66:敵味方というのは複雑なのだ
「遠路はるばるよくぞ集まってくれた。新たなるミエスク家に仕える者達よ。今宵はおおいに飲み食い、旅の疲れを癒すがよい」
真っ直ぐな白銀の髪に金の冠を乗せ、メリハリの効いた抜群のプロポーションを動きを妨げぬ白に青の飾り布で盛ったドレス。
そのように飾った私、レイアが口上を響かせたのはパサドーブル州都城の大広間。かつては父テオドールの居城である私の生家で、今は私が皇から正式に継承を認められた城の広間だ。
私の新煌冠就任の祝いとして呼び寄せた臣下をもてなすパーティ会場として整えられたこの場には、先に私が宣言した通りに山盛りの料理が。
ルシール湖の魚。ラックス近郊で土地を肥やして肉となる魔羊をはじめとした肉。その肥えた土地で育てられた穀類に多種多様な野菜。そして特に香り高い魚醤や各種香辛料。これらをふんだんに使った飽食の極みと言って差し支えない席が並んでいるのだ。
「う、美味い! なんと味わい深いソース!? まるで様々な食材の旨味を一度に口に迎えたかのような!?」
「それだけではない! ソースもさることながら、それを受ける肉や野菜もまるで取ってきたそのままではないか! 干し肉や酢漬けには飽いていた口にこれは嬉しい、嬉しいぞ!」
「しかし、これをどうやって!? 料理人の腕が良いのは当然として、保存食としての加工もせずにこれまでの料理を賄う量をどうやって!?」
どよどよと私自慢の美食に食いついた面々が食べかすのついた口々に感動と疑問を。
それも当然だ。食糧の保存と運搬は人類に限らず食事をする生物の命題と言っても過言ではない。
機械技術が未発達なこの星、この大陸、この国において、冷蔵技術と言えば氷室と、それを波動術で再現した波動具によるもの程度。後はその派生の冷凍くらいなものか。
そんな有り様であるので保存できる量にも制限があり、コストも高くつく。運搬も不可能では無いにしろ、専属の波動術使いが凍らせ続けながら移動するような有り様だ。まず金持ち個人の食い道楽程度でしか採算も取れん。
では私がこれをどうやって解決しているかと言えば、恥ずかしい話力業でだ。
私が設計した波動冷蔵庫に、エネルギー源兼運搬役としてレックスアックスとブルシールドを接続したと言うわけだ。
いや、もちろんラックス村とこの州都との流通を良くするべく、道を広げての舗装もした。
そのおかげで積み荷を背負った機械のデカブツも通りやすくはなってはいるが。
しかし現状ではまだまだこんなゴリ押し頼み。国土、いや大陸や星全土に流通網を広げるには課題が山積みだ。
いつどこで仕事をしていようが、美味い飯が食べられるようにしておかねば。
閃いた組み合わせが即座に試せないというのは、なかなかにフラストレーションが貯まるのだ。
その流通網を実現し、そのために働く民衆もまた同じように美味いものを不自由なく味わえるというのならそれは正当な報酬と言えるだろう。
「……姉上、盛況なのは何よりですけれど、本当に彼らを歓待する必要があるんですか? それもここまでの手間をかけて……」
未来へ未来へと思いを馳せていた私を現在に引き戻したのはハインリヒの耳打ちだ。
主催である私側。
主賓であるフェリシア殿下の接待役として私との間に控えた彼は、会場の面々に訝しげな目を向けている。
ハインリヒの言いたい事はこうだろう。
信用出来そうにない連中相手にここまでのもてなしが本当に必要なのか、とな。
「お前の言いたい事は分かる。連中の大半はまず裏切るか、そうでなくとも我が政策で生まれる甘露を掠めとる事だけが目的で今回の招集に応じたのだろうな」
ある意味表立って敵対して見せた関所を占領した謀反者の方がまっすぐだと言えるくらいだ。
