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51:よくできた弟と妹よ

 東からの日差しに照らされたアーマンの郊外。先導役の騎兵に率いられた我が兵たちが皇軍の本拠であるアーマン城へ行進を。

 この光景を目にして、日の出前から働いていた民衆達からはどよめきが。

 それもそのはず。我と我が兵が引きずる荷が、野盗めいた傷つき薄汚れた集団だったからだ。夜通しの仕事を終えた我が精鋭には私と共に返り血を洗い落とす程度の身繕いはさせたが、荷物が血と泥とで汚れていてはな。

 どよめきの中には、さすがは山賊絶やし。と、私を讃える声も上がる。だがしかし闇と野に溶け込むだろう汚れぶりではあるが、彼らは山賊の類いではない。エステリオやその派閥から差し向けられた工作兵だ。

 進軍の仕方や手段にこだわりが強い皇軍と違い、奴らが手段を選ぶはずが無いと警戒していれば案の定。こうしてアーマン城近くに潜んでいたのを私が見つけることになったというわけだ。

 そうして城門が見えてくるまでに近づくと、軍需物資を搬入する列と合流する事に。

 近隣の町から買い上げられた物資を運び込む彼らもまた、物々しい我らの様子にぎょっと。しかし見覚えのある顔が心配無用と周囲をなだめている。あれは我が領から手配させた兵站部隊だな。ルカ配下の飛行魔獣、魔虫を使役する空輸部隊だ。


「姉上! お疲れ様でした!」


 その内に城門の方から、我が先導の騎兵に連れられたハインリヒが労いの声と馬蹄の音を響かせながらやってくる。


「そちらもご苦労。調子はどうだ?」


「姉上の手配した分は予定どおりですね。他は聞いてた量からは大分少ないですが、取り急ぎまとまった分を第一便としたと言うことで……姉上の予測どおりではあります」


 私の用意したリストに実数を書き込んだものを見せながら報告してくれる我が弟。

 私の代理兼補佐役としてつけた部下も、間違いないとその働きに太鼓判を。


「よくやってくれているな。字もなかなかの達筆だ。生まれながらの貴族の子息にも、ここまでのはなかなかいないのではないか?」


「ありがとうございます。読み書きは母からも基本だからと教えられましたので。これくらいは当主教育の中でも即合格貰ってました」


「まさに賢母なのだな。ハインリヒの母君は。それを疑わずに身につけたお前自身も大したものだ」


 私が思うままに母共々に褒めれば、腹違いの弟は頬を朱に染めてはにかむ。

 しかし本当に大したものだ。母国語の読み書きというのは文官系のスキルとしてはまさしくすべての礎。あえてスキルツリー的に表現するならば、持っていなければ始まらないすべての前提スキルと言っても過言ではない。

 文字が読めるのなら先陣が文書に残した知識を受け継げる。そして書けるのならば得た知識を口伝で届かない時代、場所にまで届ける事が出来る。そして異なる国の言葉を学ぶにも、ひとつの言葉の読み書きが出来ればそれを足掛かりにして学んで行ける。それその物もおおいに役に立つのはもちろん、次の学びにも繋がる技術なのだ。

 この辺り、識字率の高さが当たり前になっているような所ではピンと来ない話ではあるだろうが。

 それを見越していたのだろうハインリヒの母はまさに慧眼の持ち主であったと言っても過言ではあるまい。その真意はどうあれな。私が想定していた以上の有望株としてハインリヒの下地を作ってくれていた事にはいずれ何らかの形で感謝を示さねばなるまい。

 そんな拾い物の人材にほくほく気分でいる私とは対照的に、掘り出し人材の弟はリストを睨んでしかめっ面を見せている。


「あの……姉上、気を悪くしないで欲しいんですが、こんな調子で我々は本当に勝てるんでしょうか?」


「と言うと? 何が不安だ?」


「いや姉上の力を疑ってる訳じゃないんです。多分どれだけ追い詰められても、例えばこの都市から皇軍のほとんどが逃げ出すようなことになったって、皇太子の軍に四方八方囲まれてたって、姉上の傍にいれば死にはしないだろうなってくらいには信じてます。そこのとこに不安は無いです。全然」


