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55:縛りプレイは趣味ではないが

 皇軍拠点都市アーマンの破損。

 ニクスレイア側は配慮していたとはいえ、強大な機械生命体同士の戦闘の渦中に呑まれては防衛機能はもちろん、都市機能を損なうのは必至というもの。

 負けるのはもちろん最悪だが、勝っても大損害が確実となるあたり、やはり自陣の重要拠点での戦闘は御免被りたいものだ。

 ともかく、反乱軍の襲撃で寄る辺に痛手を受けた我々は、完全に失うわけにはいかんと、半ば強制される形で皇都奪還の軍を進める事になってしまった。

 当然この誘い出しも反乱軍の、アステルマエロルの策略の一環なのだろう。アイツの厭らしい目の明滅を思い出して頭に来る。が、それならそれであの策士気取りのアホの思惑に乗った上で、ヤツに吠え面かかせてやれば良いだけだ。

 包囲戦を遠目に佇む愛馬の鞍上でそんな思いにふける私に、ハインリヒが馬を寄せてくる。


「姉上、大丈夫でしょうか?」


「うん? 私が味方についた皇軍に敗北の不安があると?」


「いやそれは全然……というと違いますか。姉上らで固めた陛下と殿下の生存はともかく、前が壊滅しないって事は無いじゃないですか」


 少々意地の悪い聞き方をしてしまったな。悪い事をした。しかしそれに対してハインリヒが吐露した不安要素は実にもっとも。

 たとえ中核に当たる部隊が士気・元気ともに充分であったとしても、全体がガタガタにされてはそれはもう敗北であるからだ。

 全滅と言われる被害であるが、そう見なされるのは数値上で二割から三割程度の損耗を出した場合になる。まだ七割程度残ってるじゃないか。と、全滅という言葉ほど絶望的な印象は感じないかもしれない。だが軍事的には三分の一から五分の一程の被害が起これば致命傷となるのだ。

 ましてや軍隊を形作っているのは、私やかつての同胞である機械生命体……いやそれどころか、訓練を詰み、戦う気構えを備えた職業軍人さえ希少なのが現状だ。まとまりを欠き、兵の一人一人が……いやむしろそれをまとめる将さえもが我が身かわいさに逃げ出す事例もさぞ起こりやすいだろう。

 自分たち以外が、あくまでも我が身の都合だけで寄り合っただけの軍である。それを理解し不安視出来るのは、我が弟ながら良い視点を得られている。


「そりゃあまあ、姉上から学んでいればそれくらいは……って、それは良いんですって。俺の事より皇軍が無事に進めるかって話で!」


 味方を良く見ている事を素直に褒めたらばこの反応である。


「そこのところは心配あるまい。なんのために私が色々と用意させたと思っている」


「用意させたってアレ、ですよね?」


 ハインリヒが視線を向けたのは目から光を放つ巨大な像。丁度、ニクスレイアが腰を掛けて座った大きさの銀色の像だ。

 これが何かと言えばいわずもがな、私が父テオドールの侵攻を退ける際に使った、砲撃波動具である。

 ニクスレイアの現在地を誤魔化すデコイとしての機能もあり、今現在も領境で睨みを効かせている兵器である。

 手柄の調整のため、自慢の精鋭共々に温存される形になった私がせめてもの優位を保つためにと、アーマンで攻城兵器として作らせていたのだ。そのうちに完成して持ち出せたモノ全てをこの進撃に投入しているというわけだ。


「実績については聞いてます。けどアレだけ目立つとやっぱり狙われやすいんじゃ? 投石機で飛んできたのだって当たりやすいでしょう」


「それは当然そのとおり。私の扱う本物のように素早く柔軟な動きなど望むべくも無い。実態としてはただの砲台であるからな」


 コストの割に脆弱で的になりやすいという欠点については認めざるを得ない。実際に破壊されてしまったものもあるわけだからな。アレを牽引していれば戦女神の加護ぞある、などと言ったところで気休め以上のモノにはならん。


