48:逃がした魚は大きいが……
「かかれ! かかれ! 愚かな先代を逃がすな!!」
「所詮は城を追われた敗残兵と、辺境のはねっかえりの寄せ集めの寡兵! 先代を惑わした魔女もろともに押し潰してしまえ!」
我が矢を受けて馬の上から吹き飛んだ騎士。その光景に怖じ気づいた兵を鼓舞すべく騎士が必死に声を張り上げ、尻を叩く。
そのやかましい一人の口を、また投槍じみた矢でふさいで、私は背後を一瞥する。
鞍上から敵兵へ矢を放つ我が精鋭達。ここまでよく私の強行軍に従い、脱落せずに強行突破をしてくれたものだ。だがさすがに馬たちが足を止めてしまっている。
無理もあるまい。道中で交代できる馬のあてが無かったがために潰れぬようにペース配分はした。が、スタミナと自己再生ベースの身体強化を操れる魔獣馬とて限界はある。足が鈍っていては、私の誇る精鋭とはいえもはやポテンシャルのすべては発揮できまい。
「生き残った近衛らと連携。陛下と殿下をお守りせよ。包まれるなよ」
「わ、我々はまだ! それに陛下と殿下には近衛に加えてレイア様の鉄巨人がおります!」
なんと篤い忠義か。どうなろうとも私と共に戦おうというその志は得難いものだ。それゆえに、ここで手放すのはもったいのだ。
「だとしてもだ。そう言ってくれるお前たちが頼りだからこそ、陛下と殿下をお任せしたい。私が後方に憂い無く戦えるようにな」
確かに私の中であれば陛下たちを生き残らせるのは簡単だ。しかしここまでで生き残れる腕利きの近衛たちも、生き残れるだけ大したものという状況を潜った後だということだ。そして彼らも今後に必要な大切な武力。生き残れる者は増やしてやりたいではないか。
私の信と自分達の跨がる愛馬の状態。それを見比べて判断の出来ない精鋭ではない。彼は悔しさを滲ませながらも、私の指示にうなずいてくれる。
「……ご武運を! いざと言う時には何があっても陛下と殿下のお命はお守りします故……!」
「それでは私は大損だが……頼むぞ」
必要ならニクスを手元に呼び寄せるように。そう暗に伝えてくる忠臣に鼓舞の言葉を下賜して、私は呼び寄せていた青毛馬の鞍上に。そして最後の一矢をつがえて愛馬の腹に合図を。
地鳴りにも似た音を響かせ駆け出す我がセプターセレン。これに怖じけたか敵方から火球の雨が私へ。
術兵か、さすがに都近郊。火力は申し分無いが遠征するには行軍能力に難を抱えがちな兵科であっても充実しているか。
だが私は真っ向から迫る炎の弾幕に声を。もちろんただの声では無い。我が力を乗せて大いに大気を波打たせた波動は真っ向から火の玉たちをかき消す。
もろともの絨毯爆撃で仕止めるつもりだったのだろう。それだけの弾幕が強風を浴びたろうそくの火のように消えた事に反逆者どもが絶句を。そのタイミングでもっとも大きな火の玉を出した術士を狙って矢を……放ったつもりだったのだが、我が手を離れた矢は術士でなく、彼らに号令をかけていた騎士の兜首を吹き飛ばしていた。どうも私のケチ根性が出たようで、矢に躊躇いが乗ってしまった。
しかし血飛沫を上げた派手な遺骸の発生で術士団に動揺が走ったのは良し。止まらずに疾走する鞍上で私は五人張を鞍の脇に引っかけ、抜き放った馬上湾刀でもって馬上の反逆者を切りつける。
すれ違う勢いを乗せた斬撃に、悲鳴を上げる間も無く絶命した騎士を皮切りに、私は刃渡りの届くラインにいる敵を薙ぎ払っていく。雑兵を蹴散らし進む我が愛馬の勢いがあれば、刃を伸ばしておくだけでも草刈りのように敵が倒れるというもの。
そんな暴力の嵐と化した私の正面にまた不穏な波動が。伸びて我が太刀と腕に絡みついたそれは光の鎖。なるほど、躊躇い動きを鈍らせれば良し。勢いに負けて落馬するならばなお良しと。騎馬突撃する猛将相手には満点の戦法だ。普通であれば、と枕につくがな。
