47:間に合わせる!
激しく馬蹄の音を響かせる一団。その先頭を白銀の車体に青の差し色を入れた四輪自動車が駆け、それに続く形で私と愛馬セプターセレンに率いられた騎兵団が走る。
その数、わずか三十騎。規模としては一小隊程度でしかない。
しかし揃っている人材の数と質に対して広まりすぎた我が勢力下において、私の急行についてこれる精鋭となるとこれが精一杯の数だ。しかも今強行軍で進んでいる道も獣道を整えた程度となればなおのこと。
皇都に繋がるパサドーブルの主街道。広く整えられて治安も良いこの道は、すでに父の残した軍勢に押さえられている。強行突破出来ない事もないが、我が騎兵小隊のわずかな損耗も避けたい身としては迂回せざるを得ないのだ。
そう。父テオドール……ミエスク本家の軍は謀反皇子エステリオに付いた。ヤツと示し合わせて軍を動かし、都の包囲に加わっていると言うのだ。ということはつまり、我が領地から皇都への上洛ルートは主街道に限らずに封鎖されているということになる。私でなくともそうする。
道中でメリンダ先生と親しいエピストリ神官から受け取った情報だが、まったくよくもやってくれたものだと感心する。こうなると父がプレゼントだとばかりに私が勢力図を広げるような動きをしていたのも、皇都を落とすための布石であったのではと疑わしくなる。加わったばかりで治安に不安のある土地に、背景や人格も不明で古参から謀反を疑われる新規参入の人材。これらを抱えさせて私の足を鈍らせようと。
そうして私が身動きの取れない間に、後ろ楯となっている皇を落とせば、大手を振って私を謀反者として全軍で叩き潰せる。そんな幸せな勘違いをしての事だろう。仮にそうなれば逆に私は何も憚ることなく、覇道の足掛かりとなるパサドーブル州都の奪取にかかるというのに。奇しくも皇子が父皇から簒奪劇を仕掛けた今回のようにな。
しかし現状ではまず陛下と共に囲まれたご家族を救出せねば。大義名分が無くとも戦うことは出来るし、後先にでっち上げる事も出来る。が、ケチがつけば余計な手間が増えるのだからな。
というわけでなんとしても陛下を救出しなければならないのだが、我らはわずか三十騎とはいえ、万夫不当の私が率い、その私がついてこれると信じた精鋭だ。いかな困難とて蹴散らせるとも。
そうして躊躇無い強行を続ける我らの正面に、血風が吹き付ける。
皇家の紋章を掲げ、護衛を連れた大馬車が車軸を軋ませ走り、それを声を上げて追いたてる兵たち。足止めにと振り返った護衛兵が槍を受け、倒れたその身を追手が踏み潰していく。
皇は脱出されていたか! ならばやることは決まった。
「征くぞ征くぞ征くぞ!!」
馬蹄の響きに負けぬよう、我が精鋭へ鼓舞の叫びを上げつつ私は鏑矢を発射。猛禽の嘶きにも似た音を引いて飛ぶ矢は、馬車を追いたてる騎士の頭を横殴りにする。
「聞こえたのならば知っただろう! レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクである!! 皇に手向かう反逆者ども! 死を恐れぬ者だけが戦場に残るがいいッ!!」
芝居がかった名乗りと共にまた馬車を追う騎士へ鏑矢を浴びせる。
この一連の登場劇に、獲物を追いたてていた反乱軍の足が一気に鈍る。
「ば、バカな! 何でこんな所に!? こんな早くにッ!?」
「賊絶やしのレイア!? ミエスク煌冠が足止めしたってウソだったのかよッ!!」
「ヒイイッ!! 射られたのが、し、死んじまった……死にたくねえ! 俺は死にたくねえよぉッ!!」
「死の矢が、死の矢が音を立てて飛んでくるぞぉおおおッ!?」
そして逃げ出す反乱軍。蜘蛛の子を散らすようとはまさにこの事。私は離れていくそれらを精鋭と共に牽制しながら、皇家の馬車を保護するべく愛馬を寄せる。が、この動きを御者と中から出てきた手が制する。
