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67:理想は高く、しかし着実に

 さて実家の城を手に入れた私であるが、早々に改築計画を実行する予定だ。

 歴史的な建築物に強い関心を抱く学者たちには悪いと思うが、築百年超の城塞は住居としては設計が古すぎるのだ。修復とそのついでの増改築を重ねているとはいえ。

 もっとも、私の頭にある城からすれば、昨日に設計図が仕上がった城塞からしても古い事になってしまうのだが。

 さておき、特に急を要するのが排水関係だ。

 これで給金を貰っている者もいるが、ここは衛生的にも利便性の面でも改修しなくてはやってられん。

 いっそのこと州都そのものを移動してしまった方が手っ取り早く、逆に安上がりにすらなるかもしれん。が、民にも暮らしがあるのでな。引っ越しの強要はできまい。

 ともかく一日でも早く城と城塞の増改築を始めたいところであるが、その前に私にはやるべき仕事がまだまだ控えている。


「西方の平定を任せたトレイク卿ですが、地の利を取られて攻めあぐねているようです」


「負傷した将兵らに見舞い、後方に仮説の治療院の設置の支援を。加えて密偵部隊を中心に兵と物資の補給を送るように。これで農繁期前に戦況を好転させられないようであれば、ヘクトル・オーランドを援軍として寄越すと伝えよ」


 小気味の良い返事と礼を残して、銀の髪の少年が私の渡したメモを握って文官の元へ走る。

 彼はフィリップ。領内入りしてから私が探し出したハインリヒと「同じ年齢」の異母弟の一人だ。

 フィリップに限らず、見つけ出した弟妹らはまだまだ教育過程で、都の外での仕事はとても任せられない。が、そんな彼らを現場体験として伝令に使わなくてはならないのが現状だ。

 しかし母が遺した情報によれば、弟妹らの全員を見つけられたわけでは無いと言うのがな……まったく先代は本当に後継者作りに熱心でいてくれたものだ。


「しかし姉上、オーランド殿もここの守りと練兵とで多忙なのではありませんか? これらに加えて反乱の鎮圧にまで出すとなると……」


「そうであったな。すでにアランを別方面の平定に出しているからな……ヘクトルには練兵担当の教官を推薦、引き継ぎをさせよう」


 これも都に守備兵として詰めていた連中の練度が酷すぎたのが良くない。

 父テオドール時代の騎士と兵に求める基準が低すぎて、まるで数だけの案山子(カカシ)であった。おかげで私もラックス近郊を守る際には少数精鋭で翻弄できたのだが、それにしても私との戦いがあった上でまるで質の向上を図らないとは……どうかしていたのだろうな。


「教官役には一枚切りを徹底できるだけの人物でなくてはな……我が兵として恥ずかしい行動をするような輩を編成されてはたまらん。こういう時に退役将兵に頼れる者が少ないのは痛いものだ」


「古強者こそ略奪が常識に染み付いていますからね。姉上の軍規に適応できる柔らかさの持ち主を求めるのは贅沢なのでしょうが」


「いなくは無いという段階で幸いと見るべきではあるな」


 戦において、略奪は実質の給料替わりになっている。というのはいつでもどこでもままある事。

 そんな常識がまかり通る世に、基本である第一の軍規として、銅貨一枚でも略奪を働いたらば斬り殺すとしているのが我が軍である。

 充分な俸禄と負傷への保障は約束しているが、新参の古兵が果たしてどこまで遵守する事やら。謀反者にやられるよりも私に処される方が多いなどということにならねば良いがな。

 ここはもう将兵に対して篩にかけているつもりでいるしかないが。前線を退いたのを教官として雇う。ここで篩にかけた段階でゼロではないというレベルは、まあ喜んで良いのだろうな。


「教官と言えば学校の教師もなかなかな。私が雇うと布告してもろくに手も上がらんほど集まりが悪いとはな」


「その布告に関心があるのが、貴族の子女の家庭教師をやってきましたってお方ですからね。庶民向けに読み書き計算を教えろと言われてもプライドが引っ掛かるんでしょうかね。俺やフィリップらに向けても、ちょっと見下してるところありますし」


「……その話、もっと詳しく」


 ハインリヒ。あ、やべって顔しているけども、もう聞かなかった事にはできんぞ?

