63:身軽に振る舞えぬ口惜しさ
「どう見る、ジェームズ殿」
「そうですね……たしかにジェイル島回りの航路は当家の管理です。が、誤魔化す手段はいくらでもあります。小舟に載る程度の人と荷なら、現場で船を動かす船長船員を脅迫するなり抱き込むなりしてしまえばどうとでも……正直なところ、大荷物でもタイミングと頻度、その他の帳尻合わせが成っていれば、当家には重大な案件としての報告と上げられない事もあります。可能性は大いにあるでしょう」
私レイアに割り振られた城内の執務室。
そこでこのように頭を抱えるのはジェームズ・ナウィス・フラマン彩冠家令息。皇国南方を領する港持ち有力家の妾腹長男殿だ。
以前に都に滞在した時に陸路交易の協定を結んでからの付き合いであるが、直接の対面はしばらくぶりにも関わらず快く応じ、情報を語ってくれている。
ディグの邪教団との繋がりが濃厚となった反逆者エステリオ。
邪教団方面からは神殿の力も借りて調査を。そこで海運守護神である双魚のエピロエとパリロイアの信徒らから、流刑先であるジェイル島周辺についての報告が上がってきた。
曰く、島の奥に篝火のような光が見える事がある。
また木立の陰から洋上を窺うような視線を感じたり、何か金属の反射のような光を見たりとか。
流刑先になるような孤島で、現状生息者が確認されていない島で、である。
これは怪しいと、地元で詳しいだろうジェームズ殿から話を聞いてみれば案の定。管理はしているが抜け道はあるのが現状という有り様だ。
「我がフラマン家で領として預かっておきながらこのような……陛下にはなんと申し上げれば良いのか」
「ジェームズ殿らフラマン家の者だけを責められはできぬさ。であれば領内に野盗山賊の類いがわずかにでも居着いた領主は、その都度に罪に問われねばならん。国主、領主の目を盗む手は尽きぬものだ」
恐縮していたジェームズにはフォローを入れておく。
実際問題、フラマンの管理する港の管理を密にしたとて、交易先から潜り込まれる事例も多々ある事だろう。
暗躍する悪意すべてを先回りに潰して防ぐ事など土台無理な話なのだ。
問題は発生したトラブルにいかに対処するか。その手管と素早さこそが問われるべきだ。
「しかし、双魚神殿とジェームズ殿からの証言が揃った今、問題は先回りに解除できる可能性がある」
「そうですね。流刑先が怪しいとなれば、そのまま罪人を流すわけにもいきませんからね」
ジェームズの言う通り、流刑地として機能しない可能性が出てきた以上は何の調査もせずに刑執行ということはあり得まい。後は島そのものの調査をたしかに出来れば、エステリオ、アステルマエロルの企みは前もって潰せる事になる。
「では参ろうか」
「え? ええと、どちらに?」
「とぼける事は無い。とっくにご存知なのだろう? 無論陛下の元へ直談判にだ」
「やっぱりぃいッ!?」
当たってほしくなかった予想が的中した。
そんな風に頭を抱えるフラマン令息を引き摺るようにして私はあらかじめ予定されていた陛下への報告に乗り込む。
「我らが皇陛下にご挨拶を申し上げる。本日も御尊顔を拝謁できた事、まことに喜ばしく」
「おお。ミエスク煌冠。そなたの美しくも頼もしい顔が見れる事、余も心が晴れる思いである。そなたの献身のおかげで都が過日の、いやそれ以上に素晴らしい場所へみるみるうちに生まれ変わっている事が見れて感謝に堪えぬ。功臣たるそなたに頼るばかりで、亡き父から継がせたばかりの領地への帰還を遅らせてしまっていることはすまなくも思うが……」
「陛下の御心配りに感謝いたします。ですが都も我が領土パサドーブルも、そこに住まうはスメラヴィアの民。今は乱にて深く傷ついた都をはじめ、戦地となった場所とそこに暮らす民を慰撫する事が肝要と存じております」
「うむ。かたじけない。そなたほどの若き能臣に恵まれた事を天に感謝しよう。さて、今回は何かしらいつもの経過報告とは別のものがあるようだが?」
