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31:舞うのなら素直なお姫様のが良い

「どうだねレイア嬢。楽しんでいるかね」


 自ずと割れる人垣。その裂け目からかけられる声に、私を含めたこの場にいるものが頭を下げる。


「もちろんでございます陛下。このように盛大な宴に参加させていただき感謝に堪えません」


 この私の礼を鷹揚に受けたのはスメラヴィアの皇陛下だ。ほっそりした体を煌びやかな装いで膨らました彼の両端には一組の男女が。

 陛下から一段下がるものの、それでも質の良い衣装に身を包んだこの二人は殿下、この国の皇子と皇女様である。

 二人とも陛下譲りの淡い茶髪と青い瞳の持ち主であるが、私に向けたその目の光はまるで違う。

 淡いイエローのドレスに身を包んだ姫、フェリシア殿下の方はキラキラとした憧憬のそれ。少々くすぐったくはあるが浴びていて心地よい眼差しだ。

 たしか私の二つ下の十四歳だったか。キチンと顔を合わせるのは初めてであるが、私の装いと立ち居振る舞いに好感を抱いてくれているようだ。

 対して皇太子の方、エステリオ殿下からはこちらを見下している心が見える。おそらくは私を女の役割から目を背けた跳ねっかえりと見なしているのだろう。その一方で、皇家の威光に竦みすり寄っている程度の小物だとな。おおかた周りから吹き込まれた話を頭から信じ込んでいるのだろうな。どうやら父に似たのは見た目だけで、その心根と資質はまるで異なるようだ。

 それにしてもこちらも初対面のはずだが、その眼には既視感がある。この目を合わせた時の不快感。これはどうも私自身の深い所からわき上がっているようだが、まさかな。


「皇太子殿下、皇女殿下にもお目通りが叶い光栄であります。トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠家のレイアでございます。以後お見知りおきを」


 ともあれ挨拶である。公の場で無礼を働いて得する事などありはしない。たとえ引っ掛かる感覚があったとしてもな。


「噂には耳にしていたが、聞きしに優る令嬢騎士であるようだ」


「こちらこそ、お会い出来る時を楽しみにしておりました」


 軽く鼻を鳴らして皮肉の色の乗った笑みを浮かべる皇太子に続いて、輝く目をそのまま前のめりになる皇女殿下。

 この皇家の兄妹の態度に、私は頭を上げるなりに姫殿下の側へ歩み寄ってその手を取る。


「ではお近づきの印に一曲いかがですか?」


「まあ!?」


 私からのダンスの誘いに、フェリシア殿下はもちろん、陛下も皇太子殿下も、周りに集まっていた皆々も私を見上げて驚いている。

 それも無理は無い。いくら嫡男顔負けの体格と武者振りを見せつけたとはいえ令嬢、それも四氏直系の高位のが姫をダンスに誘うなどスメラヴィアの歴史に前代未聞。常識外れも甚だしい事だ。

