46:一難去って、か
「いや美味い! こりゃあ美味い! 降って以来何度もご馳走になってはいますが毎度驚く程に美味いですよこれは! こんな美食にありつけるだけでも降った甲斐はあったってもんでさ!」
「喜びは結構。だがそんな程度で降り甲斐があるなどと喜ばれるのは心外だな。私は民の一人一人を日々の食の工夫を楽めるまで富ませてやりたいと思っているのだからな」
「だからこそですな。それを楽しみにしていて、その手段をレイア様が持っていると確信したからこそ、俺も下に着いたが勝ちだと踏み切れたってもんで!」
調子の良いことを言ってまた食事に、魔猪の燻製肉に玉子衣を纏わせ焼いたモノにかぶりつくボルゾー族長のアジーン。
今私がいるここは彼の館……正確に言えばレイア領ボルゾー区の行政官庁となるか。
先の茶番劇からおよそ三月。私は新たに加わったこの土地と我が本拠を行き来する生活をしている。
さすがに管理役はそのまま。傘下としての義務を果たせば良いと丸投げするには、アジーンのやらかしは我が譜代からの不信を買いすぎているからな。
そもそもがアジーンに、区のまとめ役を任せたままにする事すら、ミントやヘクトルらから反対意見が上がった程だ。無論人材不足は承知の上で。
最初に強めに当たってから後は流れでとの茶番。その後にアジーンから聞き出した事によれば、ボルゾーに色々と働きかけていたのは、やはり父テオドールであったと。私のラックス近郊の統治に問題を起こさせるようにとの指示に、私に反感を抱いていた者たちが食いつき、アジーンも乗るしかない流れを作られてしまったのだと。
私への反感というのは私が思い至った通り、半端に打ちのめした上で、経済攻撃を仕掛けていた事による煽りによるものだ。そう判断した理由は比較的穏便に向こうから降らせ迎合させるとか、当時の我が軍が少数精鋭に過ぎて展開能力皆無であったとか、色々とあった。あったがしかし、結果で言えば実に中途半端な、無理してでも武力掌握していた方がマシだった可能性まである形になってしまった。そんな今回の流れそのものは、今後を想定するサンプルとして記憶しておくとして、このボルゾー一族が父に与した話の続きだ。
その協力の一環として、魔獣を狂乱させる煙玉がパサドーブルに流れて騒動を起こし、私を恨む一派がルシルデストロムを暴走させる自爆同然の行為に至ったのだと。
で、その後始末に動く私に、前々から私と組もうと考えていたアジーンが自ら降ったと言うのが今回の顛末であると。
「目立つ反対勢力の整理はつけておいてくれたおかげで多少はやりやすくなっていて助かるがね」
「それすらやってないようじゃあ、俺の首も飛ぶ側でしょう? 誰だってそうする。俺はそうするってなもんで」
そう。降るにしてもアジーンはやることはやっていた。しかし降る流れが流れであるだけに、まあ私の忠臣達から心配と不信の声が高くなるのも当然ではある。
私個人としては、アジーン自身の権力を保つ打算が第一であったのだとして、行動に移して成功させられる胆力。降ってでも私を味方につける判断力は高く評価している。もっとも、それ以外についてはあくまでも地元の顔役を任せられるかといった程度。実務をこなす補佐役を急拵えにでもと育てている最中だ。
なにせ弱体化から頻発するようになった周辺部族らのちょっかいやら、流出した煙玉で暴走した魔獣やら。これらでアジーンからお預けしますとされた土地は荒廃の最中。勢力回復のための仕事をこなせる人材にも乏しい。直に面倒を見なくてはならなくもなると言うものだ。
この辺りを直感的にせよ想定してにせよ、察していて私に降ったのだとしたらなお大したものだ。アジーンの評価を二段階ほど上方修正する必要が生まれるほどの。