「なるほど、よい見立てをしているじゃあないか。それで?」


「だからこそって言うんですか? 姉上とその兵たちでだいたい何とかしてる……出来ちゃってるじゃあないですか」


 ハインリヒは角を丸めた言葉を転がしながら、物資の資料と我が精鋭の引き摺る工作兵らを遠慮がちに目で示す。

 敵の暗躍阻止と、兵站への重大な貢献の一極集中。これをただ自陣営の活躍だと浮かれるでなく不安要素と見られるとは。やはり我が弟は大したものだ。

 組織内で自分たちのグループの貢献度が高いのはもちろん良いことだ。普通であればな。だが皇軍内部においてはその普通の状況ではない。

 名誉の戦死を遂げた勇士と、我と我が精鋭に功績が集中しすぎている歪さ。それは私と配下の能力以前に、旧態依然としたスメラヴィア貴族諸侯の体制によるところではある。だがそれを素直に受け入れ、改められる者などそうはいない。この歪さは組織の不和を育て、最悪表立った敵への寝返りを誘発させかねない。

 そうなってはいくら私が陛下と殿下を守り抜いて生き残らせたとて、残るのは権威を失い崩壊した陛下の体制のみ。エステリオの皇位簒奪が成功する形になる。その後に私が都を攻め落とす流れにはなるが、一度は敗けた形になってしまうのだ。これは良くない。最終的な形はどうあれ、スメラヴィアの内乱が長引いて深刻なダメージを残す結果となる。私がやがては大陸を、星そのものを統一する足掛かりとなるスメラヴィアに無用なダメージを与えるのは望むところではない。

 それを招かないために、こうして裏方に回って派手な功績を上げるチャンスは諸侯に譲ったのだが、ハインリヒが言うとおりにまだまだ不安要素は尽きないな。


「状況が良く見えているようだ。その視野は天性のものにせよ努力によって体得したものにせよ素晴らしいものだ。今後も期待しているぞハインリヒ」


「そう、なんですか? いやーなんか姉上に保護されてからこっち褒められっぱなしで、もう一生分褒められたんじゃって気がしますよ」


「より伸ばすべき長所と意識を割くべき短所。そのどちらも指摘せねば指導とは言えまいが。しかしこの短期間で一生分とはな。私はもっと労いと称賛を送れるものと思っているのだぞ?」


「そう言われたらちゃんとやるしかないじゃないですか」


 私の言葉を受け取る度にハインリヒがはにかむのを繰り返す中、城塞から使いの者が。彼が持ってきた報せに、私は城門を前にしてハインリヒをはじめ配下全員に下馬の指示を。まだまだ馬術に不馴れな弟には手助けをしてやる形にはなったが。


「レイアお姉さま。ならびにお仕えする兵の皆様ご苦労様です」


「フェリシア姫殿下直々の労りの御言葉、ありがたく存じます」


 急ぎで体裁を整えた私たちは迎えに現れたフェリシア姫に揃って頭を下げる。


「楽になさって下さいレイアお姉さま。私と陛下の支えとなってくれている皆さんの働きにせめてもの感謝を告げたいだけだったのですから」


 畏まる私たちにやめてくれと姫は言う。が、ハイそうですかともいかないのが皇家と言うものなのだがな。しかし頑なに畏まったままでいるというのもそれはそれで意向に背く形にはなる。なので私はハインリヒだけを伴う形で姫の傍に寄り、部下たちには夜回りの後片付けをするように指示を出す。自分もそっちが良いなという顔をしてもダメだぞ弟よ。お前は煌冠家の一員なのだからな。

 そうして私たち姉弟を伴ってアーマン城に入るフェリシア姫は、我々が引き摺ってきた敵工作兵をチラリと。そして嘆息をひとつ。


「……兄上は……いえエステリオは父上と私を始末するつもりであんなにも刺客を……お姉さまのお見立て通りに」


「兄妹で敵対する事になった事、同情に堪えません」


 嘆く姫にこう言いはしたが、正直なところままある話ではあるか。かつての世界でも離反者と戦ってきた事であるし、今は人としての実の父と戦っているのだからな。他人は辛く思うものだという理解までしか無いな。


「それにしてもあんなにも……お姉さまの愛馬が不世出の駿馬ではあっても、一晩に回れる範囲には限りがあるというのに……私たちを担ぎ上げている者の中に手引きしている者がいると言うことなのでしょうね」


「お分かりになりますか。まず間違いないでしょう」


 内通者の存在をこの段階で見抜くか。朗らかに民に愛される姫。そう見ていた人物から出た鋭い言葉へ驚きを抱きつつうなずけば、フェリシア姫はさらに痛ましげに眉を寄せる。

 しかしそれもほどなく。フェリシア殿下はハインリヒが慰めの言葉をかけようとしたのに先んじて私を見上げてくる。


「お姉さま。私に考えがあるのですけれど、力添えをお願いできますか?」


 なんとも不安な予感がひしひしとくる要請の文言。だが臣下の身である私として、これをただ拒否することはとても無理だ。

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[一言] >私に考えがある >不安な予感 わ か る
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