56:現れたのは烈火の鉄牛
スメラヴィア皇国の中心である皇都。
今現在、皇国行政府にして皇家の居城として機能する城には、もう我慢できないとこれを奪ったエステリオ皇子率いる反乱軍が詰めている。
そんな謀反者の巣窟を、今は我々皇軍が完全に包囲した形になっている。
大身の貴族らを味方に着けてか担がれてか。ともかく電撃的な簒奪劇でもって、一度は父親をその玉座から蹴落とし奪ったまでは見事。それが今やどうか。逃げ出して再起を図る父と妹の首を取るのだと勇んでいた反乱軍は、最後に残った皇城に逆に押し込められてしまっている始末。いやはや、ヒトの世とはどう転ぶか分からぬモノよ。
「鋼の剛腕で簒奪殿下の企み全てをひっくり返してきたレイア様がそれを仰いますか」
「言うともミント。この私がいると分かっていながら、杜撰な対策しか企んでおかなかったヤツが悪い」
甲冑に身を包み騎乗した私は、斜め後ろに馬を寄せた半魔人の侍女に言い放つ。何せ皇子は私と同じ存在、機械生命体の生まれ変わりなのだ。にも関わらず、私を一時的にでも味方につける交渉・根回しすらせず、自分からフルパワーで襲いかかってくることもしない。ただ地の利を活かした電撃戦で終わらせようとしただけだ。大間抜けと言う他あるまいが。まあやらなかったという事は、出来なかった事情もあるのだろうがな。皇軍の諸将に気を使って、全力全開で反乱軍を蹂躙していない私のようにな。
しかしだとしても相変わらす策士気取りのクセに策が穴だらけというか、自分の策を過信しすぎるというかな……まるで成長していない。私ならそう思わせて油断させる策を取る。そんな選択肢も視野には入れるが……ヤツは果たしてな。
いずれにせよヤツがどう転んでも動けるようにした方が良かろう。追い込まれたモノが死にものぐるいで取る行動など予測もつかん。何せ今、皇軍の先頭にいるのは我が軍。雷嵐と女ケンタウロスの旗を掲げた、ヤツを間違いなく討ち取れるモノが率いる精鋭なのだからな。
「本当にこれで誘いになるのでしょうか?」
「さてな。提案する時にも言ったが、私はそうなるかもしれん、と言ったまで。がしかし、怖じけて逃げるにせよ何らかの動きはあるだろうとも」
ミントの疑問に私の率直な考えを。諸将に提案する際にも言ったが、これまで鉄の化物に専念して控えていた私がここで前に出るのは、立て籠った反乱軍からのアクションをとにもかくにも誘うためだ。
我が武名が高まるのに比例して、反乱軍の……特にミエスク本家軍の畏怖と恨みも積もりに積もっていることだろうからな。
それがどのような動きを誘発するか。それは反乱軍次第であるからこればかりは、な。しかし私の読みでは……
「都の大門開門! 開門!!」
「出てきたのは……兵じゃない! 魔獣だ!! 鉄の大魔獣だッ!?」
そんな私の思索を遮って上がった報告は案の定だ。私が怖いから、さんざん煮え湯を飲まされた恨みもあるから、ここでデカブツを出して仕留めてやろうとなるよな。
そんな私への刺客として門から出てきたのは牛の頭だ。それから見るにそのサイズは本性を表したセプターセレンに勝るとも劣らぬだろう。だから当然、門を開けたとてその全身が通れる筈もない。実際頭が出てきたのでも角やらが引っ掛かったのを強引に突き破っている。そして今もまた石組みを削り崩す鈍い破壊音が続いて。
しかし向こうが完全に出てくるのを待ってやる義理も無い。と言うわけで打ち合わせ通りに単騎駆け。門にハマって身悶えする鉄牛のカメラアイに一矢を。
私が波動を乗せて放った矢は当然のようにデカブツのカメラアイを直撃。クリアなカバーを突き破ってその奥の光学センサーにめり込む。
このダメージに牛は下顎を打ち付ける勢いで身悶え。その勢いで愛馬の走る石畳が砕け、我が身もろともに浮き上がるほどの地震に。
