58:さあお別れだ
皇城を卵のように破って現れたのは、甲冑を纏った騎士の上半身。
重厚で曲面の多いその装甲は、正面からの衝撃を逃がす事を重視した作りか。
その巨大な鉄の騎士が携えた盾と馬上槍を大きく掲げれば、その勢いに乗って脚が振り上げられる。蹄を備えた足が。
そう。勢いで大きく持ち上がった騎士の上半身。その下には大きく空を蹴る馬の前足がついているのだ。そして当然、その巨体を支えているのは馬型の後半身になる。
鋼の巨大人馬騎士は、四足の後ろ半分で立ち上がったその姿勢のまま、馬体の背にあたる位置から翼を展開。その翼から火を噴いて飛び上がった。
なんとまさかペガサスケンタウロスとはな。盾に刻まれた見覚えのある稲妻と馬の紋章を眼で追いながら、私はあれの核になったのだろう人物の欲張りぶりに呆れ果てる。
「私の真似事をすれば勝てるとでも思ったのですかミエスク煌冠! いっそ真似るのであれば私の軍と政をもっと早くに真似ていれば良かったものを!!」
「これがただの真似事と見えるのならお前の目もとんだ節穴ではないかッ!?」
挑発の意味も込めて挨拶をしてやれば、天人馬騎士テオドールは上空から私に向かって急降下。当然ランスを突き出してだ。
巨体の重さに重力を掛け合わせた速度。これを秘めた鋭い穂先を私は回収していた牛頭の盾でパリィ。ついでにお返しの火炎を浴びせておいてやる。
火だるまになったケンタウロステオドールはしかし受け流された勢いのまま再度崩落した城の上空へ。その途上でこちらが浴びせた炎も振り払ってしまった。
「さすがはミエスク煌冠閣下。姿を変えても得意の馬上試合の腕前は健在と。いや下半身そのものを馬の首から下の形にしたおかげで、より鋭さを増しましたか?」
「易々としのいでおいて皮肉のつもりか? だがまあいい。今の私は機嫌が良い。その程度の戯言は聞き流してやるとも」
「ご機嫌に空を飛べて何より。昔から見下ろすのがお好きでしたからね」
赤子をあやすように「良かったね」と優しい声をかけてやれば、空のテオドールは一瞬槍を突撃の構えに。しかしすぐさま思い直したようにその穂先を私から逸らす。
「フン! ずいぶんと挑発を繰り返すではないか。それはそうだろうな。お前としては、私が上を取ったと畳み掛けてくる方が都合が良いのだからな」
そう言ってまた急降下。しかしその向きは私とはまったくの別方向。いやらしく瞬くテオドールのカメラアイの狙いを察した私は踏み込みと全開のスラスターを重ねて走る。
そして天から落ちる稲妻と皇軍との間に我が身を割り込ませる。
「ハハハッ! 滑稽だ! 実に滑稽だぞレイアよッ!? 強大な力を見せびらかしておきながら、兵ごときのためにそれを削る事になるとはな!」
私への嘲笑と共に槍の先からさらに雷を降らせる鋼鉄の天人馬テオドール。
これに私は炎のメイスを空に投げ、牛頭の盾を傘に。幾らかの電撃は投げたメイスが引き寄せ、束ねた光を纏ってテオドールへ。しかしながら棒立ちの的をやってくれるはずもなく、悠々と空を滑ってこれをかわす。
そうして流れる先を狙ってフラッシュブラストを拡散でばらまくも、テオドールが下にした盾を押しのける事は出来ない。そうしてまたも私ではなく、ヒトの将兵へ向けて雷を降らせるのだ。
先ほどよりも広い範囲へ降り注ぐ雷の爆撃に、私はソードウィップを伸ばせる、振り回せる限りに展開。光の鞭刃でもって受けて切り裂く。そうして人々を庇ったところにテオドール自身も急降下。一撃離脱の馬上槍を牛頭の盾に食らわせてくる。
これで受けに回った私がお返しのフラッシュブラストを放つ程度の抵抗しかしない事にますます味をしめてか、テオドールは皇軍狙いの爆撃を繰り返す。
「まったくなんという様だ。衆愚を利用してこそ王者。支配者自身がその力を利用されているなどあってはならぬ事だというのに。いくら革命児と持て囃されようが、その支えが愚か者どもではなぁッ!?」
私への嘲笑に続き、電撃の弾幕と共に突撃してくるテオドール。
敵味方もろともに、皇城周辺を丸ごと焼きつくさんとするかのような雷撃として落ちてくる翼持つ人馬騎士。これを私は牛頭の盾を投げつける。
「血迷ったか……何ッ!?」
いかに強固な盾であろうと、持ち手を離れてはただの頑丈なだけの板っぺら。そう見なして槍で弾いたテオドールは思いがけない手応えに声を上げる。
無理もない。雷槍には弾いた筈の牛頭盾がくっついていたのだから。しかし盾である牛頭が槍を噛み締めているとかそんな訳ではない。投げた盾に隠していた私のソードウィップが絡み付いているだけの事。
そうして動転したテオドールを引き寄せ、逆の腕の光鞭三本、これを編み込み束ねたバンドルエナジーブレードの切っ先へ導く。
が、これはテオドールがとっさに槍と盾を手放して急上昇したため、それらを切り裂くに終わってしまう。
大慌てで上空へ逃れたテオドールは、自身の機体にダメージの有無を確かめ、改めて悠々と明滅させた目で私を見下ろしてくる。
「ク、ククク……ロクに打つ手無しと油断させて起死回生の一手と仕掛けたのだろうが、残念だったな、必殺の剣は空振りだ」
言いながらテオドールはまだまだ武器はあるのだぞとばかりに抜き放った小剣二本を掲げて見せてくる。
まあそうだろうとも。サブウェポンくらいは当然備えているだろうとも。我が配下の弓騎兵、槍騎兵らに限らず、主武器とは別にショートソードを帯びているくらいは普通だからな。だが、それを抜く時というのは、本当に他に打つ手無しの状況なのだぞ?
