53:くれてやるつもりはない
危急である。
皇軍に紛れた裏切り者。それを釣り出すためフェリシア殿下自ら立てられた囮作戦にて、襲いかかってきたのは融機兵に変異させる波動具を身につけた兵たち。
内通者によって手引きされたそれらは当然我が半身を護衛に着けた陛下の側にも出現。アーマン城内部を荒らし、陛下を包んだ我が車体を殴り付けている。
それを皇の護衛として排除する半身に向かって、私もまた姫の引き連れた囮部隊と共に愛馬を走らせている最中だ。
分断して一日と置かずのせっかちな襲撃。だがそれでも野営の支度をするかという地点での動きであったがために、アーマン城と我らを照らすのはすでに月に代わってしまっている。
「お父様……どうか御無事で……」
「殿下が心配される事は無理もないです。覚悟していたとはいえ、夜道を急ぐようなことになれば。しかし陛下のお側には姉上のゴーレム、ニクスが残ってくれています! ですから御無事でいらっしゃいますよ!」
「言うでは無いかハインリヒ。それに殿下。急げば夜の内に間に合うだろう程度の分断で済んだのは、ひとえに殿下の計画が内通者に覿面に効いたからこそ。陛下共々に覚悟して実行された一掃作戦。必ずや成功におさめて見せましょう」
「レイアお姉さま……ハインリヒ様も……ありがとうございます! そうですわね。姫たるもの、策を立てた者として信じて進まねばなりませんね!」
ハインリヒが傍で支えていればフェリシア殿下に心配はあるまい。というわけで近づいてきた城壁に、私は鏑矢を天へ。
月明かりの中に響く猛禽の嘶きにも似た音。我らの存在を告げるこれを聞いて城門が開くならば良し。そうでないならばそれなりに道をこじ開けるのみ。
どのような反応でも対応出来るようにと次の矢を五人張につがえていた私の前で、道を閉ざしていた跳ね橋が降りる。が、降りきらぬ橋を踏み切って躍りかかる影が。それを城壁に射止めれば、やはり胸に光を灯した兵士。石造りの壁に張り付けになった皇派兵の装備をしたそれは、胸に突き刺さった矢に手をかけたところで動かなくなる。
「入城せず、フェリシア殿下の馬車を中心に盾の構え! 城から助けを求めてきた兵とは合流、ただし殿下の馬車には近づけるな! 城と守りの陣の間に構えさせよ!!」
「敵か味方かハッキリしませんからな!」
我が精鋭からのよくよく理解した返事を受けて、私は融機兵の荒らす城内へ下馬して突撃。光る勲章、そして野獣じみた力任せの振る舞いを目印に太刀を浴びせてゆく。
真正面で剣を振り回すヤツの胸の光を突き、左から突っ込んで来たのの兜頭を返す刀で割る。そうして壁を利用しての三角跳びで踏み込んだ次の敵の胴を横一文字に。
頭か胸を破壊する。あるいは切り離せば動かなくなる。ここは人間のまま、我々(機械生命体)とも変わらないままであるからありがたい。一方、元凶である勲章型の部品だけを破壊しても、残念ながら心臓を失ったのと同じになってしまっている。だが、上半身と下半身を泣き別れにしたのは腕だけでも飛びかかってくるから、二の太刀が必要になって手間になる。そうしてとにかく目につく胸を光らせたのを切り捨てて前庭を抜ける。救えないのなら排除に躊躇う事はない。太刀ばかりかソードウィップ。光礫の術も駆使して仕留めてやる。
鉢合う片端から斬り、血風纏って走る私の向かうのはもちろん我が半身の元、中庭にて護衛対象である陛下を乗せ、融機兵を撥ねる車の所だ。
「陛下ぁあああッ!!」
声を張り上げ、味方と敵双方の注意を集めた私は三つの刃を振り回して跳躍。銀色に輝くニクスの上に降り立つ。
「んなッ!? レイア殿かッ!?」
「御無事で何より! お待たせして申し訳ありません!! フェリシア殿下にも怪我はありません!!」
