57:猛火鉄牛フランチェスカ
「おのれレイアおのれレイアおのれレイアァッ!!」
「だーかーら、私への恨みはお門違いだろうが」
「お黙りなさいッ!! お前が! お前が出てこなければこんなことにはならなかったのよッ!!」
猛烈な勢いで炎を噴出す鉄牛フランチェスカのメイス。これを私はひらりひらりとかわしつつのバックステップ。時々に挑発の言葉とフラッシュブラストも挟んで、広々とした平原に誘導する。
巨大合体した私に鉄牛フランチェスカも遜色無い巨体だ。こんなメタルのデカブツ同士の戦いを兵達の中心でやらかしては、彼らを地震と火災と土石流でもみくちゃにするようなモノ。見えている災害を放置するなど、君主の行いとは言えまい。
「こんなことにはならなかった、とはずいぶんと甘い見通しだな。お前の婚約者殿が嫁かその候補だけは特別に実験台にしないようなヤツだと本気で信じているのか?」
私が間に合わなければ、今ごろはエステリオ皇とそのお妃として悠々と皇国の舵取りを担えていたと?
それはあまりにも考えが甘過ぎはしないか?
皇の冠を被っただけで私が歩みを止めると思い込んでるところが特にな。
今日か明日か。遅いか早いかだけの違いでしかあるまいよ。
そしてアステルマエロルにとっては自分の味方は自分の手札。使い時に使い、切り時に切る。それだけの存在だ。その辺りを見極めるセンスだけは私も昔から認めている。
だが、自分が見込んだ以上の活用は考えてもいないから出来ない。素養を見込んで育てるという発想には至れない。その程度よ。
「知った風な口を! お前に! お前にあの方の何が分かるッ!! 顔を合わせて間もないお前にッ!!」
「……確かにな、対して会談したこともない。それはそうだ。だが相手の用兵を見ていればそれはそれで見えるモノもある。フランチェスカお嬢様の知らない面もな」
配下というか、他者への扱い等は特に顕著だ。拳で語る等という何とも暑苦しい話もあるが、通じるものでもあるだろう。
そこから見るに反乱軍の総大将にはまるで適応も成長も無い。私がよく知る、策士気取りの傲慢な簒奪屋そのものだ。
「おのれぇええッ!!」
よりいっそうの怒りに燃えた戦鉾の一撃。これを私は手首からの光剣でパリィ。よく開けた平原を砕かせる。
あまり離れては次に控えているのに対処が遅れるからな。ここで仕留めるとしよう。
「お前は私と違ってもう分離も出来まい。そんな有り様にされて、よくもまああんな男の肩を持ち続けられるものだ。そんなに尽くすほどの男ではあるまいが」
見れば分かる。元々一つにだったモノが二つに別れた私とは異なり、別々のモノを強引に一つに融合させた鉄牛フランチェスカは歪に癒着してしまっている。生かして分離する事はもはや叶うまい。
政略上は家門もろともの一蓮托生とはいえ、ここまでされては植え付けられた力での反逆と復讐に走る方が自然ではあるまいか?
