52:敵を引っ掻き回すにはまず味方から
「スメラヴィアの姫たるもの、私も一軍を率いて出陣いたします!!」
アーマン城をひっくり返したフェリシア殿下の出撃宣言。
父たる陛下をはじめとした周囲の制止の声を聞かぬ、引かぬ、省みぬとばかりに振り切って、フェリシア隊はその軍備を整えつつあった。軍勢に加わろうとする冠持ちの申し出のことごとくを本隊に負担は掛けぬと一蹴。絞りに絞った少数精鋭の部隊としてだ。
私、レイアはといえば、陛下に娘を無謀の中からギリギリで救う役を命じられて、お目付け役として精鋭と共にこの少数部隊に組み込まれている。
「ここまでは計算通りですわね。お姉さま」
「まったくとんでもない度胸を見せてくれるものだな。正直、驚かされたぞ」
絢爛な装甲を施された戦闘用の箱馬車。そこから身を乗り出したフェリシア姫に、私は素直な賛辞を送る。
姫君の義心の暴走が生み出した行き当たりばったりな思いつきのようなこの計画。しかしその実態は事前に必要な役者に話を通して練り上げられたものである。
そう。娘を引き留めてせめてもの守りにと私に安全装置を命じた陛下もまた、娘が原案を起こしたこの作戦を承認しているのだ。
「後は上手くかかって動いてくれるのを待つばかり……ですけど本当に内通者たちは動くんでしょうか?」
「それは杞憂だろう。急に差し込まれた計画に奴らの足並みも乱れ、そこかしこであわてふためいているのが見えている。動かないと言うことはあり得ん」
「お姉さまの言うとおりです。それにもしも思い止まったとしても、城塞を攻め落としていってしまえば良いのですわ!」
ハインリヒの口にした不安要素を、私と殿下がなだめる。のだが、私に続いたフェリシア殿下の物言いは鼻息の荒さもあって、反乱軍に占拠された都にまで突っ込んでしまいそうな勢いがある。
確かに私が力を出せば余裕でこなせる話ではあるが。そんなに期待した目で私を見るな。やってしまったら今の皇派が内乱を起こしかねない大問題にしかならんのだから。
もちろんハインリヒが言ったように、この軍事行動の本命は攻略の進行では無い。この動きを餌にして獅子身中の虫を釣り出す。それこそがフェリシア殿下発案の策の肝なのだ。
実際に不穏な動きのある連中は増え、招き入れられたのだろう敵方工作部隊の隠蔽は甘くなり、我が精鋭以外からも捕捉・撃滅の報告が上がるようになった。
そこから芋づる式に内通している冠持ちに辿りついて捕縛もした。
しかしそこまで。規模は少なくなったとはいえ、工作兵の手引きは止まず、こちらの動きを先回りした動きは未だに見える。内通者の根絶やしは未だに完了していないのだ。
「だからここで、このタイミングで是が非でも一掃しなくては! 私狙いにせよ、お父様狙いにせよ、ここが絶好のチャンスとなるはずなのです!」
「私も同意見です。こちらの仕掛けた罠だと察する能力があったとしても、私を連れた殿下の進撃をそのままお見送り出来るはずはありません」
「それこそ姉さんが都を攻め落としてしまいますからね」
ハインリヒの言うとおり。ただ姫君御自ら出陣というだけでなく、私を連れているからこそ我々の動きは無視できまい。少数と見せかけて敵方に大惨事を運ぶ存在がいてはな。
そのまま出陣の準備を整えた私たちはアーマンの街中を半ばパレードのようにして見送られて出撃。目標のエステリオ派に墜ちた城塞を目指して街道を。そうして半日ほど旅程を進めて野営の支度を始めたところで、動きは起こった。
フェリシア殿下の馬車を中心に簡易の陣を組み始めた我らに矢が射かけられたのだ。
「殿下は馬車の中から出てはいけません! ハインリヒ、我が兵と共に殿下をお守りせよ!」
ようやく降りだした矢玉の雨に、私は風の波動をぶつけながら打ち合わせ通りに守りを固めるように指示。勇猛果敢で大胆不敵な策を出してきたとはいえ、殿下自身の武芸は心意気が空回りしている程度であるからな。
襲撃開幕の合図である四方八方からの矢に、私は五人張を放ってお返し。この一矢は弓を捨てて味方に躍りかかる襲撃者の一人を直撃。しかしその後方にいた者はこれを回避、二枚抜きならず。
まさかまさかだ。まぐれ避けかとも疑ったがあの動き、前のに当たったのを見てからの反射でかわしていたぞ。試しにもう一射胴二枚抜きを試してみたらばやはり仕留めれたのは一体のみだ。
