27:下げればここぞとばかりに食らいつく
「さて、トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠。そなた聞くところによれば、これほどの娘に軍を差し向けたそうだがまことか?」
「……そのような事、あろうはずがございません。国境近くで大掛かりな軍事演習を行いはしましたが、それを曲げて陛下のお耳に入れたものがいるのでは?」
陛下のすかさずの追及に、父テオドールはしれっと流言に過ぎないと。
「と、父君は言っておるぞレイア嬢。そなたからの文ではそなたが買い取った土地に父の大軍が差し向けられ、民が恐ろしい思いをしたとあったが?」
「いやはや。出来の良い娘ではありますが、その才故にか跳ねっ返りでもありましてな。たしかに娘にも一帯を任せはしましたが、我が領土でもあります故……」
「ふむ? 正式な形式で辺境の一帯を譲り渡す契約書があったことを余は確認しておるぞ?」
私に水を向けようとした陛下の言葉を、被せるようにして否定する父だが、陛下はそれを通さない。父の警戒が薄い内だったとはいえ、皇も認める正式な形を許した事に父は今になって後悔している事だろう。
情勢次第では冠を奪いに立ちかねない父の勢力は、陛下にとっても配慮が必要だ。だがだからこそ父の影響力をわずかにでも削いでおきたいところはあるのだろう。その辺りは私と陛下の利害の一致というやつだ。
しかし陛下ばかりに被ってもらうのもここいらにしておくべきだな。
「振り返ってみれば演習の軍だったのやもしれません。私も精強な兵を鍛えていた自負はありますが、その数そのものはわずか三百足らず。仮に本気で差し向けた三千の兵であれば、我が方が一方的に蹴散らして捕虜を取るような勝利はなかったやもしれません」
この言葉に諸侯からはどよめきが、父の頭からは湯気が立つような怒気が。
公の場で、実態はどうあれ十対一の戦力差をひっくり返されたとメンツに泥を塗られて黙っていられる訳が無い。
「レイア貴様……よくもそんな大言を……」
「ああ父上は謀反を目論んでいたような将に任せて、戦場にはおりませんでしたからとても信じられないでしょう。そこでどうでしょうか、我が手勢と父上の手勢で演習を行うというのは? その結果で諸侯にも父上の言こそが正しいのだと証明されるというのは?」
乗るかと誘っているが、父はここでやるしかない。私の申し出を避ければ父は見下げはてた臆病者として武門の名を背負えぬ程の評を受ける事だろう。
だから自分直々の指揮にて私に勝つ。そんなほつれ糸一筋ほどの可能性に賭けるしか道は無いのだ。
当然ながら、もしこの賭けに負けた場合父の評判は地に墜ちて引き上げようも無くなるがな。
それを分かっているのだろう。父としてはこの一見勝ち目充分な賭けに乗ると言えずに歯噛みしている。
「やるか否かはさておき謀反と言ったか? 何をバカな……私が軍を預けた将が、まさかそのような企みをするはずが……」
「本気で無いと思うのなら、それも私に勝って証明すればよろしい。それで領地を検めれば分かることです」
まあ企んでいたルザンの新領主殿は、すでにどこへともしれなくなってしまったのだがね。
さてこれで部下の名誉……実態は州を領する煌冠としての父の力と名誉も賭けの代に乗った訳だが。はたして決断が出来るものか?
「……分かった。その戯れに付き合ってやろうではないか!」
「分かりました。では日取りはいかがいたしましょう? 我が方はいつでも行けますが。大所帯のミエスクの軍勢はまだ動けませんか」
「……三日後だ。そこで決着をつけてやる」
「このように父は申しておりますが、よろしいでしょうか陛下?」
常在戦場を仕込んだウチの精鋭とは違いますよねとの私の挑発。これに苦々しげに吐き捨てた父の言を受けて陛下に許しを願えば、玉座からは了承の反応が。
「本当に良いのかレイア嬢。余が話をまとめてしまっても良いのだが?」
「この場を設けて下さっただけで充分な骨折りです。結果がどうなるとして、父にも私にも武門として示さねば納得のできぬものがあります故」
せっかくの気づかいであるが、そちらは私には少々都合が悪いので遠慮させてもらおう。
陛下としては纏めるとして、どうしてもテオドールにも配慮しなくてはならない部分があるからな。父のための契約の抜け道やらを仕込まれる訳には行かんのだ。
「あい分かった。ではその演習の結末とその後に纏まる約束事については余の名において確かなものとしよう。双方良いな?」
「ありがたき幸せ。契約に陛下の御名がありますれば、畏れ多くも反古にする者などおりますまい」
「……承知いたしました。レイア、貴様にとっても同じ事であるということは忘れるなよ」
はてさて? 私は上からの圧など無くとも約束を反古にしたことなど無いが? 少なくとも達成するための働きを怠った事など無いぞ。
まあ政の上での約束というのは、特に努力したところで達成出来ると決まったモノでは無いがな。年期の入った柵を含め、自身の率いる団体の内外の状況。それら全てが理想・目標を遮る事例など枚挙に暇がない。
だから安易に大層な公約など出来ぬし、やらぬ方が良いのだ。敵対勢力はそれを達成させなかっただけで、公約を掲げた者に悪評を押しつける事が出来るのだからな。
「もちろんですとも。約束事がらみで父上が領民から不満を抱かれているのは散々に見てきて、多少は後始末にも関わって来たのですから。重々承知の上ですとも」
「おのれは……!」
父への不満と言っても、どこでもやってる程度の資金繰りを理由にした工事の遅延やら、治安維持活動の縮小やらといったその辺だが。だがしかしそこを公表されてはさぞ大問題のように聞こえる事だろうとも。それが氷山の一角に過ぎないとも見られる事にもなる。
「なんと煌冠閣下はそのように娘に助けられていながらあのような?」
「いやいやご令嬢が本当に桁外れに有能なのかもしれませんぞ。英雄の父母もまた英雄という事例はまずありませんからな」
「大身になれば目の届かぬところも増えますからな。州一つを十全に治める事もなかなか出来ることではありますまい」
これまでの私たちのやりとりに、諸侯らの皮肉まじりのどよめきが大きくなる。貴族として最高位であり、古くは皇族にも連なる煌冠家現当主を軽んじるこの雰囲気。己の血を重んじる父上にはとても我慢ならないモノだろう。さて、ここでもう一押しといこう。
「ところで父上。残り三日の短い期間ですが、よろしければお連れの兵に私から手解きをいたしましょうか? 過日に矛を交えたところ少々心配なところがありましたので」
数の差に加えて、私の手の内をさらすハンデをくれてやろうか。その意を丸出しにした挑発に謁見の間はどっと沸く。
「それは素晴らしい! なんと親孝行なご令嬢か」
「いやいや話を聞くにレイア嬢にかかれば国中の武門の精鋭とて烏合の衆とされるやもしれんぞ?」
「なんにせよ煌冠閣下には得しか無い話ではないか。ここはひとつ、娘の手腕を確かめる意味でも申し出を受けてみては?」
「結構! たった三日の訓練など所詮は付け焼き刃にしかならん! 下らぬ奇策など地力で劣るがゆえに頼らねばならんもの。我が方には必要ない!」
周囲から嘲りの言葉と目とでつつき回された父はそれらもろともに私の申し出を蹴飛ばす。そうして皇へ頭を下げてこの場を辞するのであった。
これで状況は私の望む形に整った。後は本番で派手に見せつけてやるばかりだ。真にパサドーブルを支配するのにふさわしいのがどちらかと言うことをな。