鮮烈なダメージが続いて燃えた怒りに塗りつぶされたのだろう鉄牛は二の矢をつがえた私を認め、門を崩して突撃を。
鋼の蹄四つ。分厚い巨体を支えたそれが巻き起こすリズミカルな地鳴りに追いたてられる形で私は愛馬を走らせる。
しかしいかにセプターセレンが駿馬とはいえ現状では歩幅が違う。普段のように挑発のため引き離しすぎないようにではなく、踏み潰されないようにしなくてはならん。が、頭脳が怒りに染まった鉄牛はそれでは飽き足らんとばかりに背中に乗せた投石機を発射。我と愛馬の進路に鉄屑の雨を降らせてくれる。
範囲内に兵がいれば大惨事必至のこの雨。しかし我らはほどけるに任せた鉄屑の合間を縫い、着弾に馬蹄の響きを混ぜて抜ける。その動きを鉄大牛は未だ健在の片目で追い、さらに燃える怒りで染め上げ――その瞬間に今つがえていた矢をくれてやる。
両の光学センサーに矢を受けた大鉄牛はさらなるダメージと閉ざされた視界に声を。しかし塞がれた視界に構わず、当てずっぽうの突進で辺りを踏み荒らしにかかる。のではなく、その場で機体の展開を始める。牛が変形して現れたのは騎士。牛の頭を盾と構えた高貴さを気取った女騎士だ。
角付き兜状のヘッドパーツ。目元を覆うバイザースリットの隙間から、私を見下ろし睨む眼光が。その焦がすような熱視線には覚えがあるぞ。
「鋼の巨体を得た気分はどうかフランチェスカ!? フランチェスカ・イグニ・ホプリテース・スパイク嬢ッ!?」
素体となった人物。折り合いの悪い昔馴染みの名を叫べば、牛女騎士の鉄巨人は足踏みを。
波紋と広がるその余波は炎を帯びて我と我が愛馬へと押し寄せる。
地団駄の繰り返しでさらに生み出された炎の波。これが我が愛馬を追いたて、その黒い尾に食いつこうと。しかしその瞬間にニクスが割り込み、火の手を払う。
「リユニオン! オーバーユナイトッ!!」
合流からすかさずの私の叫び。大気を震わす波と重なった波動にニクスと、巨大化するセプターセレンのモノが重なり強固な障壁となって鉄牛騎士フランチェスカが伸ばした炎の髪を退ける。
この守りの中で私はニクスレイアに。さらに巨大なヒト型に変じたセプターセレンのボディにドッキング。蛹の中で変態する虫のようにセレンニクスレイアの機体を完成させる。
役目を終えた障壁から私は踏み込み拳を突き出す。その先端から伸びたエナジーソードがフランチェスカの振るった炎のメイスを弾き、胸元の装甲を削る。
「婚約者殿に贄にされたか? それとも私に対抗しようと自分から志願したか? いずれにせよ急拵えでお粗末な有り様ではないか」
「うるさい! うるさいうるさいッ!! お黙りィイッ!!」
挑発のつもりで浴びせた推測がドンピシャだったか。フランチェスカは牛頭盾を私に叩きつける。
打撃から燃える怒りを炎と吹き出したシールドバッシュ。この重々しさと熱量の重なりに、私は自分からも跳んで間合いを。
「私相手に怒っても仕方無いだろうが。お前を作り変えたのは婚約者殿で、そのような男を信じたのはフランチェスカ、お前なのだぞ?」
「お黙りなさいと言ったッ!!」
技も何もない力任せの押し込み。だがそれゆえにか怒りの乗った機体は、あたりの大気を揺るがし、地を焦がす。
焼けついた足跡を刻んだ突進に、私は左にスウェー。盾を前に猛牛さながらに突っ込んできていたフランチェスカは、燃え上がるメイスを振り上げた無防備な姿勢を晒す。
さらに地下に仕込んでいた膝からのソードウィップで足をすくってやる。そうして大きく崩れたところへ鉄拳をぶちこむ。
もんどりうって倒れる鋼の巨体。激しい地鳴りを起こした鉄牛のフランチェスカは、歪んだ目元を隠すバイザーを剥がし、盾とメイスを支えに立ち上がろうとする。
そんな昔馴染みのなれの果てが向けてくるギラついたカメラアイを、私は真正面から受け止めてやるのであった。