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38:嵐を告げるモノ

「魔獣だと?」


「ええ。ラーズが届け先で聞いた情報ですけれど」


 競馬場兼用砦の建築現場。その基礎を作る人型のニクスを遠目に、メリンダ先生からの報告を受ける。

 それによればパサドーブルの父の領内で、大規模な魔獣の群れの存在が確認されているのだとか。深い山林の奥で獲物を追っていた狩人の目撃情報を皮切りに、狂乱する魔獣たちの闘争から危うく逃げのびた傭兵たち、そして血だまりに沈んだ寒村。と、そんな具合に不穏な情報が行き交っているのだとか。それもその目撃情報は我が領に近づいて来ているという。

 類する話の数が多いからといって頭から信じる理由にはならん。が、無視もできん内容だ。私の膝元を魔獣に荒らされるなど、とても看過できん。


「調査しようにも、いたずらに軍を派遣して停戦を破る訳にはいかんからな」


「しかし話が本当ならば、少数で傭兵なり民なりを装った調査員では情報を持ち帰ることすら出来ないかもしれませんわね」


 先生の言う通りまさに板挟み。充分な装備で送り出せずに人材の浪費に終わるのは最悪だ。だが領内に危険を持ち込まれるのも避けたい所。


「ここは……魔獣には魔獣だな。ミント、ルカたちを呼べ」


「承知しました。しかしそれはそれとしてレイア様、またお一人での出撃を考えられましたね?」


 この図星を突く指摘に、私はソッと目を逸らす。仕方ないではないか。自分の持つ最強の手札と言えばレイアであり、最速もまた私なのだから。自分でやるのが早いかと一瞬迷うくらいは当たり前だろう。

 この言い訳は口には出さなかったが、ミントもメリンダ先生も当然察していたようで、やれやれとばかりにため息を。

 その内に近くで建築現場周りの魔蜂偵察隊を束ねていたルカが参上する。


「なんでしょうかご主人。また何か追加のお仕事で?」


「うむ。ひとつ仕事を任せている所をすまんな。実はお前の偵察隊にさらに骨折りをしてもらわなくてはならなくなった」


 この前置きにルカは犬の耳を寝かしてあからさまなまでに嫌気を顔に出す。が、事を知らせれば苦々しくもやる気を帯びた顔に変わる。


「なるほど。そりゃあ適任はウチですね」


 ため息混じりに納得の言葉をつぶやいた彼は尻尾を一度横振り。魔獣使いの仲間にこの場を警戒する蜂部隊と魔羊の管理を預ける。

 私の作ったテイマー部隊の能力底上げの波動具は上手く機能しているようで、ルカも自分が抱えがちだった仕事を割り振れるようになっておおいに結構。……うむ。割り振りは私がもっとやって範を示せと言うのは分かっている。だからミントはそんな目で私を見るな。

 ともあれルカである。この我が配下筆頭の魔獣使いは、虫笛と手振りに込めた波動でもって、スローターホーネットの偵察隊を複数編成。目撃証言のあった地点を確認すると方々へ飛ばす。