挨拶と娘の無事の報告を手短に。合わせて左手に作った光礫を放り出し、周囲をなぎ払う。輝きの壁が敵を寄せ付けぬ間に私は合体。下ろした陛下を左手に抱える形で立ち上がる。
そしてすかさずのフラッシュブラスト掃射。光の壁を張り直して石造りの城砦の上に跳ぶ。
「陛下他の……内通者や操られていない様子の将兵はッ!?」
「う、うむ。彼らはすでに逃がした……いや避難指示の伝令は出したが、どうなったかまではわからん。余を守ると残ってくれていた者たちは皆……」
「讃えるべき忠義の士であったということですね。彼らの誉れを正しく称するためにも、まずは陛下が生き延びる事を!」
「そうであるな……手間をかけるなレイア殿」
尊い犠牲に思いを寄せるのは良いが。と、切り替えを促せば、陛下は私の金属光沢のある顔を見上げてうなずく。元々痩身であるのを髭や衣装で膨らましているタイプの人物であるが、私に詫びるその顔はまた一層にやつれたように見える。やはり陛下は善性の君主ではあるが、そうであるがために国のトップに立つには、特に乱世の潮流にあっては繊細に過ぎるようだ。
その重すぎる荷を一刻も早く下ろせるようにしてやらねばな。
さて、陛下が逃げる許可を出したという軍勢は……あの篝火の群れか。普通に考えれば姫とその守りとした我が手勢を先に合流させるべきだが、備えとしてまだ紛れていないとも限らん。合流と再編は私も加わってからにするべきだな。
「気をつけているつもりではありますが、荒事の最中なのでどうしても揺さぶる事になります。どうかしっかりと掴まっていてください」
「そなたら将兵の足を引っ張りたくはない。余に構わず存分にやってくれ!」
行く先を定めた私に陛下はそうそう言ってくれるが、額面通りに受け取ってフルパワーで戦う事など出来るわけが無かろう。そもそも、セプターセレンの真の姿をさらす事すらアーマンの町並みを踏み潰しかねないと遠慮しているところなのだからな。
「お心遣いありがたく。必ずや御無事にフェリシア殿下と合流させて見せます故」
そう言う私の足下に、壁をはい登って来た者が。皇を抱えた手に襲いかかるそれを、私は手首のソードウィップを出して迎える。
人体の多くを削り取るエネルギーの奔流。それを受けて熔け落ちるのは赤熱した金属の塊。いや待て、たった今焼ききれたこの兵、体を構成するパーツのほぼ全てが金属だぞ? それこそ私を只人サイズにまで縮小した感じの!
そう悟った私はとっさにこの場からジャンプ。その直後に私のいた空間を、城壁を削り取る勢いで貫くモノが。
遅れた私の足に食いついたそれは金属の蛇。五つの大牙を我が装甲に食い込ませた機械生命体……いや、よく見れば違う。腕だ。私の足を掴んで離さない、融機兵がより集まってできた大腕であった。
腕だけでありながら私を吊り上げようとする生意気なそれに私はフラッシュブラスト。この痛打に緩んだ隙に振りほどいてやる。
強引に城から離脱した私は牽制のフラッシュブラストを連射。同時に背部スラスターを吹かして減速。真下のレンガ造りの建物をクッションに着地を。
「陛下! 御無事でッ!?」
「か、構わんでくれて良いと言った!」
抱えた腕からの返事を受けて、私はなるべく柔らかく立ち上がる。そして滑るようにして崩れた建屋を離脱。落ちてきた鉄拳をかわす。爆ぜ飛ぶ瓦礫と土煙に、私は目からのビームを連射しつつバックステップ。駆けつけた我が精鋭の前でブレーキを。
「陛下の事も頼む! アーマンの城下からは一度離脱し、外で陣を」
「承知しました……が、姉上は何をッ!?」
「無論、招かれざる敵の排除をするのみ」
ふらつく陛下を私から受け取ったハインリヒからの問いかけ。これに私は青いカメラアイを瞬かせて背を向けるのであった。