「用意させたのはアレだけでは無い。他にも我が領で開発された兵器の数々を惜しみ無く前線に送り出しておいたではないか」


 そう私が言うや、城塞の一部とその上に乗っていた投石機を貫く矢が。

 これもまた我が軍の用意した兵器。攻城用バリスタである。ニクスレイアが引くための弓にと作った物を転用したもので、分解すれば私が合体リユニオンした状態で弓として使うことも出来る品だ。

 その他にも破城槌は私に合わせた盾と槍の組み合わせであるし、戦場にニクスレイアの武器がばらまかれる形になるというわけだ。まあ素材からこだわって作った物は敵に持っていかれてはかなわんので、皇軍で作成・提供したのは一般的な材料のものであるが。


「姉上が心配りで強力な武器を提供してるのは分かってます。分かってますけど、それを使うのが姉上の兵では無いのが……」


「まあその気持ちは分からんでもない。我が精鋭を基準にしてしまえば味方の誰もが頼りなく見えることだろうとも。だが、戦っている相手も同等のレベルなのだぞ?」


 この戦場に限らず、スメラヴィアの兵の質は私の鍛えた兵が極端に高いだけだ。皇子派閥の反乱軍とて、皇軍の平均と大差ない。ならば装備の質で勝る皇軍が一方的に不利という道理は無い。無論、城攻め側と守備側とでは攻め手側が不利ではあるので装備の質だけで圧倒出来るものでも無いのは確かであるが。


「ですが、やはり歯がゆく不安はありますよ。手柄の調整だなんて理由で、姉上とその精鋭を封じてわざわざ相手に有利なハンデを背負ってやるだなんて。兵に犠牲だって出るのに」


「ハインリヒの気持ちは分かる。私とてこんなところで多くの兵たちの血が流れるのは惜しくて堪らないのだ」


 いずれはスメラヴィアを……いやプライム大陸、やがてはこの星全土を統べる我が下で働く事になる人材たちだというのに、まったくもったいない。

 うん、本当にただのもったいない精神でしかないから。そんな為政者の鑑を見つけたみたいな目で私を見るな弟よ。いや、たしかに良い方向に勘違いしてくれている分には都合が良い。それは良いのだが、しかし微妙に愛馬に乗せた腰の心地が悪くなるからほどほどにしてくれ。


「……辛いことだがしかし、目の前の犠牲を堪えられずに、先々の災いを招くような真似は慎まなくてはならん。いかなる事でも独占は深い禍根になるのだからな」


 財に誉に権。この独占が義憤と妬みと欲望によって破壊される事例は枚挙に暇が無い。それがやがてはより安定した形を生み出すきっかけとなる事例もまた多い。だがそのために出た破壊と混乱の犠牲者はどれだけ積み上げられようと、間引くべき腐敗だと、必要な養分だと正当化されてしまうのだ。


「姉上がそう言うのなら、きっと確信があるのでしょうけれど……やはり、本当にそうなってしまうのかって考えは……ごめんなさい!」


「いいや。迷いが出るのも無理もない。予測予想はあくまでも可能性の話に過ぎない。選択肢の先に待ち受ける未来を予知しているワケでは無いのだからな」


 言いながら私は五人張の弦に指を掛け、高々と掲げて下ろしつつ引く。矢をつがえずのこの動きにハインリヒをはじめ、目にしていた者たちから戸惑いが。


「それはそれとして、当方の最高戦力たる我々が温存する形になってはいるが、あくまでも温存であるからな」


 戸惑いのどよめきを背景に私はこの一言と共に鳴弦。

 これに続いて城塞の一角が破れて金属の塊が。石組の壁から生えた鋼鉄の翼ある蛇はしかし、ターゲットの皇軍へ飛び立つよりも早くその脳天をバリスタに射貫かれる。

 当然それをやったのは我が半身ニクス。こうして反乱軍要塞が切り札として出した鉄蛇が倒れ崩れたことで、我らが皇軍の尖兵が次々と内から開けられた穴を潜って制圧に。

 この必要だとされる仕事を最小限の動きで見事にこなして見せた私に、周囲からは拍手の音が波となって押し寄せるのであった。

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