「うむ。実に手早い仕事である。見事見事。これは褒賞ものか?」


「お褒めに預かり光栄です。貰える物は貰っておきたいですが、それは結果が出てからって事に……見えた!」


「近いな!?」


 見送りが終わって軽口を叩き始めたところで出た結果に思わず私も目を見開く。確かにスローターホーネットのスピードには素晴らしいモノがあるが、それにしてもだ。

 一方のルカは片目を閉じた状態で地図を確認。この競馬場予定地から少し離れた森を指さす。


「木々がなぎ倒されて、淀んだ波動が煙のように上がってます。なんだこの臭いは? ウチの偵察隊が引っ張られて……」


「充分だ戻して良い」


 五感同調をするほどの強い制御をかけたルカからの報告に、私は蜂に犠牲を出す必要は無いと指示。次いでルカが地図で示した方角へ目を。

 なるほど望遠で見れば確かに。立ち上る不穏な波動が。そしてそれに煽られたかのような争いの気配も感じられる。


「五人張と鏑矢を!」


 私が求めるが早いか、我が愛用の強弓と矢筒が手に。私はそれを高々と掲げる形でつがえ、両腕で開くようにして引き、空へ。

 放った矢が大気を巻き込み引き裂き、警笛の音を広めれば、たちまちに建築現場を守る護衛兵らが集まる。


「東南の森の中に不穏な気配があった! 魔獣の暴走と見られる。この場の作業を邪魔させるな!」


 簡潔に方針を示せば兵たちは素早く正面に重装歩兵。両脇に騎兵を置いた防御の陣形を。その直後に森林の最外端で壁のようになっていた木々が弾ける。

 堰を切って溢れだしたのはやはり獣だ。

 体のぶつかる端から食らい合い、そうして足を止めたのを踏み潰してまで、我が方へ転がり迫る種別不問の群れだ。


「なんだあのごちゃ混ぜな……あんなの、絶対おかしいですって!」


 同感だ。人間は魔獣と一括りにしているが、キーナとの親和性が高く、本能的あるいは知性を持ってそれを操る動植物の事だ。当然群れを作るなら同種限定か、その共生種に限られる。それが今我らの前に現れたのは、肉食草食の区別すらなく入り交じった混沌の集団だ。自然に構成される事はあり得ない。そしてあの狂乱の度合い。ほぼ間違いなく人の手によって引き起こされたものだろうな。


「ニクスのフラッシュブラストを斉射する。それを乗り越えたものに矢玉を浴びせよ!」


 この命の復唱が繰り返され隊全体に行き渡った頃、私は己の半身を変身。高く高く跳ねたその機体から破壊の光を降らせる。

 目から放つビームの爆撃。それが狂乱の魔獣らの先頭を焼き払い、炎の壁を作る。

 だが狂える怪物らは己が身の焼けるのにも構わず、迂回することなく炎を引き裂き越えてくる。が、そうして乗り越えた顔面を投槍じみた矢が射貫く。私の放ったそれに遅れて、矢玉の雨が火を越えた魔獣に襲いかかる。

 これで大幅に進撃の勢いが削がれた所へ両翼の騎兵隊を差し向ける。弓騎兵の援護を受けた槍騎兵の横殴りがさらに魔獣たちの力を奪い、中央の重装歩兵の盾とぶつかる頃には一方的に跳ね返って転がる事に。

 いくら強壮たる魔獣とはいえ生物には相違ない。狂ったままに全力を出して突撃し続けている最中に転ばされて血を大量に失えば力を保てるはずもない。

 そうして我が軍は傷つきバテた魔獣を手当たり次第に打ち倒していくのだ。

 ちなみにこの間、当然私も半身ニクスも遊んでいる訳では無い。火の壁の向こうの大物をニクスが殴り倒し、私の矢がそれなりに体力を残したのを射貫いているのだ。


「ルカ。遠目にでいい。元凶らしいモノがどこにあるのか目星はつけられるか?」


「やってますよ。あの禍々しい波動が上がってた所。だいぶ勢い失ってますけどもその中心にまだまだ燻ってる感じのが見えてます」


「さすがはルカ。良くやってくれている」


「光栄なお言葉で。ご褒美いただけるんなら出来れば休みか人手でお願いしたいですね。一気にレイア様の領地が増えましたんで、ウチが面倒見なきゃならん範囲も増えましたんで」


「テイマー能力持ちを一層力を入れて探すとしよう」


 ルカの軽口混じりの陳情に返した私は、大物退治のためのニクスをこの場に残して、以上の原因があるという森へ走る。

 魔獣を狂乱させるような何かしら。そんなものの中心に魔獣の一種である人間を無防備に寄越せる訳もなし。ここは乱れないほどに強い波動を内に持つ私が単独で調べるのが上策なのだ。

 そんなわけで私が異様な波動を辿って駆けつけた現場であるが、また散々な有り様であった。

 集まり互いに喰らい合うほどの狂乱の始まりの地点だっただけあって、なぎ倒された木々を沈めるほどの骸と血だまりが一面に。

 そんなむせ返るほどの血生臭さを漂わせた赤い沼の中にあって、ほんの僅かに鼻に潜った甘ったるい臭いが。それは果たして血の沼の中に沈みゆく波紋。邪気とも呼ぶべき波長だ。

 消えゆくそれを血だまりの中から波動で引き上げれば、上がってきたのは狂った魔獣らに食いちぎられたのだろう五体不満足の人の胴であった。

 しかし重要なのはこぼれる腸も無いほどに貪られた遺体ではない。露出した骨に引っ掛かった玉。邪気の残り香を放つ使い捨て波動具の残骸だ。

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