28:わざわざ出てきてくれてありがたい
「ぐわあぁああーッ!?」
「止めろ! なんとしても止めろッ!」
「じ、陣形を固めるんだろッ!? そうすれば……」
「違う、そっちに行くなッ!」
逃げるものと進むもの。それらがぶつかり合って絡まった一団を私は馬上から振るった鉄棒でなぎ倒す。そうしてまた同じように混乱してできた障害物を、得物と愛馬の勢いで次々と散らして行くのだ。
父率いるミエスク軍との模擬戦。皇の前でやると決めたその時から三日後の今、私は自慢の精鋭を伴って、父軍の陣形を破り回っている最中だ。
まったく情けない。
三日の猶予の内、父がやった事といえば姑息な妨害程度。我が軍の装備を奪うなり破壊するなどを狙った工作には、相応の報いを施した実行犯を晒し、精鋭への手出しも正面からは本人らに任せ、薬等々は私が手を回しておいた。そうそう、私相手にも毒を盛って来たが、その毒ごと美味しく平らげてやったわ。毒ごときで私が死ぬか動けぬようになるかと思っていたとは、まったく滑稽なほどに娘の事を理解していない。
父がそんな無駄で下らぬ工作に腐心している間に、我々は模擬戦の場に指定された平原を調査。細かな地形の起伏等を改めて確認、全体で把握しておいた。
そんな短い準備期間を挟んで始まった演習は我が方五十騎に対し、父軍が五千を布陣して始まった。
圧倒的数の差でもっての王道の包囲せん滅に入る父に対して、私がやることはただ一つ。突撃だ。ただし、指揮系統に五人張弓で布鏃をぶちこみながらだが。
馬上にふんぞり返った派手な的が、私の放った矢を受けて吹っ飛ぶ様は何度見ても爽快であったな。
そうして命令を伝える中継点を失い混乱し、浮き足だった兵たちではまともな槍襖を作れるはずも無し。後は文字通りに板っぺらを突き破る勢いで敵陣を破るだけというわけだ。
それも私とセプターセレンが嚆矢となって突き進んでいるわけだが、後続の精鋭たちもよくやってくれている。私のこじ開けた陣形の隙間を食い広げ、とっさの方向転換にも良くついて来てくれている。馬に息を入れさせるタイミングもバッチリだ。
どれだけの数が揃えられていようが、ぶつかる相手は一人か二人の連続。この程度では我が方の突撃を食い止められはしないぞ。
まあ数任せの指揮とはいえ、厚み任せだけで封殺出来るとは父も思ってはいるまい。慌てて指令を出したのだろう騎兵隊が吹き飛ぶ歩兵らを目印にして駆けてきている。
これに私は握っていた金棒を投擲。すかさず手近な敵兵の長物を握る。それを逆側を掴んでいた敵兵ごとに振り回し、金棒を受けた先頭が倒れてつまずいた敵騎兵隊に叩き込む。
そうして敵の馬の速度を殺しつつこちらは乗った勢いのまま坂へ。緩やかな、しかし長いこの傾斜を無理なく走る我が軍の馬たちに対し、敵方の騎兵は開いた差を詰めようとしきりに馬の腹を蹴り急かす。
ミエスクのノウハウで育てられた軍馬だけあって、息を荒くしながらも鞍上の指示に答えている。出遅れの差を埋めて迫っているのだから充分な働きだと言って良い。だが坂の頂点から貯めた脚を解き放った我が方は、その健気な働きで強引に詰められた差を無慈悲に千切る。
お家芸の騎兵でも差をつけられては父も動揺を禁じ得まい。鑑賞している陛下や諸侯らも充分に見せ物を楽しんだことだろう。と言うわけでここで私は後続のヘクトルらに合図を。自分はセプターセレンと単騎で本陣へ。
この分散に、追いかけてきた敵騎兵隊の大半が方向転換。私に釣られて自分達の本陣へ引っ張られる。
大将首を狙うのは正しい判断だが、タイミングが悪かったな。格上の騎兵と戦った経験が無いのが災いしたな。
そうして私を先頭に突っ込んでくる騎兵隊に父の本陣が構えを一瞬躊躇ったところへ、私とセプターセレンがぶちかます。
防具ごしなら死なない。その程度に加減した怪力でのなぎ払い。軍馬の突進も加わったこれを恐れて、父を守る兵は雪崩をうって逃げ出す。
