3:晴れ所により矢の雨
頂点に達しつつある太陽の下、私レイアは馬上にあった。
筋骨逞しいこの大柄な牝の青毛はセプターセレン。我が愛馬だ。
何事にも動じぬ泰然とした気性でありながら、認めぬ相手には手も触れさせないプライドの高さを併せ持つ、まさに女王たる風格の持ち主。その深く根を張った古木のような脚は全身に甲冑を纏った私を鞍上にしても、他の騎馬に影をも踏ませぬ走りを約束している。
そう甲冑だ。
私の身を包んでいるのは金属板と皮革を重ね合わせた全身鎧。それも私の戦闘スタイルに合わせた特注のモノだ。
車輪型の前立てで飾った広く視野を取るために顔を大きく開いた兜。別パーツである面頬両サイドには後ろに反った小盾が。盾といえば、両肩も小さな盾を重ね連ねたものをぶら下げた形で肩鎧として肩の可動域を確保。その下の籠手は左側が厚く、逆の右腕は動きを阻害しないように革が中心の最小限度の守りに留めて。そんな弓を扱うのに最適化された重装鎧となっている。
そんな私の左手には、メインウェポンである愛用の大弓が。これは弦を張るのに五人がかりの手が必要な大強弓である、と言っても私にとってはまだ物足りないのであるが。
そして右腰右肩に毛皮で飾った矢筒をかけ、左腰には馬上で抜きやすいよう反り身にした長剣をサブウェポンに佩く。
これが私レイアの人間としての武装スタイル、重装騎馬弓兵の姿だ。
このフル装備の私が丘陵から見下ろすのは森と丘の前に屯する兵団だ。
我が家伝来の稲妻と青毛馬の紋章旗を中心に、それぞれの家の旗を掲げた彼らは、もちろん我が父が差し向けた軍勢だ。
「三千ってトコですかね? 片手の指からちょい溢れる程度の村に差し向けるにしちゃ豪勢すぎやしません?」
何やらかしてくれたんですか。
目でそう問いかけてくるのは、我が方の騎兵隊長だ。
金属で補強された革鎧に身を包んだ彼、ヘクトルは前職のためか口調にも顔つきにも野性味で溢れている。が、その実課した務めを誠心誠意に果たそうとする男だ。ミントといい早いうちから良い人材に恵まれたものよ。
「この私だぞ? 昔からの事を思えばどれが心当たりだったかなど分かるものか」
「あー……まあ税の取り立て軍に混ざってきて、山賊をやろうとしてた集団をたった一人で叩きのめすようなお嬢様だったもんなぁ……」
「懐かしい話だ」
初めて会ったその時、ヘクトルは率いていた食い詰め傭兵団と共に山賊行為に堕そうとしていた。それを私は無用な恨みを買う前のを見つけてシメシメと私兵としていただいてやったのだ。彼とその配下も私の下で食うに困らぬ暮らしが出来ているのだから結構な事だろう。
「まあそりゃあ俺たちにとっちゃあ良い御主君ですがね。逆に言やあ傭兵崩れを正規兵に雇いいれるような常識はずれの頭の痛くなるようなご令嬢って事ですな」
違いない。
六つの頃、ニクスの機体との接触でこの記憶を取り戻したその時。私は盛り上がったテンションのままに家の馬車をひっくり返してしまった。かつての宿敵らも目の上のたんこぶも無くなった事に、少々気を良くしすぎてしまってついつい、な。もっともそれはそれとして、我がパサドーブル州だけを見てもとても楽観できる状況では無かったのだがな。
我が身に降りかかると予想された面倒事。これらを避けるために状況の改善を、と考えたからとはいえ、まあ私の行いの数々が親が頭を痛めるような規格外のものだったことは認めよう。
「しかしまあなんと言うか、この三千の軍勢が集まるの、お嬢の予想からはだいぶ遅かったですな」
確かにヘクトルが言う通り、父の寄越した軍勢が集まるまでにこちらの準備は完了してさらに余裕があった。ラックス村に帰還した私が、ニクスと共に数日の土木作業に加われてしまうほどにだ。
だがこれは父の指揮が悪いワケでも、命令を受けた指揮官がノロマだったワケでもない。
狼煙と早馬が主な伝令手段では、多少先回りに軍勢の仕度を進めていたとしてもこれが限界だろう。
