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40:お前も私の下につかないか?

 さて、領境で起こった魔獣暴走事件の顛末である。

 後世にこの件を調べた者からはあまりにも早い、アッサリと片付きすぎとの声も上がるだろうが、私も同感だ。

 なるべく早い解決のため、方々に手を回した私であるが、まさかいきなりアタリを引くとは想定外だ。

 してそのアタリであるが、我が館の執務室にて床に敷いた魔獣毛皮の上でひれ伏している。

 淡い色の長い髪の流れる後ろ頭。その両サイドからはミントのモノよりも細長く尖った耳が垂れて額と共に毛皮に触れている。彼こそがルカに魔獣使いとしての技術と知識を伝えた師匠である。


「さて、我が父に請われて魔獣を暴走させる煙玉を用意して渡したというのは真実か?」


「は、はい……私にその仕事を持ってきた者はスメラヴィアのミエスク家の使いと名乗り、依頼書は処分しておりましたが、封蝋には確かに紋章が……」


 彼が引っ掛かったのはもちろんルカの連絡が引き金だ。彼を雇う領主にも事件について連絡するように指示をした事で、彼は逃げようとしていたところを捕まって私の元へ送られたと言うわけだ。

 かの領主とも矛を交えて叩きのめしているからな。仮に関係者に心当たりがあれば、なるべく生け捕りが望ましい。そう伝えていたのをキッチリと果たしてくれた形だ。もしも今後戦いになれば派手にやってしまうかもしれん。そう匂わせておいただけだがな。

 そうして父と内通して要の道具を作成し流した実行犯として送られてきた彼は、こうして完全降伏の姿勢になっているわけだ。が、少し妙な話ではある。


「ふむ。そちらが使者を仲介して我が父の仕事を受けた。それはいい。だが使者を連れて仕事を命じた者もいるのだろう?」


「……い、いいえ。そのような事は……ミエスクの使者は私に直接……それで臨時の収入を目当てに私は、あのような外法の品を……」


 語るに落ちたな。そんなつまづきだらけのたどたどしい弁明では言い含められた何かしらがありますと語っているも同然である。もっとも、自分から白状出来ないから匂わせていると言うこともありうるがな。


「ふむ。まあ確かにな。他国同士とはいえ我が家祖とそちらとはルシール湖を挟んで長らくの近所付き合いであるからな。代表同士としては剣呑であってもそれ以外とは違う関係もある。直に仕事を持っていく伝も無いではないな」


 事実、湖での漁を行う漁師たちは、商売敵であると同時に水中の魔獣を相手には共闘する事もままある間柄である。

 別方向になるが、私がモナルケス相手に戦のフリをしての物資取引を行った事例のように、殺気だって殴り合うだけの関係に終始する事はない。


「しかし貴殿とはルカを召し抱えた伝もあって穏当な付き合いが出来ていたと思っていたのだがな。残念な事だ。やはり弟子を取り上げた事で含むものを持っていたと?」


「……そ、そう……ですね。やはりルカほどの魔獣使いを失った痛手は大きく……軍の魔獣部隊が三分の二にまで縮小した事で、代わる道具か人材を上げるようにせっつかれておりまして……今回ミエスクに渡したのもその試作段階の失敗作で……」


「狂乱煙玉については分かったが、ルカについては捕虜交換交渉を蹴ったのはそちらの主であったのだが? それに本人も私の配下になった事で手が足りない中で無茶振りはされてても、前の同胞の下にいた頃よりもやりがいはあると言ってくれているのだがな」


 我が方で抱え込む為に交換条件で多少ふっかける小細工はした。したがそれは向こう側が出した条件と比較して、だ。

 私の軍で召し抱えた場合での旨味ですぐに元が取れる計算での条件、適正にちょっとかさ増しした程度の価値をつけただけだ。それを魔人領主は獣の力を待たぬ恥さらしなど不要だと拒否したのだ。