 私が弟妹と認めたトニトゥル氏ミエスク家の少年少女。それまでの育ちはどうあれ、貴族となった弟妹らに必要な知識礼法を授けるための教師がそんな態度を取っているとは、本当ならば許されない事だ。

 継いだばかりとはいえ煌冠を無礼(なめ)るとは、な。礼法の教師として落第点ではないか。

 ハインリヒが私の威を利用するために嘘を吐く事は無いだろうから、教師役の無礼は弟妹らには真実なのだろう。そちらは教師側の言い分を聞き、素行調査をかけた上で処分をするとしよう。

 それより深い問題となるのは高位貴族家入りしていても、それ以前の生まれと育ちで見下す教師がいることだ。

 まさか知識を広める相手をあからさまに卑しむとはな。これでは万民に教養を授ける学校の開設など遥か遠い夢ではないか。


「神官か、市政の知識人を頼る他無いか」


「そこから横の繋がりで声をかけて貰ったり、その教え子が増えて行くことを期待して、ですね」


「そういうことだ。上手く集まれば御の字として、長い目で見る他あるまいよ」


 埋もれた人材発掘にもっとも手っ取り早いのは教育の拡大だ。生まれの貴賤で芽の出ない才などが無いように、これは譲れない一点だ。

 私の権限で無理強いするなり何なりと、教育改革を急行強行する手はいくらでもある。が、剛腕大鉈もむやみに振るえば良いというものではない。


「平行して幼子を労働力としてあてにしなくても良い環境を全土に整えていかねば無意味であるしな」


「姉上の仰る通り。子どもも働かないと食っていけないのが普通ですからね。俺も読書の基礎を仕事の合間合間を縫う感じでやらされてましたし。後はたまに読める人が貴重な本を読んでくれたりとか。正直学費要らないよって学校を開いても、今のところ大きな町の金持ち家庭くらいしか、通える子どももいないんじゃ無いですか?」


「それがスメラヴィアの現実であるからな」


 金さえ出せば良いというものでも無い。

 現状は人材を広く育てる土壌。その開墾を始めた段階……いやむしろ岩だらけなのを拓き始めた段階だと言っても良いほどだ。


「先代が私の改革案を素直に受け入れて進めてくれていれば、パサドーブル全体でもう少し進んでいたのだろうがな」


「それが出来てたら、父上が姉上の傀儡になってますよね? あの人がそれを受け入れるとは思えませんけど?」


「執務を私に丸投げしてお好きな女遊びに呆けてくれていれば良い、と破格の条件も出したのだがな」


「それで飛びつかなかったので? そこはやっぱりプライドが勝ったって事ですかね」


「それで領民も自分自身も犠牲にしていては大損ではないか。もっとも、プライドが前に出てきた時には損得の問題では無いものだがな」


 ハインリヒも言うようになった。

 父・テオドールに向けては色々と含むものがあって当たり前な境遇ではあるからな。仮に私を廃しての後継ぎとなっていたとして、どこかで抱えたものをぶつけに行ってもおかしくはなかったな。

 ハインリヒを含め、集めた弟妹たちには恩義が先に立つように振る舞っておかねばな。父のやらかしが大きい分、母子がまともに食える環境を整えてやるだけでも大いに恩に着てくれているがな。

 そうして弟を助手に州内安定のための仕事を進めていると、入室を求めるノックが。それを招けば、またも伝言を持ってきたフィリップが。


「姉上、ナイジェル・パスクーム・ミエスク卿が面会を求めて来ております」


「ああ、分家の当主殿か。確かに約束があったな」


 応接室で待たせてあるという客のため、私は仕事の手を止めて立ち上がる。正直、今の仕事を中断するのが惜しいつまらん客ではあるがな。

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― 新着の感想 ―
こういう時代の兵士や教師ですからね…… 近代的な人材が足りない……!
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