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4:あまりにも予想外な

 あちら方の無駄な不意討ちで開かれた戦端だが、現状は私の予想を外れた形に流れてしまっている。


 突撃する弓騎兵に矢を浴びせられてバタバタと倒れる兵士たち。傷ついた味方の姿にも怯まずに走る兵もしかし馬に追いつけるはずもなく、別の陣を狙っていた騎兵隊に追いたてられる形に。

 そんな歩兵隊の混乱を食い止めようと馬上の隊長格が騎兵を率いて走っている。が、それも弓騎兵に翻弄されるままに矢を受け、櫛の歯を一本一本と折るように脱落していく。

 この有り様に業を煮やして叫んだ隊長だが、その横っ面を兜ごと投げ槍じみた矢に射貫かれもっていかれる。


「ここまでとは……拍子抜けだな」


 隊長格を仕留めた矢に続くもう一矢をつがえながら私は思わず呟いてしまった。

 弱い。弱すぎる。仮にも私を討つなり捕らえるなりするために差し向けられた軍だというのに、あまりにも一方的に翻弄できてしまっている。


「罠、でありましょうか?」


 私に付いてきている弓騎兵の一人が疑うのも無理はない。

 それほどまでに一方的なのだ。

 私とて無論勝つ自信があるから状況を動かしたのだ。が、それでも数に押されるだろう事は想定して、そこへカウンターをと考えていたというのに。


「可能性はあるが、それにしては誘い込むような動きもない」


 策があるにしてもやられ放題に過ぎる。それが私の感想だ。第一に数で勝る側は奇策に頼る意味はない。むしろ正面突破の方が効率が良いまである。だからこれは単に、向こうの指揮を含めた団体の質が軍のていを成していないだけなのだろう。


「……だとしてもここで油断をするのは下策か」


 向こうが動き出せないのなら、わざわざそれまで待つ必要は無い。

 そう決めた私は引き絞った五人張りを発射。唸りを上げて飛んだジャベリンサイズの矢は騎乗の騎士の胴を、その奥にいたのと合わせ連ねて貫く。

 続いてすぐさまに私は肩掛けの矢筒に収めた矢を抜く。

 先端には鏃でなく穴の空いた紡錘形。これを取り付けたものをつがえたところで、敵方から私へ一矢。顔へ吸い込まれるように迫るそれを、私は兜の吹き返しで叩き払う。そして深く引いた矢を空へ。

 甲高い、笛の音にも似た音が高く、高く。

 この駆け昇り戦場に鳴り響いた鏑矢の音を合図として、我が方の騎兵隊は一気に手綱を切り返す。

 この積み上げた訓練の活きた素早い反応よ。

 それを見せて貰えた事についつい口元が緩む。が、合図した私が遅れては情けない。私も撤退する騎兵たちの馬蹄を追う。

 一方的な攻勢から一転しての退却。多少モノが広く見えるのなら、怪しんで追撃をためらうところだろう。

 ところがどっこい、追ってくるのが現実。現実なのだ。

 さんざん我が方にいたぶられた鬱憤があったのだろう。後方に援軍があるとか、むしろ指揮官がストップを駆けているのを確認もせず、小隊長が押せ押せになっているのに煽られて、我が方の蹄跡を追ってきているのだ。徒歩で。

 こんなあっさりと釣れてしまった事を喜ぶべきか、哀れむべきか。

 後方集団から敵方の動きを確認しつつ、私は再び合図の鏑矢を手に。

 そうして敵を引き連れたまま、我が騎兵隊は森の隙間に通した細い道へ。

 山々の谷間でもあるこの道は、我が領土とパサドーブルの町々をつなぐ数少ない道で、戦場とした平原からは唯一馬車が通れる程度に整備された道である。

 緩やかな坂道を馬蹄の音を響かせて登る我が兵たち。それを肩を喘がせながら後ろにせっつかれる形で追いかける敵の兵団。

 両者の間にはもはやどうにもならぬほどに差が開いて、追手は諦めから半ば立ち止まった先頭と、まだ追いかけようとする後方の騎士とで圧縮されつつある。

 ここが潮時か。

 そう断じた私は鏑矢を今一度空へ。

 風を切り裂く甲高い音が山肌に跳ね返りつつ高く、高く。

 それがまるで人食いの魔物の叫びとでも聞こえたのか、坂道を登る追手の足が完全に止まる。

 しかしそんな彼らが後続に押し潰されるよりも先に、重々しい音の連なりが上から。

 それは山を滑り落ちる岩や丸太たち。私の合図で堰を切られた我が方の仕掛けだ。

 追いかけてきた敵方目掛け、土煙を上げて襲いかかる質量の塊。直撃せずとも死が待ち受けるだろう破壊力の波に、気づいたものから慌てて逃げ出そうとする。が、その押し合いがまず彼らを下り坂での将棋倒しという死地へ誘う。そして谷を埋め潰す勢いで雪崩れてきた土木が、逃げそびれた兵たちの命を押し潰していくのだ。

