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5:魔獣操者

「輜重隊だ! 輜重隊だろうッ!? 物資置いてけぇえッ!!」


 脅しのため声を張り上げた私の放った矢が騎士の兜頭を吹き飛ばす。

 部隊長の死。迫る重装騎馬弓兵の叫びと馬蹄の響き。そしてその後に続いて森から飛び出す目に光のない鉄巨人の強襲。

 この恐怖のドミノ倒しに、食糧などの物資を運んでいた民兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「待てェーッ!? 逃げるなッ!」


「散るなッ!! 戻れ、戻れェーッ!!」


 一撃で崩壊をはじめた部隊を踏みとどまらせようと、声を張り上げる騎士達もいる。が、その声を的に射落としてやれば、離れて行く音の中に馬蹄のものが混じり出す。

こうなればもう勝負は決まり。補給部隊はかろうじて掴めた程度の荷物以外を残して、大量の物資を置き去りにして消えてしまう。

 そうして置き去りにされた物資の内容だが、兵糧となる保存食はもちろん、傷病兵のための医薬品。他には防柵あたりに使うのだろう材木等々……まあ軍需物資として標準的な品々だ。しかし品目の内容はともかく、この量では焼け石に水だろうに。特に医薬についてはまるで足りていない。その上薬品単体では効果が出るかも怪しい呪いレベルの品々だ。これでは助かるものも助かるまい。


「覚悟ーッ!!」


 などと検めていれば逃げた振りをして隙を窺っていたらしき者が。しかしこれはセプターセレンの後ろ蹴りであえなく仰向けに。

 矢筒にやっていた手をそのまま、まだ潜んでいる気配に目を向ける。すると彼らは成功の目は無いと見てか、一番手で仕掛けたのに続く事なくその気配を遠ざけていく。

 騎士の遺骸も残っていればビームで焼いてやろうと思っていたが、逃げるついでに運んでいったようだ。

 まったく賢く正しい判断だ。

 戦いで傷を負えば、それだけ味方に治療という重いリソースを課す事になる。むやみやたらに仕掛けず、返り討ちに会うのを避けた彼らの判断は正解だ。

 それはそれとして、命令されていたのだろう奇襲を真っ先に仕掛けた気概は嫌いでは無い。セレンも上手く加減をしてくれたようで、気絶と打ち身程度だろう。

 というわけで、この人材も物資と一緒にニクスの腕に抱えさせる。

 私のもう一つの機体ボディであるところのニクスは、昔のように大荷物を抱えて動く事ができて実に便利だ。

 再統合リユニオンせずとも遠隔地で働く事もできるしな。

 もちろん分離したままでは性能をフルに発揮できず、およそ二割強のスペックダウンを強いられるのだが、まあ現状の利便性に対しては些末事だ。

 ともかく、奪い取った物資を抱えられるだけ中継地点である隠し場所まで。

 山裾の森、その奥まった木々の繁りに隠された洞窟。その手前に馬蹄と鉄巨人の足音が響いたところで、洞の中から人影が。


「うわ! やっとひと休みと思ってたのに!」


 こっちを見るなりに、茶色い頭頂部の犬耳を寝かせて顔をしかめたこの少年はルカ。丸めた鞭や笛を腰に提げた革鎧姿の彼は垂れ下がった尻尾を揺らしながら私の前に。


「ごあいさつだな。私は別に無理のあるペースで運搬しろとは言っていないぞ?」


「やれと言われたならやらなきゃならんのが手下ってもんでしょうが。ただでさえ魔獣管理はほぼほぼウチのワンオペだってのに……」


「ふむ。テイマー適正のある人材は求めているのだがなかなかな。前に助手からとつけさせたあの者たちは?」


「襲われずに世話する分には問題無しって、まだそんなレベルですよ。拠点から山越え派遣させるような、そんな制御なんてとてもとても……」


「そこは任せられる仕事を割り振り、長い目で見て育てるしかあるまい。優秀なお前のように若くして同等に仕事ができるものばかりでは無いのだから」


「おだてられたって、出来ること以上の事は無理ですよ? 手が回らないならどうしたって何かしら後回しになるんですから……」


 そうそっぽを向きながらも、この犬獣人系魔人族の耳はピンと立って私の方を向き、立ち上がった尻尾も左右に振れている。

 私の配下に加わるまでは、その技能故に認められていなかったと言うのだから、まったくもったいない。種族としての先天的な才では無かろうが、どれほどの益を産み出す才か。少し考えれば分かった事だろうに。


「で、また荷物を運べば良いんですよね? また峠砦のすぐ後ろの村でよろしいので?」


「ああ。そこから先の配分・運搬は別に任せているからな」


 奪い取った軍需物資をもっとも必要としているのは、最前線としてにらみ合いをやっているヘクトルの部隊だからな。その近くに保管して、その余りを分配していくべきだろう。


「おっと忘れていた。彼も運ばせてやってくれ。場所は同じところでいい」


 そう言って私はニクスの腕から物資と一緒に、捕らえていた勇敢な兵をルカの前に。そうして彼が真っ先に私に立ち向かう程に勇猛な士である事と、我が陣営に鞍替えするように説得するように記した書状の用意を始める。