入室を許されてから、いつものパターンとなっている挨拶を終えて、陛下は私が連れているジェームズを一瞥し本題を促してくる。
乱を経て痩せ細り老け込んだためか、痩せた好々爺然とした顔である。が、それでもジェームズには圧が感じられたようで、強張った顔で背すじを引き締める事に。
「すでに陛下も双魚神殿からの報告をお耳に入れている事と存じますが、こちらのジェームズ・ナウィス・フラマン彩冠令息からも気になる話がありましたもので」
「双魚神殿とフラマン彩冠……エステリオの流刑地の話か」
「はい。陛下には御辛い話であることは重々存じております。ですが国難を避けるためにどうか……」
持ってきた話の内容を察し、沈痛な面持ちになる陛下に私は頭を下げて報告を始める。
ジェームズに捕捉させつつ、流刑地にエステリオと邪教団による仕込みがある可能性。実際に送り出す前に一度確かな調査を行う必要があると訴える。
「……たしかに由々しき事態だ。余とて直接に処するのが忍びないとはいえ、再びの乱を起こさせるつもりは毛頭無い」
「では早速現地の調査を行いましょう。反乱軍の手先として現れた鉄巨人の例もありますのでこの私と……」
「いや、ミエスク煌冠は調査隊には加わらないでいてもらう。神殿の精鋭と、それこそフラマン彩冠の水軍を中心に、余の指名する人員を加えたものを調査員とするでよかろう」
どうしてそうなった。
私の考えを遮り却下して、陛下が調査隊の大枠を決めてしまった。
それに対する疑問を込めてスメラヴィア皇の顔を見れば、彼は重々しく首を横に振る。
「ミエスク煌。先ほども言ったがそなたの度重なる献身には感謝に堪えぬ。もはやこの老骨には報いる術が無いほどにだ。そなたの見る危険も至極もっとも。しかしその危険が必ずしも待ち受けているとは限らん。ここはどうか国家の重鎮として我が膝元に腰を据えて構えていてはくれぬか?」
陛下はこの言葉に頼むと結びを添える。
つまり陛下はこう言いたい訳だ。
スメラヴィア貴族最高位の称号を得て大身となった私にはそれなりの振るまいようがあると。まずは目下の者を動かし使い、これまでのような軽挙は慎むべきだと。
そして同時に――
「未だに陛下の周りは落ち着きませんか」
「恥ずかしい事であるがな。奪い返したとはいえ、一度実の子相手にでも簒奪を許してしまっては、なかなか信用の回復はできんよ」
私が抑えとして皇都にいなくては、皇族からその座を奪う動きが起きかねない。それを陛下は肌感覚で感じているのだろう。
実際陛下の勝利は、私が味方についたからこそ。
忠義者達の活躍も素晴らしかったが、それは人同士相手の範囲のこと。反乱軍の鉄巨人らが出てきたならば、蟻対恐竜の構図だろう。
たしかにそれではまだまだ私が長々と都を離れるわけにはいくまいな。
今後このように柵に囚われて必要なところに最大戦力たる私が出られないというような事態にならない組織づくりをしなくてはならんな。
「……承知いたしました。都周辺が安定を見るまでは陛下のお側に控えさせていただきます」
「頼り通しでかたじけない。余も力の限りにそなたの忠義と献身に報いたいと思う」
「あの……割り込んで申し訳無いんですが、これ自分が聞いてしまっても良かった話ですか?」
私と陛下がお互いの間での話をまとめたところで、おずおずとジェームズが。忘れていたわけではないが、完全に蚊帳の外にやってしまっていたな。
「ああ、すまぬ。他言は無用に願いたいところはあるが、フラマン令息も部外者と言うわけでは無い。ミエスク煌冠の力は借りられない状況ではあるが、現地の調査に協力を願う。勿論情報を持ち帰る事を第一に、な」
「承知いたしました。微力を尽くさせていただきます」
こうしてジェイル島に私を抜きにした調査隊が派遣されたのである。
が、彼らは結局確固たる証拠を見つけられず、反逆の主犯の流刑先を変える事はできなかったのである。