あれの首謀者だと差し出された面々には、罪状と共に罰を受けた痕を晒して、死後を辱しめさせてもらった。
それに怯えて、そそくさと白旗上げて集まったというのもあるのだろうがな。
一殺百戒と言うが、生き残りの心を折る戒めとして刻めたのならば犠牲に意味を出せたか。
もっとも、喉元過ぎれば熱さを忘れる。金言の碑文も風雨に削られ無地となる。というのが世の常であるが。
「それを見切っていながらなぜ? 姉上が心を砕くような相手とはとても……」
「そうでない人物も混ざっている可能性は無ではない。そして何より肝要なのは、ここで敵にしないと言うことだ」
私の答えにハインリヒは納得が行かない様子で渋い顔だ。この辺りは、やはりまだまだであるな。
仮に潜在的な敵対者が自陣営、あるいは同盟相手にいたとして、明確に敵に回せば規模・手段はどうあれ決着がつくまで戦う他なくなる。
それで勝てたとしても、味方として任せていた分の仕事は自分たちで賄わなくてはならなくなる。それが出来るのはよほど手が余っている場合だ。
仮に一度は凌げたとして、短期間で繰り返せば当然人材は枯渇。一人一人に回る仕事がみるみると増えて、やがてはキャパシティを超えて崩壊を起こす。
特に現状のパサドーブル州は先代派だらけ、実質外様まみれと言っていい。
それらを信用ならんからと掃除してしまえばどうなる?
私とその腹心が確実に業務でパンクする羽目になる。余裕のない人員での組織運用はろくな結果にならん。
「じゃあその弱みが分かっているから、面従腹背でも大丈夫だろうって……!?」
「それも上を担ぐしかない貴族の処世よな。逆に下に着いたのが連携して実際に背くまではさせないのが上の処世であるが」
所詮は提携グループのトップとその傘下。
互いに利用し、利用される。その程度で見ている方が貴族の付き合いとしては健全と言えるだろう。
「ですけれど、そんな……最悪金食い虫を飼うようなマネになるんじゃあ……」
「集団の中で全員が全員目に見える益を出すということはまずあり得ん。好きに寄生させてやるつもりもないが、片っ端から切り捨てるつもりもないぞ」
集団において貢献度の高さが片寄る。
この現象は人間の、知的生命体組織に限らず、あらゆる集団に見られるものだ。
かつての機械生命体の同胞もそうだった。効率を求めた選りすぐりだけで作った精鋭チームであってもその中での功績の優劣がハッキリと出た。
つまり貢献が弱いからと切り離すだけでは、しっかり働く者だけの集団の中から動きの悪い者が出てくる事になる。そうして削り続けた組織は最終的に動ける人材が枯渇して破綻するのだ。だから単純に排除してしまうのではなく、どれだけ上手く運用するかが重要になるのだ。
害ばかりを出す寄生虫を許せというのも、養いきれぬ数を抱えよと言うのも違うがな。
「まあ結局は付き合い方次第と言うわけだな。世の中、表でも裏でも敵味方がハッキリしている関係というのは少ないものだからな」
「それは、そうなのでしょうが……」
「私とて承知の上で部下とする以上、警戒を怠るつもりはない。それに、私が働きの無いものに甘い汁を吸わせてやるようなお人好しに見えるか?」
「ええと……それは、その……姉上も登用する、従える上で気を抜いて無いというのは信じています。けど、ですよねフェリシア様?」
「ええ。そう……ですね。お姉様に付けば、なんだかんだで他所に仕えるよりは、すりつぶすほど働きに無理を強いられる事は無さそうなイメージはありますね」
解せぬ。
育てた者たちを惜しむ気持ちはある。任せる仕事も段階を踏むように。と、たしかに意識してもいる。だがただ甘いだけと見られているのは心外だぞ?
いや、だがそのイメージで人材を寄せるという手も悪くないか。
ともあれ今は、ここに集まった人間たちを見極める材料集めに集中しなくてはな。