大方私の寡兵など封殺して終わり。自分達のところへはとても届くまいとたかを括っていたのだろう。もろいもろい。
そうして拓けた王手までの道を阻むのは傍を固める精鋭のみ。そこへ私は容赦なく愛馬と共に突撃を――
「なんだッ!?」
「ち、地下からだとッ!?」
その瞬間に上がった爆音と土煙。それを振り払って父の兵を踏み潰したのは鉤爪を備えた巨大な足。鋼鉄の巨大恐竜の足だ。
なんとまさか。模擬戦に目を向けすぎていたか。ここまでの接近に気づかないとは。まったく見事なスニーキング能力よ。
敵ながら見事と襲撃者の力を称える事で私は頭を切り替え、愛馬の手綱を手繰って方向転換。模擬戦どころではないと味方に知らせの鏑矢を放つ。
父テオドールへ襲いかかるのは、やはりというべきかダイノボーグ。しかもどこから調達したのかやけに「真新しい」頭を取り付けたつぎはぎのだ。そこ以外は見覚えのある傷を持った鋼の巨体であるので、私が戦ったあれと同一個体なのは間違いなかろうが。
なんにせよ、捨て置いて父を見捨てたと見られるのはつまらん。だから五人張につがえた最後の矢で奴の眼を射貫く。
割れたカメラアイから矢を生やしたダイノボーグは当然残る目で私に狙いをつける。
しかしなんと脆い。私は牽制のつもりで射ったのだがな。
「オノレ! レイアッ!! またしてもジャマをッ!!」
「なんと喋るか!?」
思いもよらぬ咆哮に私は思わず声を漏らしてしまった。が、手綱捌きに遅れなし。奴が地響きを起こして踏み出すよりもセプターセレンの足音のが早い。
「メザワりな! キサマからサキにシマツしてやるッ!!」
「実際目玉に刺さっているからな」
軽い挑発を重ねてやれば、奴はもう完全に私に夢中。セプターセレンを追いかける形で火の玉を連射してくる。
そうして巻き起こる熱気を帯びた爆風の中を、私は愛馬と共に駆ける。
しかし奴の声、ノイズ混じりではあるが聞き覚えがある。前の世界での話ではなく、割りと最近の。この声はたしかあの男の……そうか、そういうことか。
火の玉を避け続けながらそこまで考えた瞬間、私は頭の中に響いたアラートに従ってセプターセレンを飛び降りる。この分離によって私と愛馬は共に背後からの鋭いモノを掠める程度に抑えられた。
私とセプターセレンの手綱を断ち切ったそれは大きな鎌、いやそう見紛うほどの鉤爪だった。当然それを放ったのはダイノボーグ。なのだがその形態は先程とはまるで別の物に変わりつつある。
二足歩行なのはそのまま。しかし恐竜形態の足では無い、そちらは私に爪を飛ばした腕として伸びている。
そうして上半身と下半身を入れ換え、ナックルウォークの似合いそうな類人猿体型のその胸部には新しくなった頭のパーツの上半分が。そして分離した下顎が首の上、中に収まっていた頭部と共に落ち着く。
「コンドこそ、このチカラで……ヒトツになったオレたちでツブしてやるッ!!」
「ああ、やはりルザン郡のお坊ちゃんだったか。復活を目論んでいた地竜の力を我が物に出来て良かったではないか」
ヂカヂカと瞬く両目で睨んでくる上半身が偏ってゴツい巨体の正体は、やはりそういうことだった。
私への憎しみを重ねて一体化を果たしたダイノボーグと坊っちゃんは、太刀を構えた私を叩き潰さんと躍りかかる。が、これに私は前進。落ちてくる拳をスルリと潜ってかわす。そのついでに足首の継ぎ目に刃を入れてやる。
地響きと鋭い金属音を伴ったこのすれ違いから私は受け身から振り向き残心。刃零れの無い反り身の刃を向ける。
「そんなケンでカつつもりなのか?」
人型のダイノボーグは私の剣と、それを徹さなかった己の機体を見下ろして嘲笑する。そうして上段に構えた私に悠々と歩み寄ってくる。が、そんな奴の横っ面にニクスの膝が突き刺さる。
やれやれまったく。自分が誘導されていたことにも気づいていなかったとはな。こんなマヌケを相手に披露するのはもったいない気もするが、これだけの観衆がいる場面もそうはない。ひとつ、本気を見せてやろうじゃないか。