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44:糧と生を嚙みしめるが良い

「なるほど。だいたい分かった」


 湖主魔獣ルシルデストロム狂化事件の犠牲になったレイクハウンド。その生存者からの聞き取り調査。加えて被害跡の片付けに平行して見つかった痕跡からいくつか分かった事がある。

 第一に、魔獣を狂わせたのはフンド族の者であったということ。

 この地の代表たるボルゾーの一族の紋を身につけた者たちが村を訪れ、湖に何かを投げたり注いだりとしていたと。

 生憎と現場を目撃していた人物はこの証言を生存者に残して亡くなっていて、又聞きの形になっていること。ボルゾー一族の遣いが訪れていた事そのものは他の者も知っていて、裏付けになる旗の残骸も存在するが、それが偽装でない確証はない。という問題はあるが。

 第二に、ここから一番近くにある町、ボルゾー一族縁の者が詰めている所に救援を求める伝令が走り、危険を報せる狼煙も上げていたこと。

 伝令が辿り着けていたかは別になる。が、狼煙があった以上は、やはりレイクハウンドの民を救おうとするなり何かしらの事件が起こっているのかを確かめようと物見を出す動きもしていない事がハッキリとした。

 為政者から派遣されたらしい怪しい動きをする人物たち。火急の報せに鎮火を待っているかのような静観ぶり。この二つを合わせると、レイクハウンドを犠牲にするつもりだったのだという疑いが濃厚になる。


「長々と話をさせてすまなかった。炊き出しを受け取って休むといい。野営用の天幕テントで、我が家のような寝心地とはいかないだろうが」


「い、いえ。魔獣から息を殺して隠れてた倉庫とは比べ物になりません。ありがとうございます」


 私の軽口にも恐縮しきりといった風な犬耳魔人たちが私の天幕を辞すのとすれ違いになる形で、メイレンが私の食事を運んでくる。

 木製の盆に乗ったそれは、スープボウルと皿が一つずつ。平たい無発酵のパンと、柔らかく煮込まれた野菜と湖で獲れるエビと魚のすり身団子のスープだ。

 ラックス村特産の苔食い魚の魚醤。これで塩味と旨味を乗せ、体を温めるジンジャーベースのミックススパイスを足して味つけしたものだ。行軍中は干し肉をタンパク質とするのだが、今回は湖畔であるからな。生存者の胃腸の具合も鑑みてなるべく重たくならないように、とな。

 そう。彼ら生存者への炊き出しも同じメニューだ。私だけのトップ特権料理ではないぞ。


「そちらにも同じものを出すように指示している。火から外してはいないはずだが温かい内に味わうといい」


 よだれが溢れかけていた生存者らにそう声をかけたなら、彼らは改めて私とメイレンに頭を下げていそいそと炊き出しを受け取りに。

 うむうむ。私自慢の食事であるからな。期待を膨らませたまま楽しむとよい。そして今日だけの特別であると思ったところで、日常になる事に腰を抜かすがよい。


「……レイア様も冷めない内に楽しんでもらいたいな」


「それはすまなかった。いただこう」


 私のこの宣言を待っていましたとばかりにミントが現れ、メイレンから受け取った膳を中心に私の前をテキパキと食卓に整える。

 それに続いてミント、そしてメイレンも天幕の入口側に自分達の膳の支度を。

 私、レイアの下では仮設の拠点だということもあり、近侍の者たちには同じ時に同じ食卓に着くことを認め、勧めている。わざわざその為だけにスペースをこじ開け、時間をずらすなど非効率であるからな。もっとも、TPOは弁え、侮られてはならない相手を招く場合には別であるが。

 ともかく我が料理人の用意した食事である。食前の祈り……かつての顔見知りに捧げていると考えると複雑な気分にはなるが……それをキチンと行ってから湯気の立つスープに匙を。

 旨い。柔らかくとろけた野菜たち、特にスープをたっぷりと吸い込んでとろとろになった根菜が崩れて、豊かな味わいがジンジャーベースの香りと共に口の中を満たす!

