33:姦しくも可愛らしいものよ
「本日はお招き下さりありがとうございます」
「レイア姉様! ようこそお越し下さいました!」
で、まあ皇都に滞在しているのならこういう、お姫様のお招きにも顔を出さなくてはならなくなる。皇族から誘われて出席しない者などそうそうおるまいが。
いやフェリシア殿下がどうこうということではない。私を姉呼びして慕ってくるあたりは愛いやつとも思う。
「まあ! まあ! レイア姉様今日もステキなお召し物で!」
「フェリシア殿下に好まれたようで何より。私もこうしたモノの方が好ましい性分ですので」
言いながら私は足をゆっくりと、高く持ち上げて見せる。
が、別にスカートを翻して生足を見せつけた訳ではない。持ち上げた脚は白いズボンに包まれているのだからな。
いわゆる男装というヤツだ。もっとも、別にメリハリの強い体型を押さえつけて隠したりはしていない。男性の礼装をベースに私のために仕立てさせたモノだ。
ご令嬢らに見せつけるため、長く真っ直ぐな白銀の髪も広がらぬように結び纏めているこの私の姿に、皇女殿下をはじめ、共に招かれていたご令嬢らも頬を染めて感嘆の息を。
もっともそんな好意的な反応が十割ではないが。
ご令嬢らの中には、あからさまに眉をひそめている者たちもいる。それも仕方あるまい。男装を含めて私がパーティーで見せている姿は、現行のスメラヴィアのご令嬢の礼装からはかけ離れたモノだ。伝統も流行も無視した異端者に向けられる目としてはあって当然のものと言って良い。しかし、真に新しいモノを生み出して行くのは外れた者だ。
「先日から目新しい装いや振る舞いを見せられて、私どもは目が回ってしまいそうですわレイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク嬢」
こんな軽い皮肉など、飛んできて当然のモノだ。当然それで止まる私ではないが。
さて私にそう言ってのけたご令嬢は、私に壁を作ったご令嬢らの中心にいた。
殿下に次ぐ、私と並ぶほど上質かつ華やかな赤いドレスに身を包んだ長い金髪のご令嬢。加えて強い意思に輝く瞳もあって炎のような印象の若い娘だ。
そんな焼き焦がそうとするような熱視線に、私は悠々と一礼を。
「なるほど、私の有り様を堂々と見せつけるつもりでいましたが少々まばゆくありすぎてしまったようですね。フランチェスカ・イグニ・ホプリテース・スパイク嬢」
彼女、フランチェスカ嬢はその名の通り、私と同格の四氏直系のご令嬢だ。スメラヴィアの歴史において、トニトゥル氏とは代々折り合いが悪い一族の出と言うことになる。
「まったく貴女は昔から変わらないわね。思いつくままに何事かを手当たり次第に試して。その後始末に奔走するものの事を少しは省みてはいかが?」
「いやはやそれはたしかにお気の毒な。しかし私のやり方でこそ芽が出て実りを生む者が出てきているのは事実であるからな。まだ見ぬ実りのためにも止まるわけにはいかぬな」
そんな家の出身。かつ同年代で同性ともなれば敵対的な態度になるのは当たり前で、昔から互いの領地の社交会で顔を合わせてはこんな挨拶から始まるのがお約束であった。
しかし風の噂に皇太子の婚約者に収まったと聞いてはいたが、旧知の仲として相変わらずの様子で安心して良いのか、苦言を呈するべきか。いやむしろだからこそこの態度か。
競争相手として対立する我らがトニトゥル氏。その内乱で現当主を押し退けるほどに名を上げた私が陛下、並びにフェリシア殿下と親しくし始める。
それで皇太子の皇位継承はともかくとして、敵対派閥が私と共に親しくする現皇と皇女を旗頭にまとまり力をつける可能性は高い。そんな事を次代の皇妃として見過ごせるはずもない。昔から反りの合わなかった私(トニトゥルの娘)がきっかけになっているのならなおのこと面白くないだろう。
私としてはフランチェスカは遠慮無しに対立意見を、私に反感が湧く原因と含む者らをまとめてくれるので、欲しい人材だとは思っているのだがな。もしかしたら一回そうやって実際に部下にと口説いたのが、反感が強まった原因なのかもしれんな。婚約発表もそれからほどなくだったと記憶している。