 そんな風に放り出した人材の喪失からの大損失を出し、その上補填の為に養成者に無茶振りをするなど間抜けが過ぎる話ではないか。


「それは、ルカのヤツも照れ隠しが過ぎますな。アレはレイア様にお仕え出来て良かったと、非力な出来損ない獣人だと馬鹿にされる事も、理不尽な雑用で忙殺される事もない。魔獣使いとしての技量を使い尽くされてキツくはあってもやりがいがある。と、常々に……私もルカからの近況が届く度にレイア様には感謝をしていたものです」


 師匠殿もそんな古巣での扱いは把握していたようで、我が配下となったルカの充実ぶりに本心からの笑みを浮かべている。

 なるほど。こうなると私の見立てに間違いはない。今回の一件、やはりルカの師匠殿個人に動機はなく、逆らえない相手からの命令があったのだろう。

 その相手とは当然、彼の地を治める領主ということになる。彼も彼で私にやり込められた事に遺恨を持っているだろう事は当然の如く。表だって逆らえないまでも、少しでも私の力を削ぐ事に繋がれば。と、我が父の誘いに乗ったというのが真相ではないか?

 であるならば、こちらも相応の手を打たねばなるまいな。


「それでは一つ弟子の仕事を確認するのはどうか? ルカの成長を改めて間近で見てみると良い」


「は? いや、それは……願ったり叶ったり……ですが、よろしいのですか? 私は請われたとはいえあのようなモノを貴女の治める地に……」


「構わぬ。だがどうしても気に病むと言うのならば我が配下の魔物使いらを指導してくれれば良い。補助の波動具を持たせてルカの下につけてはいるが、難局に頼るとなるとどうしてもルカに集中しがちでな。無論指導してくれたのならば報酬を出すが。具体的にはこれくらいになるか」


 魔物使いの教導役として召し抱えてやる。私からのこの申し出にテイマー師匠殿は目を白黒とさせて私の顔と提示した報酬とを見比べる。

 まあ敵対的行為を働いた相手にも関わらず良好な条件、今現在の実入りの数段上で勧誘されれば怪しむのも無理はない。だが引き抜きとはそういうものだろう。


「ふむ? 何もおかしな条件ではないと思うが? 貴殿の、ルカを育て上げた実積を鑑みての正当な評価を出したつもりだぞ? 無論住むところは私が責任を持って用意させよう。なんなら我が領民の中から素質をあるものを指導してもらっても良い。そうして持っている知恵を我と民に広めてもらえるのであれば……ふむ、それならばいっそのこと、他の知恵者と共に教育をする総合的な教育の場として改めて建物を用意するべきだな」


 現在メリンダ先生らに頼りきりとなってしまっている民への教育の場。ここに新たな知恵と規模拡大という一石としても、テイマー師匠殿の存在はありがたいな。これはなおのこと人材として逃す手は無くなったぞ。


「お、お待ちを! た、大変にありがたい話ではあります! しかし、ルカの実力は彼の才があってのもの。私はそんな……」


「秘めたる才を花開かせる。それもまたひとつの才よ。当然、貴殿の指導で誰も彼もが同等の力を示すようになるとは思っていない。ただ埋もれたままになる才に芽吹くチャンスを持たせてやってくれればそれで良い。そのために私に力を貸してもらいたいのだ」


 謙遜する師匠殿だったが、私の重ねての誘い文句に二の句を告げられなくなる。

 だが逡巡はわずか。程なく彼は改めて床に伏せる形で頭を下げる。


「新たにできるやもしれぬ弟子共々、誠心誠意にお仕えいたします。どうぞよろしくお願い申し上げます」


「その言葉が聞きたかった。今後の良き働きを期待する」


 これで隣領の魔人たちは貴重な手札をまた一枚失い、父に届く狂乱煙玉もしばらくはこれまで通りにはならん。いやはや結果としてみれば新たな教師役まで手元に下って、実においしい形に収まったものだ。

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