「まーたホイホイ拾ってきて……人間一人でも鎧着てるのって結構な荷物なんですけど?」


「それはもう、どこに拾い物が落ちているか分からないからな。今この場にいるルカのように」


「……そうやってまたおだてて……まあ任されちゃあ仕方ないですからね」


「うむ。皆頼りにしているからな」


 そう言って炭筆で書き上げた書状を渡せば、ルカは腰の笛の一つを吹く。

 細かなものの震える虫の羽音にも似たその音色に続いて、それと似たより大きな音が洞窟の奥から。

 空気を震わせながら飛んできたそれは魔虫の群れ。それも一匹一匹が私の掌ほどもある、ふさふさとした毛に覆われた蜂の大集団だ。

 サイズも数も凄まじいので虫嫌いには気絶ものの光景だろうが、図体のわりに顎のコンパクトな顔は愛嬌がある。


「よーしよし。また重たいけど頼むなー。次で待機組と遠征班交代するし、花の畑も増やしてもらうからなー」


 ルカはそうして大蜜蜂の群れへ声かけ。その合間合間に笛を聞かせつつ、笛を持つのとは逆の手をかざしてゆるゆると回して見せる。

 見るものが見れば、その掌からは蜂たちに浴びせられるエネルギーの波が見える事だろう。

 これこそ彼の波動法。獣と意思を通じ合わせる術だ。


 さて波動法とは。波動術とも呼ばれる世界に、そして生物の体内に波打つ魔力キーナを操り用いる力だ。

 以前に私が矢の雨を押し止めたのもこの波動術の一種だ。いや、厳密に言えば私にとっては術法というよりも呼吸に近いものだ。

 というのもこの魔力キーナ、呼び方はともかく今も昔も私の機体を動かすエネルギーなのだ。

 全身で波打つエネルギーを収束、刃や砲撃として当たり前に扱ってきた。むしろむやみやたらにばらまかないようにするのに意識しているほどだ。


 ともあれ、今のルカは自身の波動を相手の体内に波打つエネルギーと干渉、同調させて対象を味方にする術を使っているというわけだ。

 私では実力とエネルギー量の差で分からせる事しか出来ない。彼がやるようにヒトと仕事の交渉をするようにはいかない。もっとも、私による分からせをした上でルカに交渉をさせた共同作業になったことも無いではないが。


「そんなわけで今回はこれだけ前と同じ場所に運んでな。そうしたら交代で。そうそう人間も一緒に乗せてくから、くれぐれも落とさないように」


 そうしてルカの指示を受けた蜜蜂たちは私が運搬依頼を出した品を乗せた布の縁に止まると、タイミングを合わせて羽を震わす。

 完全に同調し、巨大な一つの羽音を鳴らす蜜蜂たちは敷布で積み荷を包むようにして浮かび上がり、吊り下げる形で空へ。

 そしてそれに続いてルカもまた全身を蜂の群れに持ち上げられる形で浮かび上がる。が、その途中で思い出した様に停止を。


「あ、そうそうミントから渡すようにって頼まれてたのあったんだよ。まったく人使いの荒い主従なんだからさぁ」


 ルカはぶつくさと文句を言いながら、雷嵐と女ケンタウロスの紋章図を刺繍した包みを取り出すと、蜂に下げられたまま私の手元まで持ってくる。

 包みに遮られても漂ってくるこの甘い香り……これは胸が高鳴るものだ!

 ワクワクに煽られる気持ちを押さえつつ渡された包みを開けば、中身は果たしてパンであった。それもハチミツをたっぷりと使い、チーズと野菜を挟んだ具沢山のだ。

 忠実なる第一の側近からの差し入れに、私はルカへの感謝を手短に一口。

 ハチミツベースのソースを吸った固めに焼かれたパン。それが一緒に含んだ具材と混ざりあい、香草の香りとも合わさってほどよく甘塩っぱい幸せを口の中に。

 やはりこれだ。かつて鋼のみの体だった頃には無かった食の感動。新鮮なもの、馴染みあるものそのどちらであっても、色合いの違う衝撃を何度も私にもたらしてくれる。


「まったく。弁当一つでこんなふやけた顔になるんだからずるいよなぁ……ああ、そうそう。感激に浸ってるとこ申し訳ないですけども、ミントからのお届けものはそれで半分なんで」


 ルカはそう言い残すと、従えた大蜜蜂の群れに引っ張られるまま荷物と共に山の方角へ。

 これで半分とは? という私の疑問だが、その答えはすぐに分かった。

 ハニーサンドを覆っていた包みに厚手の紙が挟んであったのだ。

 それにはミントの字で、敵の補給線荒らしも大事だが、別の仕事も溜まっているぞとのメッセージが。

 ふむ。たしかに少々運動に勤しみ過ぎたかもしれん。奪った物資の運搬を済ませたなら急いで戻らねば。

 どうせ襲うべき追加の補給部隊が来るのはしばらく先。物資集めと部隊の編成を完了してからになる。我々の監視網に動きが察知できてからでも充分に間に合う。


「皆の仕事を滞らせる訳にはいかんからな。急いで戻らねばな」


 そう自分に言い聞かせて、帰還の催促をするほどに焦れた忠臣からの贈り物を齧り齧り、愛馬と車になった機体ニクスを仕事場に走らせるのであった。

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