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32:今からでも唾をつけておきたい

「これらを大神殿のエピストリ神官に頼む」


「はい。寄進はまとめてこの袋一つですね」


 私レイアの出した書状の束と、硬貨を包んだ革袋を受け取ったミントは早速袋の中身を細かく五つに包み直して侍女服の全身に。

 いわゆるスリ対策だ。主だった十四大神をまとめて祀った都の大神殿は、当然治安の良い地域にある。加えて私の使いに出すミントには我が精兵が護衛に着く。だがそれでも盗人に遇うのが世の常というものだ。分散する程度の対策はやらずにいる方が間抜けというもの。

 天下のスメラヴィアの都、皇のお膝元で警戒のしすぎでは? などと思った者は一度自分がいかに奇跡的な安全圏に暮らせているのかを見直した方がいい。

 都とて明るい場所ばかりではない。いやむしろ心を、欲を持つ者が多く集うために、光から一歩でも外れた所には濃密な闇が立ちこめている。

 その闇に住まう者の生きる糧にならないために、打てる手は打たねばならんのだ。

 心構えの良くできた腹心を見送った私は、都に借りた宿から見える景色にふいと目をやる。

 そう。都である。

 先の父との約定を定めるための模擬戦。そしてこの機に集められた諸侯との社交会も含めた宴の一件。それから私はまだ領地に帰らずに都に滞在しているのだ。

 少数で賊を捕らえながらの強行軍に三日だけ挟んでの模擬戦と、我が兵と馬たちを随分と酷使してしまったからな。これに加えてとんぼ返りなど、脱落者が出かねないような旅路をやる理由などない。理由ができたなら命じる必要は生まれるがな。配下を浪費して豪遊気分に浸れる趣味は持ち合わせて無いのだよ。

 もちろん滞在しているのは配下のメンテナンスだけが理由ではない。都で作った伝手をより強固にするチャンスだからだ。

 皇はもちろんの事、各地に領主として封じられた冠持ちたち。そして大人数を抱えた商会の主に大神殿に務める宗教家。それらは私のように用があるからと本人が駆けつけるような軽いフットワークはしていない。

 それは立場だけの問題でなく、交通手段の格差問題でもある。私のように半身としてのニクスを持つ者は存在しない。

 どれだけ金と権を積んでも、用意できる最高の車両はサスもない馬車が技術の限界。ガタつく馬車それでも用意出来るのは上澄みも上澄み。一般的には徒歩での移動が標準だ。そんな文字通りの旅の足に加えて、集落の外には野盗がはびこる治安である。大人物の移動には、時間も金も湯水のように失なわれるのが常識だ。倹約家でなくても避けたくなるのが人間心理というものだろう。

 だからこそめったに顔を合わせるチャンスの無い者たちは、この機に既知の者と膝を付き合わせて打ち合わせ、面識の無い相手との顔繋ぎに躍起になるというわけだ。

 そのチャンス、中央・地方高官らの会合の機会になるのだから、無駄と揶揄される大きな社交パーティーも無意味ではないのだ。私が自分とその配下のために支払う滞在費で稼ぐ者がいるように、別の誰かしらの払いで巡りめぐって糧を得る者もいるのだからな。

 それはそれとして不便なことには違いないが。

 かつては身ひとつで惑星ひとつ、いやその衛星との間でもリアルタイム通信が可能で、設備を整えれば異なる恒星系の間でも通話できていた元機械生命体としては特にな。

 しかし不便で猥雑にしか見えない、マンパワーゴリ押しにしか見えないシステムであっても、今それを仕事にしている人々が多いのもまた事実。それらを一斉におまんまの食い上げにしてしまうわけにもいかんからな。逆手に取って利用する手段はいくらでもあるから構わんというのもあるが。

