35:乗り込んでスカウトする
「ここか」
家々から漏れる火の光も遠く、建物の陰と夕闇に閉ざされた区画。そんな暗闇の中に隠れ潜んだ扉に私は波動を放射する。
鉄砲水めいた勢いの我がエネルギーは扉とその奥に潜んでいた見張り役や鳴子の罠等々をまとめて半地下の空間へ押し流す。
「行くぞ。着いてまいれ」
そう促して私は腰のベルトで提げていた愛用の馬上太刀を抜刀。具足の音を響かせながら暗がりの下り階段を進む。
「……昼間みたいに動いてるな」
「……いや慣れがあれば見ないでも進むくらいは」
「……暴れん坊ったって貴族のお嬢様だぜ? こんなトコ来たことあるわきゃねえだろ」
ひそひそ話をしながら着いてきているが、集中した方が良いのではないか?
そもそもこの程度の光量制限の中で歩くなど私にとっては造作もない。暗視に波動放射を応用したソナーと、周囲を感知する機能に不自由は無いからな。
というわけで、隠し通路とそこに潜んでいたのを太刀で引っかけ、峰で押さえつけてやる。すると後ろからは感心とも恐怖とも取れる息が漏れる。
「やれやれ……まだ私の力が通じていなかったか? このような奇襲用の通路の注意は受けていなかったが?」
「も、申し訳ありません……身に染みた掟のために……」
「だ、断じて……断じてレイア様を不利にするために黙っていたわけでは……」
まあ良い。そもそもが彼らに命じたのは巣穴への案内まで。現状ではそれをこなしただけで充分な働きだ。
そう、彼らは黄昏時に襲いかかってきた暗殺者達。正式に雇っているわけでもなし、失敗した以上は見限られると決まっている。だから私が身支度を整え報復するのを案内した程度の関係でしかないのだからな。
だからこちらにも彼らを安心させてやる謂われも無い。押さえつけた番兵を階段の先へ蹴落とし、先に転がり落ちていた見張り役に折り重ねてやる。
階段をふさいだそれらを再度蹴飛ばして部屋に入れば、さらに奥へ続く通路の前で、抜き身のダガーを構えた者共が。
しかし取り繕ってはいるようだが腰が引けているな。無理も無いが。ここに報復に踏み込んだ者がいる状況がつまり、自分達の繰り出した者達が返り討ちにあっているという事なのだからな。
「お前達の首領に話がある。そこを通せ」
怒鳴りつけるのではなく、ハッキリと命ずる形で声をかけた上で私は一歩前に。それに遅れて弓鳴りと風切りが。
私は歩を止めずに飛来する矢を指でキャッチ。いつものようにそのベクトルを滑らかに反転させて射手に返す。
これが短く濁った悲鳴を起こすと、それに押されるようにして踏み込んでくる。
淀み無い私の歩みを掬うように迫るのを峰に引っかけ振り上げる。
その間に左右から襲いかかるのを、手首で翻した太刀の峰で先に打ち上がったのとまとめて殴り飛ばす。
そうして開けた進路を悠々と進みながら、私の返し矢を受けた射手にも峰打ち。ちと振るには狭い場所だったから左手で刀身を詰まんで作った溜めで補ったがな。
後はまたおおよそこれの繰り返し。私は行く手を塞ごうとするのを次々と黙らせていく。
「……嘘だろ、まるで相手にならねえ……」
「なんであんな長物の剣で壁やらに引っ掛からないんだよ」
「しかもこんな、明らかに手加減して……」
後ろから寝返り暗殺者らの戦々恐々とした声が聞こえてくる。やれやれ捨てたばかりの古巣で、私が先行しているとはいえ、敵地に踏み込んでいるのだがな。まあ目を覚ます前に拘束はキチンとかけているようだからあまりうるさく言う事もないか。
「当然だ。愛用の武器を通すべき空間は把握している。後は通るように握りと腕の角度を工夫すれば良いだけのこと。付け加えて、お前達の技術は正面きって戦うためのものではない。それに赤子の手をひねるようなものとはいえ、本当にひねるようなマネをする必要がどこにある。そんなかわいそうな」
言っておくが本心だぞ? 昔の同胞と違って、私に生き物を悲鳴を聞くためだけに痛めつける趣味は昔から無い。それは赤子に限った話でも無い。ヒトくらいなら成体だろうが私にとっては弱々しい小さき者なのだからな。区別する理由が無い。