「お前がッ!! お前がそれを言うのッ!! 人の姿と鉄巨人の姿を自由自在に使い分けて……人知を越えた武力を気まぐれに振り回しているお前がッ!!」
「使えるものを使って何が悪い。それで育てた土地と人材を守って何がおかしい?」
「奇跡を奇跡とも思わずに振り回すお前が、何物にも縛られず、心のままに振る舞うお前が……私は昔から大嫌いだったのよッ!?」
一際大きな怒号と共に振り下ろされたファイヤーメイス。からの牛頭盾のシールドバッシュと火炎放射の連撃。
これを私は真っ向から受け止めてやる。
なるほど。ようやく合点が行った。
フランチェスカは婚約者殿への献身で巨大融機体になった訳ではない。いや、それも無いではないが、根本は別の相手に向けたもの。
「なんだ。私が妬ましく羨ましいあまりに真似をしたのか」
「ふ……ふ・ざ・け・る・なぁあーッ!!」
図星を突いた事でフランチェスカはさらに激昂。メイスと盾とを滅茶苦茶に振り回し始める。
受けてやるサービスはさっきの分で十分だろう。と、これは光の鞭で足を絡めていなしてやる。
そうして転んだ背中にフラッシュブラストを浴びせてやる。
「強引に私の真似をしてそれではあまりにもお粗末では無いか。人の姿を失った甲斐はまるであるまいが」
「だ、誰が妬みで真似事をしたとッ!? お前が傲慢にも振りかざしている力が、お前だけのモノではないと思い知らせてやるためよッ!!」
「だから、妬ましくて同じものを欲しがったのだろう?」
転がったフランチェスカの憤りに任せて噴出した炎。これを光の鞭の一本でかき消してやる。
フランチェスカの事は、もう少し利口だと思っていたのだがな。敵愾心剥き出しでなければ我が配下としてスメラヴィア貴婦人の一角を取りまとめてもらっても良いと思っていた。私の作る新たな形式の衣装に対するカウンター役としてのセンスも期待していたというのに。
「なぜ単純な摸倣に走ったのだ。同じもので競わずに持ち味を活かす方向であればまた違った戦いようもあったろうに……」
「それも昔から大嫌いだったのよ! 自分に敵う者なんかいないって態度丸出しで、事実その通りで、なんでもかんでも……いつでも私の上を涼しい顔して行ってくれて……私の持ち味だなんて、なんの意味があってッ!?」
まるで神にでもなったつもりなのか。と、そう言いたいのか。しかしこの星の人間達が神と崇める元・機械生命体達が陣営違いの同胞であり、すなわち私が現人神であることは事実であるからな。和・荒は別になる話だが。
しかし持ち味に意味が無い等とはとんだ的外れな。私と競う事に拘泥するあまりに己の才を見失うとは。
「なんと、もったいない」
「は?」
バトルマスクの奥からこぼれ出た掛け値の無い本音。フランチェスカという人材を惜しむあまりに出たこの一言に、鉄牛の女騎士は振りかぶったメイスを止めて眼をチカチカと。
聞かれてしまった以上は仕方あるまい。ダメ元で畳み掛ける他あるまい。
「どうだフランチェスカ。お前も私の部下にならないか?」
「な、何を!?」
「経緯はどうあれ、鋼の巨体に変異していながら狂気にも刷り込まれた命令にも染まらずに自我を保てている。理性を保って力を得た、現状では得難い人材だ。加えて以前と同じようにはいかないだろうが、政のセンスにも良いものがある。部下として力を振るってもらいたいと思っているが、どうだ?」
有力視しているポイントを並べて誘いの手を差しのべる。
この勧誘にフランチェスカはメイスを振り上げた姿勢のまま、機体を震わせ始める。うーむ、この反応は――
「ふざけるなぁあッ!!」
怒号と共に炎のメイスが誘いの手を叩く。
「私がなんのために……! あの男にこんな姿にされてもお前に立ち向かったのはなんのためだと! 私の声を聞いていなかったのかッ!?」
私の勧誘を払いのけたフランチェスカはその勢いのまま、猛烈な火炎を纏い突進。エネルギーと重量を丸ごと私に叩きつけに。
このどこまでも直線的な力任せを私はいなしてソードウィップの切っ先を首の下へ。火炎型に纏ったエネルギーと装甲の隙間に滑り入った我が刃は彼女自身の前進する勢いによってその頭脳を貫く。
この致命傷に鉄牛の女騎士になったフランチェスカはその瞳から光を失って、ズンと巨体を横たえる。
燃え盛るような波動が絶え、急速に冷えていく鋼の遺骸。私はそこから牛頭の盾とメイスを取り、皇城へ向き直る。火の手の上がり始めたそこからはまたもう一機。石造りの外壁を崩して鋼の巨体が立ち上がろうとしているところであった。