それを分かっているのだろうな。テオドールは私の剣の届かない高度に逃れてなおさらにその高度を上げていっている。
「腰が引けているが大丈夫か? 私としてはそのまま逃げてくれても良いが、そちらのご主人様はどうするかな? 簒奪を失敗した反乱の偽皇はあなたをどうすると思う?」
「アレが主人だとッ!? 皇だとッ!? バカな事を! 私の皇は私一人のみ!! これまでもこれからも変わりなくッ!!」
だからと誘ってやればこの剣幕。しかし威勢良く吠えている割には私との間合いを詰める事はしない。それどころかさらに空に逃げている。
「では尻尾を巻いて逃げてしまえばいい。自分の再起の為にはまず生きていなくては。逃げ時と持っていくものを見誤らない。それもまた王者の資質と言うではないか? そうして逃げた先で、怯えて再起の時を待っていれば良い」
そこへ言葉を畳み掛けてやる。逃げを否定せず、テオドールのプライドを突いてやる形で。
すると狙いどおりにヤツは上昇を止め、余裕ぶってその実逃げ腰だった機体を震わせはじめる。
「ぐ、ぬぬぬ……い、言わせておけば……言わせておけば……ッ! いずれこのスメラヴィアを牛耳るこの私が、こんなところで……ッ!」
「だから逃げればよろしい。その来る筈もない未来のため、あり得ない再起を夢見てパサドーブルにでも、世界の果てにでも飛んで行けば良い」
さらに挑発を重ねてやったことで、テオドールはさらに前のめりに、空中でケンタウロスの前足で前かきを。しかし踏み込むも退くも踏ん切りがつかぬまま、明滅する眼を巡らせる。
リズムが定まらず、さまようその眼は、ある一点にたどり着いてその光を強める。その視線の先は――
「……ならば遠慮なく撤退させてもらおう! 貴様の支持する皇の命を土産になッ!!」
掲げた二つの小剣から放たれた雷球。隕石のように落ちてくるこれに私は出来る限りの速度で機体を本陣の上に割り込ませに。合わせてフラッシュブラストも連射。これで少しでも雷球の威力を削ぎにかかるも、私の眼からのビームを受けたサンダーボールはその破片を散らし始める。
拡大する被害予想に私は思わず息を呑む。が、それは杞憂に過ぎなかった。戦場に出していた金属製の破城鎚。私の槍と盾にもなるそれが立ち上げられれ、避雷針として雷球の破片を吸い寄せていたからだ。
ハインリヒやミントの指示だろう。まったくでかした!
後で直接でも褒めてやると決めた私は全力でフラッシュブラスト。テオドールの置き土産をバラバラにしてやる。そうしてすかさずに分離。鋼の巨馬となったセプターセレンの後ろ蹴りを踏んで跳躍。私に背を向けて逃げ出そうとするテオドールへの道をスラスター全開で突き抜ける。
「な、にぃッ!?」
「逃げて良いとは言ったが逃がすとは言ってないぞ」
超高速のジャンプで一気に間合いを詰めた私はソードウィップをテオドールの眼に。驚き激しく瞬いていたカメラアイはなす術もなく我が刃に破られ、その奥の頭脳をズタズタに。
そうして絡ませたソードウィップを頼りに鞍上に組み付いた私は、光の鞭を天人馬テオドールの首に巻きつけ引く。
こうなれば当然、中身がボロボロになった鉄の頭は胴から離れる事になる。
「目からビームが出る作りになっていればもう一手あがけただろうに」
担いだテオドールの首にもう聞こえないだろうアドバイスを残して、私は墜落する首無しの天人馬の機体から離脱。そうして地上に落着する前に首無しの機体はセプターセレンの蹴りで遠くに飛ばしておく。
こうして巨大戦力二つを立て続けに出した反乱軍であったが、次に皇城から出てきたのはなんと降伏の白旗であった。