「こんななまっちょろい術で私が縛れるかッ!!」
我が肉体の内に迸る波動。これを少しばかり強めて巻きついた縛鎖を押し返して振りほどく。傍目には力任せに魔法の鎖を引き千切ったようにも見えるこの動き。目の当たりにした敵は愕然と、化物でも見るような目を向けてくる。
実に心地よい。敵からはもののけと、味方からは守護神の如く畏怖されてこその力よ。
そうして振りほどいた勢いのまま、波動を乗せた剣を右左と振るって敵陣を切り裂く。
「ええい! 止めろッ!! なんとしても止めろッ!! アレさえ討ち取れば後は先代を捕らえるのみ! そうすれば褒美は思いのままだぞ!!」
そんな必死に兵を働かせようと喚く声に目を向ければ、そこには一際豪華な旗を掲げた将が。
「雷と青毛馬」の紋。それは紛れもなく父テオドール本人。反乱軍に参加しているとは聞いていたが、まさかこんなにも早く遭遇する事になろうとはな。
ここで敵の勢いを挫く最適解を見つけ出した私は、見慣れた旗印を目掛けて愛馬を走らせる。
父の側も当然私の突撃に気づき、私を近づけさせまいと方々に合図を。
急拵えの槍襖にセプターセレンが跳躍。大柄な上に甲冑を重ねた私を支える巨体は軽々と槍を押し退けて兵の頭上を越える。
そして越えた先に控えていた矢の防御射撃を波動の放出で押し退ける。
二段構えの守りを無傷で突き破った私は、重厚な馬蹄の響きを残して突撃。父の背中を追いかける。
当然これをさせじと割り込んできた騎士たちに太刀を見舞い、その盾と鎧ごとに命を馬上から落としてやる。
次々と騎士が倒れる中、我が連撃の隙間を狙って槍が。この見事なまでの武勇のこもった一撃を私は小盾型の肩鎧で滑らせ、手綱の持ち手で摘まんでいた切っ先を弾き飛ばして槍持ちの腕を斬り飛ばす。
「誰か!? 誰かいないかッ!? 先皇陛下を惑わした魔女だぞッ!? 討ち取れば褒美は思いのままなのだぞッ!?」
朽ち葉のように散らされる足止めの兵や騎士を振り返って、父は半狂乱に私に立ち向かう勇者を求める。
その叫びを上塗りする形で、私は指先に練り上げた波動を発射。威力不足のフラッシュブラストはおずおずと私と父の間で槍を構えた兵たちを吹き飛ばす。
さすがに一体化中のように目から牽制射撃のつもりで気軽に連射とはいかないが、生身でも光礫の波動術として放つ事は出来るのだ。
しかしそんなレベルであっても折れていた戦意を踏み潰すには充分。生半可な兵では父の命よりも、今この瞬間の我が身かわいさが勝って動けなくなる。
後は一直線。反乱軍に与した父の首をここで取る!
と、意気込み刀を振りかぶった私に、横合いから鬨の声が。
「父上をやらせるかぁああッ!!」
テオドールを父と叫ぶその声はただまっすぐに、武器を構えるでもなく私とその愛馬へ。技術どころか、ただ走るので精一杯の突進。これを私は急な方向転換でスレスレにかわす。
鎧がかすめ合う程のすれ違い。そうして真横をよぎったのは良く磨かれた兜頭の少年。しがみつくように馬上にいる彼は、馬に振り回されるままに遠くへ。
「わ、若様に続け! 続けー!!」
だがそのまま駆け去る少年を追いかけるようにして、止まっていたミエスク本家の騎士たちが私を狙ってくる。
あの少年、恐らくは我が腹違いの弟か。まぐれ当たりなのだろうが大したものだ。我が威に縮こまっていた者たちを奮い起たせるとはな。父よりもよほど当主向きではないか?
さておき弟につけられていたらしい騎士は斬り伏せた。が、その間に父には遠くに逃げられてしまった。
ここでテオドールを仕止められなかったのは惜しい。惜しいがしかし、暴れる馬と共に陸の上で溺れている我が弟を確保することで良しとするしかないか。