 そんな考えと平行して、窓の外に見える遠くに白い壁の城が見える景色を、いかに整え直すかと頭の中で図面を引いていた私だったが、ノックの音に現実に引き戻される。


「何事か?」


「レイア様、フラマン彩冠家令息のジェームズ様がお見えです」


 ミントの帰還にしては早すぎる。とは思ったがなるほどミントの留守役が報せた来客の名で合点がいった。

 あのフェリシア殿下に気に入られたパーティーで伝手のできたフラマン殿。彼が連れていたご子息方の三人のお一人か。

 近隣の大家の御家騒動とそれに連なる争乱を巧みな戦術でもって渡り切ったと、私の耳にもその武名は届いていた。

 ジェームズ殿はその戦術大家の長子。柔和な顔立ちとその印象そのままの控えめな人柄、というのを覚えている。

 お通しするように伝えたなら、ミント代理の侍女の案内に続いて、記憶していた通りの人物が淡い褐色の頭を下げて入室してくる。


「先日ぶりですレイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク嬢」


「ええ。御足労いただき感謝します。ジェームズ・ナウィス・フラマン令息」


 執務机から立ち上がって握手を求めたなら、ジェームズは恐縮しきりといった風に私を見上げておずおずと手を握り返してくる。

 うむ。やはり良く鍛練を重ねた硬い手のひらだ。体躯も恵まれた方では無いがそれでもしっかりと鍛えられて努力が窺える。が、それに反して自身への信用に欠けている風ではあるな。いや逆か。自信が無いからこそたゆまず努力を重ねているのだろう。


「本日は先日申し出た我が領との取引について、色好いお返事が聞けると期待してもよろしいのでしょうか?」


「……あ、ああはい! こちらとしてもまさに大河を前にした船。ご期待に添えられる内容でお答えできたかと」


 話を進める私に、ジェームズは我に返ってあわててうなづく。しかし取引相手として取り繕おうとしていても、本来の自信の無い態度が漏れてしまっているな。

 今はそこをつついて攻める理由もなし。流して彼が持って来てくれた試算の内容が記された羊皮紙を受け取る。

 皇国南方、海に臨む領土を持つフラマン彩冠家。争乱で広げた土地と影響力によって皇国の南方海運においても指折りの力を備えている。しかしその一方で、陸路交易においては並の一言。

 そこで私の手勢を連れた通商隊が、フラマン領まで我が領地と魔人族領からの産物を運び、彼らの売り物を我が領まで安全に届ける。そういう契約を持ちかけたのだ。

 皇国北端に位置する我が領とフラマン領では、物の価値の違いが上手いこと噛み合っている。この取引によって互いに供給過多で安値になる物を、腐敗の心配の無いものに限るとはいえ高値で売れる場所に供給できる。さらにはこの交易の規模が大きくなり、密になるにつれて互いの通商路の治安は改善されるというわけだ。賊行列つくりのレイア軍を襲うような賊など自殺志願者くらいであるからな。

 しかしジェームズの持ってきたこの試算は――


「随分と我が方が得をするように思えるが?」


 我が軍から出す護衛隊の糧食の割合。フラマン領で滞在する際の宿の手配等々。まだ実際に感触を確かめた訳でもないのに、肩入れが大きすぎはしないか。

 こちらが一時得をしたところで、取引相手にダウンされては我が方は顧客を失う羽目になるのだが。

 そう思ってジェームズに問うたが、しかし彼は困ったように笑うばかり。


「いやその、こちらとしては適正なつもりでして。陸路でレイア嬢のお名前を借りられるとなったら、先々を考えれば……はい」


「この取引にご当主の裁可は?」


「もちろん貰ってます……というか、こういう会計とかの周りは自分が担当っていうか……父上や本妻様の子である弟たちに比べて、戦働きで全然な自分ができる事って、ホントこんなことくらいで……」


 なるほどわかったそういうことか。こんな事だなどととんでもない。彼こそが今のフラマンの柱石だと言って過言ではないぞ。

 成り立ちから武辺者に偏りがちな冠持ち。それらの中で経済面で先々を考えられるほどの者はそう多くはない。

 たしかに戦術や武術において、周囲との比較で埋もれがちなのかもしれない。しかし兵站を丸投げにされてこなせる力。これはジェームズ本人が持ち上げている血族に決して劣るものではない。

 欲しいな。今から表立って引き抜きをかけるにはリスクが大きい。が、手に入れられるのならこの才は欲しい!


「この話を貴方がまとめてくれて良かった。ご当主様らであったとしたらここまで安心して取引を結び、続けられる気持ちにはならなかった事でしょう」


「は、はい……それはどうも、ありがとう存じます?」


 私の率直な褒め言葉を受け取り損ねているようだが今はまだこれで良い。きっかけ次第で我が配下に加わる。そういう考えにこれからなるようにしていけば良いだけなのだからな。

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