 その味わいが舌で転がっている間にすり身団子を口に。ルシール湖で獲れたエビと魚を滑らかに擂って練った魚肉団子はふわりとした口当たりで、また練り込まれた香味野菜と香草の風味が次を含むようにと促してくる。

 だが私は焦らずにここで無発酵パンを一千切り。香ばしいカリカリの焦げ目とふっくらと焼き上がった部位。異なる食感を併せ持つこれに口の中でスープの旨味を絡ませてゆく。

 ああ、なんたる。なんたる感動か。試作はしているが、大鍋で作られているがためかより多くの旨味を含み、回数を重ねた事でさらに味わいが洗練されている。

 この感動が、喜びがまた私に生身の肉体も併せ持って良かったと実感をさせてくれる!

 その感動に震えながら、次は無発酵パンにスープを染み込ませ、しっとりと旨味を含ませて口へ。これも噛みきるのに合わせてじゅわっと広がるスープの旨味がまたたまらない!

 この旨味を決める苔食い魚の魚醤フィッシュソース、ラックスの地に入ってすぐに作らせた調味料であるが、手前味噌ながら自慢の品だ。

 塩漬けにして腐敗させないようにした上で、水産物の内臓に含まれる酵素と乳酸菌による発酵に任せる。そのシンプルな工程で作られるだけあって、魚醤そのものは古くからの、ルシール近郊に限らず、プライム大陸全土、いやむしろヒトの生活圏すべてに存在するありふれた物だ。

 だが私自慢の逸品は、材料にする魚の種類を苔食いのに統一させたものだ。

 その結果これまでの魚醤と比べて、匂いのクセが皆無と言って良い仕上がりとなり、しかししっかりとした旨味と塩味の濃縮されたソースとなった訳だ。おかげでちょっとした高級調味料として高値もついている。

 まあ原料の魚そのものが美味しいので、魚醤とするのを惜しまれるのが……私自身も自分で釣ったら正直ちょっと惜しい……となるのが玉に瑕か。

 ともあれ、他所では重宝・高騰しているとはいえ、産地であるラックス付近であれば地産地消。ちょっと良い魚醤に過ぎん。

 と言うわけで私の手はこの美味なるスープを次々と匙ですくい、それを迎えた口は旨味を噛みしめながらも、速やかに次のスプーンと旨味を含んだパンを受け入れるのだ。


「見事だメイレン!  追加を!」


「……その食べっぷりに加えて言葉でもお褒めいただき光栄だ。やはりレイア様の下はワクワクと手応えに溢れているな」


 ミントが給仕役として私の器におかわりを入れてくれる一方で、メイレンもまた自前の器に継ぎ足しを。

 が、それは器と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きく、広く、深く。それはまさに桶であった。

 そして彼女はこれまた山盛りに盛った無発酵パンと共に、その桶の中身も器を削る勢いで平らげて行くのだ。

 私とて自分が並外れた健啖家である事は自覚している。が、メイレンのそれには正直脱帽ものだ。

 彼女の強靭な……猿獣人型魔人種という純粋な生身の人類種として並外れて強い身体を作るのに必要な栄養だと言われれば、それはそうだ。そうしてその肉体作りのための食事にも凝り出した結果、武道家兼料理人という形に行き着いているということだからな。


「……む? 安心して欲しい。私の分は別にしているぞ」


「当たり前です。食事を共にするだけでも形式外れですのに、同じ鍋で運ぶなどあり得ません」


「そうなのか? ならば私も安心だ。レイア様とは共に美味いものをたらふく楽しみたいからな」


 私がメイレンの健啖ぶりを眺めていた事から変な方向に話が流れつつあったが、私が口を挟む間も無く収まってしまった。ミントはそれに長い尖り耳を垂らして眉を下げてしまっているがな。


「うむ。そのためにメイレンにも期待しているぞ。この世界にはまだまだ私たちが知らぬ食の感動が眠っているのだろうからな」


「ああ。任せて欲しい。レイア様とならどれだけ見つけられるのか果てが見えないがな。同胞も同感だと良い返事をしてくれたぞ」


「それはありがたい。頼もしい限りだ」


 そうして乾杯とばかりに互いの器を掲げて、まだまだ私たちは今日の糧を楽しむのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー! すり身団子スープ!! パンも浸して! これはいけません!!
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