 だが皇女殿下の戸惑いながらも私を見上げる目にはまだ見ぬ世界への好奇心がある。彼女を含めた周囲が反応を返す前に、私は広々としたエリアへと殿下を誘う。


「よ、よろしいのでしょうか?」


「踊るのが男女のペアでなければならないと法に記されてはいませんでしょう。私のリードに御不安でなければ」


「そうですわね。どうぞよしなに。お願いいたしますわ」


 もう一押しと重ねて誘えば、フェリシア殿下は実にあっさりと好奇心に乗ってくれる。

 そうして程よい音楽の境目を待ってからホールドを組みステップに。

 当然大概の男性すらしのぐ身長の私が男性リードパートになってのワルツ。最初は互いに様子見に呼吸合わせと、基本中の基本の足運びから。

 しかしさすがは皇女殿下と言うべきか。ホールドの段階から思ったが、幼少からの仕込みもあってか実に高いレベルで身に付いている。これならばもっと派手に行けるか。

 それをささやくように伝えれば、フェリシア殿下は上擦った声を上げながらも、次の段階へのステップアップにうなずいてくれる。

 改めて呼吸を合わせた私と殿下は互いに動きを大きく。

 私の方が比較的スリムなシルエットながら、殿下との組は双方が大きく広がる華やいだ衣装。つまりは花と花の組み合わせになる。が、華同士でも魅せようはある。

 私が満開に花開いた大樹。あるいは飾り羽根の豊かな大鳥を。そして姫殿下がその周囲に舞う大輪の花となる。これが私たちのワルツのコンセプト。

 そう軸を立てて舞って魅せれば、音楽に混じっていた広間のどよめきが主役を押しのけるほどに。戸惑いの色はそのまま、しかし目新しさを楽しむ声として。

 そし締めからのお辞儀をして見せれば、私と姫殿下に向けた万雷の拍手が。もっとも、指導でもなく公の場での型外しをやれば十割が心から讃えているはずも無いだろうが。


「即興のものにも良く合わせて下さりありがとうございます。お見事でした殿下」


「これまでのどの殿方よりも大きく、それでいて繊細なレイア様のリードには私も今までになく胸が踊りました」


 そう私を讃え見上げる姫殿下の青い目はさらに輝きを増していて、世辞も何も無しの態度だと良く分かる。

 こうした純粋さは王者としては諸刃の剣であるな。支える者に恵まれれば民衆に広く愛される王となろうが、奸臣にとってもつけこみやすい事だろう。

 しかし姫殿下。そろそろ手を放しても良いのでは? 未だに私の手を握る力がまったく弱まらないのはどういうわけか?


「あの、姫殿下……?」


「フェリシアと、気楽にお呼び下さい」


 おおっと。呼びかけようとした段階で被せ気味に返されてしまった。しかしまたとんでもなく気に入られたものだな。


「ではフェリシア様と」


「は、はい! それで、私からはレイアお姉様とお呼びしたいのですが……その、年も近く……遠縁でもあることですし!」


 そう来たか。まあフェリシア殿下の側からの申し出ともあれば無碍にする方が無礼となるか。あの気にくわない雰囲気の皇太子殿下とダンスさせられるのを避けるのに一役かわせてしまった報酬としては安い……いやむしろ皇女派閥と見なされても得のあるつながりになるな。


「もちろんです。フェリシア様にそのように呼んで頂けて光栄ですわ」


「感謝いたしますわレイアお姉様!」


 微笑み膝まづいて了承したならば、フェリシア殿下は私の手を取り胸元に寄せて満面の笑顔を。

 完全に事後確認になってしまったが陛下にチラリと目配せをしたなら、細身の皇は満足げに微笑んですらいる。良いのかそれで? いや婚約者との間に割り込んだのでもないので、私と姫殿下の友誼そのものは良い。そちらではなく、皇族・貴族としての振る舞いというかその辺りは。

 しかし皇もその他の人々も、さっきの見事なダンスがよほど効いたのか、私と姫殿下の結びつきに好意的な目を向ける者がほとんど。私に遺恨を持つ一党が表向きの笑顔の奥に忌々しげに含みを抱いた目を見せるばかりだ。

 これも私の勢力が勢いがあり精強とはいえ少数であるからであろうな。高貴な家の跳ねっかえり娘同士の友情以上にはならんとたかをくくっているからだろう。

 それはそれで好都合。侮られている間に勢力を伸ばせば良い。加えて私の登場という時勢を読めない者を見定める基準ともなる。目下の問題は――


「では足休めにお姉様のお話を聞かせて聞かせていただきたいですわ」


「皇女殿下で独り占めなさらないで下さいまし。レイア様、次は是非に私とも!」


「いいえ。次は私が!」


「次にとは申しませんが、この宴の間には一曲お願いしたいです」


 勢いづいて群がってくる御令嬢方だ。

 いや、ありがたい。人気はありがたいのだがな。本人と御家にそれぞれに目的もあるだろうに、そちらを見失ってしまうのは良くないぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれれー? 皇太子もなんかある奴ですか? どうなることやら先が楽しみです。
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