「おまけに兵の中心が民兵ではな。むしろこれだけ揃えさせた父を褒めるべきだ」
集まった敵兵三千の様子をよくよく見てみれば、武器は槍だったり長斧だったり、防具も兜があったり無かったりと不揃いで、明らかに急ぎでかき集められた民兵ばかり。
それを改めて把握して、ヘクトルもまた深くうなずく。
「そうですな。これがまあ普通でしたな。どうもお嬢の下で働いてると他との感覚を無くしていけませんや」
ヘクトルが言うように、周辺国で一般的な父軍の編成に対して、こちらの兵は装備を兵科ごとに統一させた常備兵だ。
訓練と警察業務。災害対策を含めた一次産業の守護、そして有事の際の戦力。それらを生業とさせている職業軍人たちである。当然動員した際の立ち上がりも、陣地造営の手際も比べるべくもない。
もちろん、質で勝れば絶対に数の差を覆せるかと言えばそんなことはない。質の差だけが頼みの綱であれば、な。
「ともかく、先に打ち合わせておいたとおりにな」
「うっす。我らが主の御心のままに」
おどけ調子の騎兵隊長に私が笑みを返していると、敵陣からこちらへ進み出てくるものが。
実家の旗と、猛禽をメインにした旗を掲げた騎士たちは敵三千の代表として口上を述べに出てきたのだろう。彼らを迎えるべく、私もまた丘を降りるべく手綱を返す。
そうして同じ位置で向かい合うと、父の手下は馬上で羊皮紙のスクロールを開く。
「テオドール・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠よりのお言葉である! 畏まって拝聴せよ!」
そんな居丈高な口上を皮切りに告げられた言葉を要約すれば以下のとおり。
過大な軍備の強化。過日に与えた申し開きの機会を蹴っての父への弓引き。これらから私、レイアに反逆の企みがあるのは明白。
即座に軍備を解いて父テオドールの軍門に降るのならば許す。
さもなくば私が手をつけた村たちを根切りにする。と。
まったく冗談ではない。
吹き出すのを堪えるのにムダな力を使わせてくれるものだ。
なるほど、私の野心については確かにその通り。返す言葉もない。
だがこちらが武装解除をしようがすまいが、我が村へ略奪を働くつもりだろうに。
民が叛く事は断じて許さん。自慢の武力でもって徹底的に叩き潰す。それが父が祖父やその上のご先祖から受け継いできた対処法だ。
確かに反乱に慈悲をかけずに始末する事で、恐怖によって続く乱の目を摘む効果があることは認めよう。だがそれだけだ。自分の収める民をむやみやたらに叩いていては支配者としての己の首をしめる事にもなる。ましてや私の息のかかった集落は大きく栄えて飛躍しようとしているというのに。
「せっかくの慈悲だが受け入れられぬ。かかってくるがいい!」
私のこの宣言に続いてヘクトルが自身の馬に備えていた旗を拡げる。
そこに描かれていたのは菱形紋に車輪を重ね、さらに雷嵐と女ケンタウロスのシルエットを重ねた図。ミエスク伝統のものとは異なる私独自の紋章だ。
別の家としての独立も同然のこの旗揚げ。煌冠家の威光など灯火同然だとの無言の主張に三千の代表を務める将は絶句。しかし頭を振ってその衝撃を振り払う。
「ふん! 小娘が思い上がりおって……後悔するがいい!」
「さて、後悔するのは果たしてどちらでしょうね」
最後にもう一つ挑発を付け加えれば、将は荒っぽく手綱を鳴らして離脱していく。直後、かすかな風切り音が迫ってくる。見上げれば私たちを狙って降り注ぐ矢の雨が。
その鋭い雨粒に、私はエネルギーを放射。これによって大気に起きた波動は矢玉を真正面から押し返してブレーキ。この激突が起きたのは、離脱しつつある将とその護衛たちの丁度真上あたり。奇襲のつもりだったのだろうが、向きの狂った矢玉たちは逆に仕掛けた側に雨と。
慌てて逃げ出すそれらを遠目に、私はヘクトルと共に自身の本陣へセプターセレンを向かわせるのであった。