そんな姿よりも、私の世話にむせび泣いて感謝して崇め奉る姿を見る方がよほど面白いだろうに。
だが私に寝返った暗殺者らはうなずくでもなく乾いた生返事をこぼすばかり。
まあ噛みついてきたところを懲らしめて躾ている最中だからな。残念ながら当然の反応か。世話すると言っても甘くするだけではいかん。しっかりと上下関係と我が部下として恥じない姿を教育しなくてはならないからな。
さて、機械的に防衛網を蹴破っての進行を続けていると、やがてこれまでのとは違うあからさまに金属補強を施した扉の前に出る。
これに私は太刀を軽く一振り。これで扉そのものを切り開いて踏み込む。
そうして乗り込んだ部屋にいたのはまたずいぶんと若い、二十半ば頃の男が一人だけ。染めたのだろう引っ詰めの黒髪に私を見据えて揺れぬ青い瞳。そして私の後ろの者と遜色無い黒ずくめの装束から、この男は明らかに実動部隊の一員で組織の運営側でない事が見て取れる。
真っ向からの突入でアレだけ物音を立てたのなら、頭は逃げて当然。だがそれでいい。別に暗殺を仕向けた依頼人が知りたくてここへ乗り込んだ訳では無いからな。
むしろこれは好都合とさえ言えるな。
彼我の力量の断絶を察しているのだろう。引っ詰めの染め黒髪の男は警戒は緩めず、しかし私へ挑みかかる事なく一定の間合いを保っている。が、一歩でも私がこの場から踏み込めば、勝てぬと知っても椅子を蹴飛ばしてかかってくることだろう。そうなれば私が太刀の峰打ちで気絶させる事になるだろうが、再起までに時の必要な怪我を負わせてしまうことはあり得る。
だから私はこの位置から動かないで――
「お前も私の下に就かないか?」
率直に誘いをかける。
染め黒髪からしたらここでまさかのスカウトだったのだろう。瞬きが増える。しかし私にとっては当然の流れ、淀みなく次の誘い文句を繰り出す。
「対峙すれば分かる。お前がこの組織の筆頭の腕前だと。仕掛けを図る際の波動の揺らぎは幽かで、対する私の波への反応も良い。私直属の密偵部隊、その隊長に是非とも据えたい」
「……我々と、さらに依頼者への報復をするために来たのでは無いのか?」
「そんなことはどうでも良い。いや、部下達は気にするだろうから、後で詳細に調べさせてもいい。それよりも私はお前という人材が欲しいのだ」
彼の疑問を食いぎみに否定しつつ、さらに勧誘を重ねる。が、彼も後ろの者らも戸惑うばかりで返事をするでも説得に加わるでもない。うむ、いかんな。欲しい欲しいと言うばかりでは勧誘にはなっていないか。ここは詳しい条件を示してやらねば。
「余暇は基本七日に二日。非番扱いであるから長期の遠征と潜入等の任務の場合はその限りではないが、生還すれば期間分の補填はしよう。任務は私の出す調査依頼と敵密偵への対処。必要経費は私持ち、内容次第では追加報酬もある。任務以外の時間は鍛練を積んでもらう事になるが、その分の俸禄も……これくらいは出す。負傷した場合は内容にもよるが後任育成等の可能な範囲の仕事も斡旋しよう。仮に死亡した場合や再起不能の負傷でも本人と家族向けの年金を支払う。細々したところはキチンと詰めて書面にまとめるが、取りあえずはこんな条件でどうだ?」
ウチの軍部。ヘクトルの騎馬兵団と同じ条件である。正規の斥候、密偵部隊として雇用するのだから当然の条件であるな。だが黒ずくめの男たちは揃いも揃って呆け面を。
まあ一般的に暗部としては破格の扱いであるからな。どこにでも潜り込んで情報を運び出し、時には死すら運ぶ彼らを鼠と称する事もあるが、その扱いもまた鼠同然であることが普通だ。私のように人間として雇用勧誘される事など経験があるまい。
そこのところを遅れながらも飲み込めたのか、正面の彼はもちろん、私の後ろについた者たちも揃ってその場にひざまづく。
「これより我らは貴女の影」
「如何様にでもお使い下さい」
「その誓い、確かに受け取った。無茶は命じるがその分は偽りなく報いるからそのつもりでいるが良い」
まだ口約束を結んだ段階ではあるが、その内に私の命令に疑いなく飛び込むようになってもらわねばな。