「一対一で相手をするな! 相手よりも多い数で三対一……最悪でも二人組で味方の背を守れッ!!」
想定を超えた手練れの襲撃者に私はまた弓を鳴らしながら号令。これが間に合った兵たちは襲撃者をチームワークで仕留めていく。
しかし兵の壁を狭く厚くした事で生じた隙間を潜って私の前にまで迫る者が。
これに私は愛弓を投げつけて抜刀。弓を弾いて躍りかかってきたのを真っ向から切り捨てる。
しかし両断した敵の影に隠れていた襲撃者が振り抜いたところへ。体ごとぶちかましてきたその勢いに私は愛馬の背から脱落。草地の上で転がる羽目に。
そうしながら絡みつきからの短剣を甲冑の装甲でブロック。矢筒に残っていたのをお返しに直刺し。
奇妙に固い手応えを貫いて血飛沫上げたのを放り投げ、その勢いに乗せて起き上がりつつ左に握っていた矢も投げ放つ。
朱染めの投げ槍めいたそれは姫の馬車へ向かおうとしていた襲撃者を串刺しに。合わせて私は自分の兜に落ちてきた刃をその持ち手ごとに切り上げる。
「いつものように私には構うな! 殿下と、その次に自分たちの命を優先。確実に敵を仕留めて生き延びろ!!」
指示をしつつ私はひょいと敵の突撃を回避。合わせて切っ先を詰まんで溜めていた力を解放しての弾き飛ばしでまた一人撃破。
ここで殿下の馬車を中心に守りの陣形が機能し始めたのが認められたので、地鳴りを後に残して敵兵の首をはねる。
私が成った刃の暴風はこの勢いのまま次々と敵を仕留め、三対一でも覆されつつある味方を救ってゆく。
それにしてもこの状況はおかしい。私がいるからと釣り出すためには殊更に隙を見せた方が良いと少ない備えでいた慢心があったことは認める。だが我が精鋭が中核にいながら、数の優位を保てているのに押し込まれる者がいるなどあり得ん。
そうだ。襲撃者がおかしいのだ。練度は我が方に数の優位を許す程度。速さや連携で翻弄して崩すのではなく、ただ力任せにこじ開けようとする程度でしかない拙さというちぐはぐさ。それにあの手応え。斬ったり刺したりした際に手に残る、異様な固さだ。鎧というよりは障壁のようなあの手応えには覚えがある。そう、かつての同胞(機械生命体)を斬った時のそれに似ている。
そうして古い記憶に思いを馳せつつ斬り伏せた敵の胸にキラリと光るモノが。勲章らしきそれは、唐突に内に秘めた波動を放射。直にこちらを炙る物ではないその輝きの直後、斬り伏せたはずの敵兵が、胸に光を灯したままに起き上がる。そのまま力任せに振るわれた腕を刃で受ければ、無機物のレンズのようになった襲撃者の目が見える。
「融機化だとッ!? バカなッ!?」
ありえん。そんな感情を乗せた馬上湾刀で起き上がりの敵を再びに両断する。
あの勲章に扮した波動具でもって人体に寄生。身体能力を大幅に引き上げるものの、適合不全で狂戦士になってゆく。そんな仕掛けなのだろうが、いったい何者がこんなことをやった、できたというのだ。少なくとも活動出来ている同族の波動は感じられていないというのに。
ともかく今はこの襲撃をしのがなくては。そう断じた私はもっとも反応が強い者へ向けて突撃。すると正面には装甲馬車に突き刺さった敵兵の姿が。その背中に私はエナジー・ソードウィップ。生半可な融機体の守りを突き破り、その体内をズタズタに切り刻んでやる。そうして動かなくなったのを引き抜いて中を覗けば、馬車の隅に追いやられたフェリシア殿下と、彼女の盾になっていたらしい弟の姿が。
「あ、姉上……助かりました」
「れ、レイアお姉さま? ありがとうございます」
「二人とも無事で何より。よくやったぞハインリヒ」
打ちのめされてはいる。が、礼を言える程度には弟が無事だった事に、私も安堵の気持ちだ。これほどの素養のある人材を育ても活かせもしないうちに失うなど、もったいなさ極まるからな。
ともあれ一番の大物、操作の中継点になっていた個体だったのだろうを倒した事で襲撃者の動きが一気に鈍る。個体によっては適合不全が悪化してかそのまま倒れる者さえいる。
「殿下。どうやら思っていた以上に大物が釣れたようです」
収まりつつある目の前の状況。これに反して半身の側、用心のために陛下の傍に着けていた機体は、今まさに厄介者に取り囲まれている最中であった。