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7:言の葉を風に乗せて届けるもの

「パサドーブルの都から出る文書は増えているわね」


 ラックス村は風神エピストリ神殿。木造のその応接室でメリンダ先生が放った一言がこれだ。これに私は、ハチノコ料理につけかけていたフォークとナイフを入れる。


「そうなるだろう。自分の領地に独立宣言したエリアが出ようなら当然の動きだ」


 当たり前の流れだと返して、私は切り分けた身を一口。

 程よく火の通ったプルプルの肉。味つけの塩と香草の風味を帯びたこれを噛めば、トロリとした旨味が口の中に。

 ああ、旨い。成長すれば数と力に任せ、自分以外のヒトを含めた魔獣すべてを餌とする獰猛な狩蜂であるが、その巣で養育されている子どもたちの滋味は格別だ。

 大蜜蜂グレート・ビーの蜜に、この殺戮雀蜂スローターホーネットのハチノコ。さらに牛や羊型の乳や肉。これらをはじめとしたルカの管理する魔獣たちはまったく美味なる糧の湧く泉という他無い。だからこそしっかりと報いてやりたいのだが、彼の求める負担を軽くできる人材が見つからないというのは歯痒いものだ。

 そうして滋味とままならぬ人事を噛み締める私の前で、メリンダ先生もまた焼きハチノコを味わいうなずく。


「ええ。テオドール様にも困ったものだわ。自分の得になる内なら、レイア様を好きにさせて自分の度量と目利きだとしても良さそうなものだけれども?」


「それを許していては私にすべてを乗っ取られると見抜いているのだろう。見切った上で利用できる器でないと自覚しているだけでもなかなかだが」


「さて、そんなお父上のお膝元から飛び出した大量の手紙の行き先はどこになるでしょうか?」


 余興のつもりか、メリンダ先生はそんなクイズを投げかけてくる。

 まあ答えてしまうのは簡単だが、ここはひとつこちらも余興に乗るとしよう。


「ミントはどう思う? 私を倒すため、父上が連絡を取るとしたら?」


「わ、私ですか!? え、えと……領内の、特にラックス近隣郡を納める冠持ち様方に、でしょうか」


 唐突に水を向けられた話に慌てながらも、ミントは自分の見解を答える。

 私はこれに続けて、促すようにメリンダ先生に目配せを。


「ええそうね。たしかにその方面に向けた書簡は増えているわ。でもまだ足りない、足りないわよ」


 完全な正解ではない。柔らかく、しかし決して甘くないこの採点に、ミントは目を白黒と。そのまま助けを求めて泳いできたその視線を私が拾い上げる。


「……隣国モナルケス。そして南方のレキシントン州。こちらへのモノが残りの大半だろう」


「はい合わせて正解です」


「な、なぜ!? いえ南海への港のあるレキシントンはわかりますが、なぜモナルケスにまでッ!?」


 ミントの疑問はもっともだ。パサドーブル、特に我がラックス近隣と密接したモナルケスは、領土を巡っての争いの歴史を積み重ねてきた敵対国だ。それは子どもですら知っているほどに深く染め上げられた認識だ。しかし、それは一面的な見方だ。


「同時に、休戦している間にはもっとも手近な商売相手だ。我々にとってもそうだろう?」


 この一言にミントはハッと目を見開き、尖った耳を立たせる。

 歴史的に争い続けている相手だと言っても、その間常に矛以外での交流が断絶していることなどあり得ない。

 国同士、あるいは領地同士がにらみ合いの状態にあったとしても、隣接地同士の民の間ではこっそりと品々の流通があることなど当たり前の話だ。あるいは小競り合いそのものが、戦の皮を被った人材や物資の密融通であることさえもあった。

