61:不安材料ばかりがばらまかれている
さて、都の再建計画に進行にばかりに集中してはおれないのも私だ。
今日は戦場となったために荒れた都周辺の治安回復のため、手勢を率いての警邏中だ。
敗残軍……に限った話ではないが、逃散した兵達の末路というのは民からの略奪で食いつなぐ野盗の類い。というのがお決まりだ。
そんな連中の掃除もしておかなくては、復興はもちろん平時の流通にも差し支えるからな。大切な仕事だ。
「ひどいものだなこれは」
私が思わずそう呟いたのは山賊……と化していた反乱軍残党の拠点だ。
私と手勢で根切りにした賊どもの骸の中心。
集落の広場だったのだろうそこには、巨大な穴が掘られている。
それこそ私ですら入れてしまいそうな大穴が、だ。
「この穴に賊どもを埋めてしまいますか?」
「いや、周囲の波動の流れを見るに、ここにはこの集落の祭壇があったのだろう。これを罪人の墓穴にしてしまうのは良くなさそうだ。少々手間だが工兵隊と必要な処置をして埋め直させよう」
「承知しましたお嬢」
この私の指示にヘクトルは短く了解の返事を。そうして人手と賊の遺体の始末をつける手配に動き出す。
うむ、実に仕事が早い。我が直属の騎士としてオーランド卿の名を授けたのが効いているか?
いや、元より私と任務には忠実で勤勉な男であったな。
さて大穴である。
先にヘクトルにはああ言ったが、個人的には賊どもの墓穴としてしまっても構わなかった。
もしもここに暮らしていた者の生き残りがいて、それらが戻ってきた場合に反感を抱かれるのを避けたかっただけだ。
まず間違いなくここにはテオドールと融合していた融機生命体が埋まっていた。
それもかつての世界の戦士、今世では神と崇められている者。その一部を取り込んだ強力な個体だ。
実戦で主導権を持っていたのが父上であったせいで、その性能を活かせぬまま散ることにはなったが。
ともあれ、露出していたのだろうその融機生命体の一部を土台にした祭壇がここにあって、信仰を集めていたのだろうと推測される。
部品は大神十四柱のいずれかそのものではなく、その部下のものであったようだが、それでも今世の人類にとってはマイナーでも神に違いあるまい。
それをエステリオが掘り起こさせて復活させて実戦投入した訳だ。
こういう仕事ばかりは手早く徹底させている。
従う民を豊かに育てる発想力が存在しない分だろうな。
そんなものが埋まっていた跡を、ただそのままに埋め直して祭壇を再建しておしまいというわけにもいかん。
というわけで賊の遺骸から剣の一本を頂戴。鉄製のその刀身をプロトスティウムへと変異させて穴の奥底に放り込む。
私の力を受けたそれは穴の底からさらに深く地中へ。そこから再びこの地に広まる波動との共鳴を始める。
エステリオに奪われたものの代わりというわけではないが、これで楔となって土地の波動も安定する事だろう。
父の他に巨大な鉄牛の女騎士フランチェスカが存在したように、ここと同じように掘り起こされたところはあった。
それらの周辺集落、無くとも発掘拠点には決まって落ちぶれた反乱軍残党がたむろしており、この融機生命体の発掘がエステリオの下に着いていた者には広く知られている事が分かる。
つまりヤツは軍に全体を動かす勢いで発掘をやらせていた事になる。
問題になるのは、なぜそんな事をやっていたのか。
私とて自分の追加合体ユニットがいらない訳ではない。
次あたりいい感じの飛行ユニットにできそうなヤツが来ないかな、という程度の願望はある。
だがこんなやたらに掘り起こしてまで探すつもりは無い。
エステリオ=アステルマエロルであるとはほぼ間違いなく、間違いなく敵対もしている。
しかし私という戦力があれば、血眼になって機械生命体の人材発掘をするほどの事でもあるまい。
ヒトもその持ち味を活かして使いたい私と異なり、ヤツにとっての手駒足りうるのが同胞由来の存在というのはあるかもしれん。
だがそれでもだ。かつての配下だった私を見下しているだろうアステルマエロルが、私の戦力に怯えているような振る舞いを出来るか、という疑問はある。
アレはプライドばかりは銀河級だからな。
「……私とヤツとで何か決定的な違いがあるのか……私にあってヤツに無い何かが……」
状況からやはり、自然とこの考えに行き着く。
そうでない可能性も考えてはみたが、可能性が高いのはこの違いだ。
同じ旧世界からの征服者陣営機械生命体の生まれ変わりである我々のどこが異なるのか。
思い当たるのは一点。
ヤツは、アステルマエロルはかつての機体を見つけていない、あるいは完全な復元がなされていないのではないか、ということだ。
私がついていたとはいえ、皇の御前に引き立てられて強襲しなかったこと。
そもそもが先の戦いで、ヤツが戦うのにも、逃走するのにも機体を用いずに負けて囚われたこと。そのすべてがこれで説明がついてしまう。
アステルマエロルが今世で活動しているのはヒトの器に宿った意識のみ。機体は未だヤツの制御下に戻っていないのだ。
そうと私に思わせるための策である。あるいはまた別の物も探している。そうした可能性は否定できない。
だがおおよそ間違いはあるまい。
エステリオの中身が私の知るあの策士気取りであるのならばな。
しかしついでということで何かしらを仕掛けてくる事はおおいにあり得る。
動くからには一挙両得狙いは普通の事だ。警戒して出来ることなら先回りに潰しておくに越したことは無いな。
「しかしこうなると未だにヤツが動く気配がない事も気になる……いったいどういう訳だ?」
エステリオは島への流刑を申し渡され、移送準備中の今も脱走のための動きを見せていない。
ヤツに味方していた貴族らが、強奪継承に失敗、皇太子の座からも降ろされたヤツを見限った。だから救出の動きも無いのは自然なことだ。
だがエステリオに宿っているのは、かつて何度罰せられても繰り返し簒奪計画を繰り返したアイツだ。
ヒトの器だけしかない状況にあったとして、粛々と刑を受けるような殊勝さを持ち合わせているはずがない。必ず何か企みがあっての事だ。
「まさか、流刑地であるジェイル島に何か仕込みがしてあるのか?」
おおいにあり得る。
敗色濃厚と見て、囚われた自分の流刑地候補に再起の仕込みを。そして仕込んだ候補地が選ばれるように仕向けた。
陰謀が大好物のヤツならば、これくらいの回りくどい仕込みはやっていておかしくは無い。
しかし調べに行こうにも、今私が都から離れたらエステリオが大人しく囚われたままでいる保証はない。
そして私以外では、ヤツの仕込みがあった場合に全滅の憂き目に遭うだろう。
信の置ける調査員を犠牲にしてそれで便りが無いままとしてしまってはな、もったいなさ過ぎる。
「何とかして調べをつける手がかりがあれば……む?」
思うように身動きの取れぬ状況に思い悩む私の目に、ふとくすんだ金属の輝きが。
半ば砂利に埋まったそれを取り上げて見れば、それはXに上弦月を重ねたシンボル。
レックスアックスのベースになった巨大爬虫類の金属骨格の復活を進めていたカルトどもの掲げていたシンボルだ。
なるほど、エステリオが反乱貴族連中以外に伝手を持っている勢力とはこれか。
それさえ分かれば多少は調べようも出てくるというものだ。
エステリオが今も暗躍させているのだろう生贄儀式のカルト教団。
私は幸運にも手に入った手がかりを握りしめて、連中を探らせるのに適切な人員をリストアップしていくのであった。