そうしてバチバチと私たちが対峙している間に、黄色系のドレスが割り込んでくる。それを出来るのはこの場にあってはただ一人。
「フランチェスカ御義姉様もレイアお姉様も、どちらもおっしゃる事はごもっとも。ですがあまりお二人だけで盛り上がられてしまっては、私たちは寂しゅうございますわ」
「申し訳ないフェリシア様。なにぶん私とフランチェスカ嬢は幼少の頃から顔を合わせるなりにこのようなやり取りの繰り返しでして。馴染みの顔と久しぶりに顔を合わせてはしゃいでしまったようです」
「ごめんなさいね。彼女が幼い頃から何も変わらないものだからつい。許して下さいな」
私たちのにらみ合いを止めようという殿下の顔を立てて、この場はこれくらいで納めてやるとしよう。
そう定めた私はこの麗人スタイルに合わせて姫君の手を取ってこの場のホストたる殿下にふさわしい席へ誘う。
この振る舞いにもこの場の色は賛否で真っ二つ。私及び殿下派かフランチェスカ派か、色つきの水と油で満たしたが如し。
いや。向こうの側にも私に対して憧憬の色を含ませた者が見える。まあそういうものよな。派閥の上役が拒否している趣味を大っぴらに称賛はできまいて。
「ところでレイアお姉様。そちらのもそうですが、パーティーの時のお召し物もどちらで仕立てられているのでしょう? どちらもあまりにも目新しいもので」
私とイグニの娘との対峙から生まれた固い空気が表向きは弛緩し出したところで、フェリシアが水を向けてくる。
これに続いて派閥の枠組みを越えた好機の目が私に注がれる事に。
まあ無理もない。先日のパーティーで着ていたような、軽やかで見るからに動きやすくかつそれでいて華も備えた我がドレス。これなど知れば誰もが欲しくなる品だろうとも。パーティーでは常にギュウギュウに締め上げられているご令嬢らからすれば特に。そして今私が着ている強烈なメリハリを潰さぬ女物の男装服。どちらもこれまでのスメラヴィア社交界には無かったモノだからな。
「基本は私の管理地の仕立て屋に任せていますね。今回のは参考用に私の着古しと仕立て方。それとその肝になる道具を都の仕立て屋に渡して作らせましたが」
「なんと!? 独自の!?」
「ど、どちらの!? どちらの職人に!? その御依頼をッ!?」
「レイア様の着古し……ッ!!」
妙なところに食いついている者がいるようだがまあ良い。私が服の仕立てを依頼した職人と工房の事は包み隠さずに紹介しておく。
こうやって広告塔になって、秀でた職人に太客を掴ませてやるのもまた貴族の仕事であるからな。いやはや彼らの嬉しい悲鳴が今から聞こえてくるかのようだ。
それがひいては私の領地の産物の需要が高まる事にも繋がるしな。
「ところで、その肝心要になるという道具とはなんなのかしら?」
私の投げた情報にきゃいきゃいとお姫様らが色めき立つ一方。一人だけが落ち着いた声で問いかけてくる。
「おや。この話にはフランチェスカも興味津々と見える」
「ええそうね。実に興味深い話だわ。貴女が今度はどんなとんでもないものを持ち込んだのか」
これは心外な。たしかに新しいものの参入が波を起こす事は事実だが、これでも技術革新の類いは緩やかにやって行っているのだがな。ともあれ聞かれたからには答えよう。今回も本当に隠しだてするような物でも無いのだからな。
と言うわけで私が懐から出したのは一枚の紙だ。無論羊皮紙ではない、我が領で作っている植物紙だ。
「紙、ですわね。たしか皇室に献上なさってもいた」
「ええその通り。薄く軽く、数が作れる記録媒体……ですが使い道はそれだけでは無い」
フェリシア殿下の言葉にうなずいた私は、一言断ってから紙を刻む。そうして出来たのは手のひらに乗る幾つかのピース。それを皇女殿下らに見えるように机の上で噛み合わせていくと。
「小さな……服?」
「その通りです! これを大掛かりにして、この形どおりに切り分けた布を縫い合わせて行けば?」
「服が出来るのですねお姉様!」
このフェリシア殿下の解答に花丸を出せば、ご令嬢らの間でどよめきが走る。
そうだろうとも。この概念が開放されたならどれ程に服飾に進化が訪れるのか。それは我が身に纏って見せつけてやっているのだからな。しかしこの騒ぎの中にあって、フランチェスカはやはり熾火のような気配を崩す事は無かった。