 そして争いの調停には程度の差はあれ、指導者同士の交渉が必要不可欠。当然父にもそちらの伝がある。

 代価は高くつくだろうが、私の包囲網に巻き込む事はあり得るのだ。


「もちろん、全幅の信頼を置くことなどあり得ないけれどもね。代価を足掛かりにしてラックス周辺を奪い取る。それくらいの事はあり得るのだもの」


「そ、そんなリスクを犯してまで、父君はレイア様を……?」


「モナルケス側に占領までは出来ない。そう踏んでの誘いのお手紙だとは思うけれども」


 盤上遊戯でないのだ。占領した土地を管理するにも当然コストがかかる。

 統治しなくてはならない民衆からの反感。それを煽って奪還の足掛かりにしようとする元の支配勢力からの工作。

 これらを抑えて治安を良好に保てるだけの力とそれを発揮し続けること。そのためのコストを支払える力がモナルケス側に無いと父テオドールも見なしているということだろう。

 なにせ、モナルケス側が演習名目で差し向けた軍勢は何者かの強襲を受けて全滅。国境の要塞もようやく突貫修理が出来たところだと聞くからな。

 いやはや、どこの重装弓騎馬と鉄巨人の仕業なのだろうな。


「まあ我々だけを困窮させるように物資の流通ルートを変えさせよう。と、この程度を要請する書状でも送っている。そんなところだろう」


「さて、手紙の中身を検めるようなことは戒律に従ってしておりませんからね。類推以上の事はできませんので」


「だがそれが重要だ。中身が分かるのならそれに越したことはないが、手紙のやり取りの増減だけでも予測はつくものだ」


「それを十二の頃から理解していて、舞踏の指導に雇われた私を抱き込みにくるのだから、まったく恐ろしい姫様ですわ」


「どうもありがとう。お褒めにあずかり光栄だ」


 メリンダ先生の仕える風神エピストリ。

 届ける者として伝令・伝書。そして緩急自在の歩みから舞踏の女神としても信仰される一柱だ。私の知るあの女が神格化されているのなら、納得の権能である。

 まあ機械生命体時代むかしのことはともかくとして、風神神殿はその権能から古くから手紙や荷物の運搬をする郵便の仕事を担って来ている。歴史を重ねたそのシステムは、専用の神官戦士団を組織し、各地の神殿を中継地とするほどに洗練されている。機密文書を扱う大家のお抱え飛脚のような者も存在はすることはするが、それでも内容の秘密を守る戒律と郵便システムの信頼が勝る。

 この手紙のやり取りの増減、特に国家貴族の間での連絡頻度の変化は、間違いなく何らかの企みによるもの。大きな動きの前兆となる。

 そこの所の情報を握る組織の一員と繋がりを持てるチャンスが出来たのなら、逃す手は無いというもの。


「有意義な情報、そして美味なる糧に感謝する」


「いいえ。私は知るべき者の元へ報せを運んだまでのこと。今後もこの地に届く風を助けるレイア様への助力は惜しみませんよ」


 これまでの話の間に平らげていた皿と情報への礼を告げれば、メリンダ先生は笑顔を深くしてうなずき返してくる。

 まあ、持ちつ持たれつと言うことだ。荘厳なものではないが神殿を用意し、郵送に用いられる街道とその治安維持には手が届く範囲で気を配っている。こちらとしても領分を越えぬ分には、大陸すらも超えて走る風の便りを当てにさせてもらうつもりだからな。


「というわけでメリンダ先生にはこちらの書状を預けたい」


 そうミントを促して渡した書状は二通。

 どちらにも私の紋章を押印した蜜蝋での封印が施してある。

 その宛名を見てメリンダ先生は興味深そうに目を細める。


「なるほどたしかに。エピストリ様の名にかけて、レイア様のお言葉はこちらへ確実にお届けいたします。しかし二通だけでよろしいのですか? 必要ならばもう一通用意するのを待ちましょうか?」


 分かっていて聞いているのだろうが、私はあえてハッキリと首を横に振って無用だと。

 声が届けられるのならば直に届けてやればいい。その程度の手間を惜しむような距離では無いのだからな。

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