 岩が谷底を叩く響きにも負けぬ悲鳴の大合唱。そこから察せられる惨状は引き金を引いた身として心が痛む。

 実に、本当にもったいない。

 私の治世の元に暮らせていれば彼らはただ土を耕し、家畜を育てているだけ。せいぜいがこの山の上で土木落としの罠を作り、私の命令に従って落とす程度の仕事をする程度ですんだのだ。

 日々を暮らし、国を食わせる彼らを犠牲にしてしまった事は心から惜しく思う。

 とにもかくにも敵方に与えた打撃は実際には如何程か。と、私は峠道に築かせた関門に入る。

 ここは私もニクスで基礎工事に携わった砦だ。もっとも岩と丸太で組んだ壁と物見櫓、後は数名が休めそうな山小屋という実に簡素なモノではあるが、天然の要害に欲しい機能をちょい足しできた必要十分な防衛設備だ。

 愛馬セプターセレンを下馬した私は物見櫓を上がって谷と平原を。

 谷を埋め、下り坂を逃げる兵を追う土木。峠にまで引き付けられた分には大打撃を与えられた事は間違いない。そして命からがらに逃れた怪我人が担がれて行く先。敵方の本陣を望遠にした目玉で見てみれば、甚大な被害に右往左往する鎧の騎士たちが。

 つまり指揮官クラスで巻き込めたのはほんの数名がせいぜい。指揮系統へのダメージは浅く兵が補充されればすぐにでも立て直せる事だろう。

 まあしかし、補充とは言っても人員のそれは作物や材木のようにはいかない。いくら民兵の徴用とはいえ、それをやってしまえばただの人材の浪費だ。飯の作り手を磨り潰してしまえば大小問わずに共同体は傾くのだから。だが分かりきったこの禁じ手をやらかすトップが現れる事もあることにはあるのだが。

 ともかくだ。

 普通なら撤退するしかない全滅レベルの打撃は、この一手で与えられたように見える。

 そう判断して私は櫓を降りてこの場に集まったヘクトルらの前に。


「これで大勝利、ですかね?」


「さて、面子があろうがもはやどうにもならん。退くしかない……と、私のように判断するとは限らないからな」


 どれだけ推し量ろうが、違う知性体の考えだ。当然同じようになるとは限らない。

 おそらくは立て直しの時間稼ぎも兼ねた包囲網を敷く。というのが、私相手に逃げ帰る事の許されない彼らのギリギリの妥協点だろう。それならそれで予定通り。別の動きを見せるのならそれはそれでやりようがある。


「なるほど。予定どおりと」


 十中八九こうなるだろう。と伝えたのなら、ヘクトルは軽く笑う。兵の間に波紋のように伝わるこの笑いと緩みの気配に、私は兜頭を横に振る。


「ひとまずは、だ。状況がどう転ぶかなど、真に読み切れる者などいるものか。本当に私の最初の読みどおりに事が進んだとして、そんなつまらん戦いで命を落としてくれるなよ。もったいない」


「お、お嬢のもったいないが出たぞ? お前ら、そう思われ続ける程度には働けよー?」


「分かってますって隊長殿!」


「姫様に切り時じゃないってされてる内は食いっぱぐれ無いですからね!」


 私の末尾の一言を拾ったヘクトルに、我が方の兵たちからは口々に同意の声が。


「じゃあお嬢、俺たちは最初の手はずどおりに。計画変更があったら報せてくだせえよ」


「うむ。平原に陣を引いて圧力をかけるだけでいい。挑発はあるだろうが所詮挑発だ。真剣に相手をする必要はない」


 この私の念押しに、ヘクトルは分かっていると軽い調子で。

 そうして部下を引き連れて動き出すのを見送って、私もまたセプターセレンの鞍上へ。ここから私も暇では無いからな。

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