのに、お客様扱いのままではあまりにも……」
恩に着てくれるのはありがたい。が、それがために少々息苦しい思いまでさせてしまっているか。
まったく。幼さもあるのだろうが、それ以上に善性の姫君であるな。
「フェリシア殿下は我が民の心を何度となく癒し、支柱の一つとしてあってくださっています。その有り様こそが私が皇家とその血筋に求めているものなのです」
君臨すれども統治せず。
実務は私と部下が取り仕切り、皇家には神殿とは別の、民に慕われ戴かれる偶像でいてもらいたい。
それが私のスメラヴィア統治体制のビジョンだ。私にとって祖国は足掛かり。さらに上を行く私が、スメラヴィアの女皇になるわけにはいかんからな。
しかしだからと言って、ここでハッキリとこの計画を告げてしまっては皇家を実務から締め出すつもりの、翻意を抱いているとされてもおかしくない。
あくまでも姫君を、皇家を立てつつ実権を掌握していかなくてはならんのだ。
「分かりました。お姉様がそう仰るのなら私はお姉様方が留守の間、民が迷わないようにお手伝いさせていただきますわ!」
「頼もしいお言葉が聞けて嬉しいな。これで心置きなく大鉈を振るえるというものだ」
そうだとも。征服計画のためにも、パサドーブル一つと一門衆程度につまずくつもりは毛頭ないのだからな。