「レイア様! 救援感謝いたします! しかし共に脱出する手はずの者たちとはぐれてしまっております! 頼ってばかりで心苦しいのですが、彼らにも救いの手を伸ばしては下さいませんか!?」
うむ。味方の損耗が避けられるなら避けたいだろうから何もおかしい話では無い。助けるべきがまだ存在すると聞いた私は二つ返事でこれを請け負おうとする。
「……本物の陛下と姫殿下は別の馬車で逃げております。我らは影武者役……囮なのです」
が、そこでごく近くにまで近づいた護衛兵から囁き伝えられた話に手綱をさばきかけた手が止まる。
なるほどそういうことか。確かに馬車の中から感じる波動は別人のものだ。
陛下ほどの貴人の脱出となれば、敵の目を惑わす細工はいくらしてもし足りない。同時に複数が別々に脱出。追手を分散させる程度の策はやって当然だ。
不幸であった事は私の救援がその影武者殿にかかってしまった事。だが幸いなことに、陛下もまた別ルートで都を脱出している事は分かった。
「あい分かった! お味方の救援を急がせてもらう! どうか御無事で!!」
影武者の馬車が聞かされていた合流予定地点だけを確認した私は本物の救出に急ぐべく愛馬と部下を走らせる。
都から脱して聞かされた合流地点に向かうためのルートを半身のナビも併用して検索。さらに波動を探るレーダーの感度もアップ。知っている波動の持ち主にたどり着く最短ルートを疾走。そうすればほどなくまた近衛に守られた馬車とそれを追う反逆者の軍勢の図が正面を横切ろうと。
しかしこちらは先ほどよりも旗色が悪い。隠密を重視したのだろう馬車は、皇族用のものと比べてシンプルかつ貧相。引く馬も優駿とは呼べまい。そんな皇は乗っていませんよと主張するのを徹底したのが仇となったか、商家の護衛程度に偽装した近衛たちも一人、また一人と脱落。馬車の車軸を狙う騎兵に今まさに取りつかれようと。
「そうは問屋が卸さんがな」
私の放った矢が追手の騎兵にヒット。鎧胴から太く長い矢を生やして落馬する。が、逆側にも取りついていたらしい兵の一撃が馬車の車軸を破壊。三輪にさせられた馬車はバランスを崩して牽き馬もろともに横倒しに。これはまずい!
「ニクス! リユニオン!!」
馬車とその乗員の危機に、私は叫び半身を呼び寄せ一体化。機体を満たす波動エネルギーが回すモーターとギアを唸らせ加速。その勢いに任せて馬車へ飛びつく。が、当然馬車にぶちかます訳は無し。その上を飛び越えつつ変型。同時にエナジー・ソードウィップとフラッシュブラストを放って倒れた馬車に群がりつつあった反逆の尖兵をなぎ払う。
「無事かッ!?」
「は、はい……その声は、レイアお姉さま?」
壊れた馬車の横を剥がして覗き込んだ私の顔に、フェリシア姫殿下は青い目をぱちくりと。しかし安否を問う声に私の存在を感じてか強張っていた表情を安堵に緩める。
「いかにも! 凶報を聞きつけ駆けつけたが、最悪の前には間に合ったようで何より!」
「はい! 危ない所に駆けつけてくださって感謝いたします!」
「おお……レイア嬢。このような、皇家の恥を晒す事になろうとは……」
「何を仰います陛下。こちらこそもっと早くに駆けつけられたのならば、ここまでの暴挙は許さなかったものを……口惜しい限りです」
ひっくり返った際に娘を守ってそこかしこを強かに打ちつけたのか、弱々しい陛下を姫殿下共々に壊れた馬車から出してやる。そうして私は分離と同時に半身を車へ変形。その車内へ皇族の父娘を導く。
「この中であればまず安全です。私と思って頼りにしていただきたい」
「レイアお姉さまはどうされるのです?」
「無論、反乱軍に一当て報いをくれてやるのですよ」
我が半身の窓。そこから覗く不安げなフェリシア殿下の顔に私は微笑み返して、皇族の命を狙う反逆者どもに向かって五人張を放つのであった。