「んじゃあそういう事で。俺ってば冴えてるもんで、手に負えない事はなんとかできる人にお任せしちゃえばいいやってピンと来ちゃったんですよねぇ」
「ぬけぬけとよく言うものだ。その図太さは嫌いではないがな」
「お褒めにあずかり光栄です!」
「うむ。ついでにもうひとつ褒めておくが、私の課している兵の訓練をよくこなさせているな。そしてそれを活かした治安回復も。今日からこれをやれと言われて素直にこなせる者は多くあるまい。特に私の訓練メニューは大概の新参にはキツすぎるとの評判だからなおのことな」
例外であるメイレンは我が精鋭に混じって本人は涼しい顔でこなした上で、自己鍛練を重ねていた。が、我が兵の質の高さには驚きと納得を見せていたものだ。波動で直感的に身体能力を高める事に長けた獣人型魔人族にとっても厳しいモノには違いあるまい。
「重ねてありがてぇこって。しかし、別に難しい事じゃないってもんでさ。レイア様の一騎当千じゃなく、兵の一人一人の質の差を見せつけられたならやらなきゃってもんで」
まああの寄せ集め傭兵ども、腹を見せるまでボコボコにしてやったからな。改めてアジーンに預けた軍の一員として食いつく根性の持ち主は我が正規の兵として雇い続けているのだが。兵として脱落した連中にも興味とやる気があるなら任せる事は山ほどあるから手放してはいないがな。
「そのおかげで賊が増える事がなくて助かってるってもんで。いやさすがですな」
「質を上げて再編するのならあぶれる者が出るのは必然であるからな。もっとも、それを理解して、合わせて雇用を用意するというのは時機の助けがいる場合もあるがな」
山賊、野盗の職歴となると、放逐された騎士、兵士、あるいは食いつめた傭兵が中心となる。彼らを充分に養うだけでも治安維持に高い効果がある。
問題は、軍人としての職にあぶれる彼らの中にも読み書き計算の出来ないのがありふれているということだ。
現状は幸い人手の必要な単純作業の工事も多いし、他に私の作った産物を生産する仕事もある。しかしマニュアルが読める、基礎でも算術が出来る。それだけでも基礎部分の職業訓練の効率が跳ね上がるのだが、と思わずにはいられん。
この辺りは彼らの育ち、充分な教育の受けられなかった環境が原因である。だから若いの、意欲があるのを中心に基礎教養だけでも教育していく方針である。が、教育が出来る人材も私が求めるほどには揃っていない。この辺りは私が生み出した改革の流れの早さによるものであるから仕方なし。しかし文盲の撲滅は急務である事であるから悩ましくもある。その為には読み書き技能の需要増大と普遍化の促進も必要になるので、そっち方面の技術革新とそれに伴う雇用調整も起きるからな。
私の支配域が広まるのはいいが、少々私の予想していたペースとは異なるのが悩ましいな。父からのプレゼントされるのが多すぎて、ペースも早すぎるのだ。これならばいっその事、スメラヴィア全土を私のフリーハンドで整えられる権限が転がり込んでくれば良いものを。
「急報! 急報!! レイア様、一大事です!!」
「なんだ!? レイア様はお楽しみの食事中だぞ!?」
「良い。どんな報せであれ早くに知れるのはありがたい。して、どのような?」
血相を変えて飛び込んで来たフンドの伝令を促して聞き出した報せはまたとんでもないものであった。
スメラヴィア皇太子挙兵。スメラヴィア皇位継承を宣言し、皇都を包囲、と。
まるで意味が分からんぞ。待っていれば転がり込んでくるポジションをなぜわざわざ強奪に行く? しかもどうしてこのタイミングで動く?
まさか私が転がり込んで来てくれれば良いものを、などと考えていたからではあるまいに!
「すぐに兵を出すぞ! まずは出られる者だけで構わん!」
ともかく、国が荒れるとなれば今すぐにでも駆けつけねばならん。事は一刻を争うぞ!