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26:お目通りである

「レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクである。開門を願う」


 兜を片手にいつもの甲冑を着た私が馬上から名乗るのを受けて、先触れを受けていた城門が重々しい音を立てて開かれる。

 そうして招かれるままに、私と我が精鋭の騎馬兵団は蹄の音も高らかに皇都の内へ。

 整然と進む私たちのこの姿に、大通りに野次馬に集まっていた民らは感嘆の声を。そしてその声はほどなくして戸惑いのどよめきに。

 無理もない。我が騎馬兵に続いているのが歩兵ではなく、縄を打たれた者どもであったのだから。

 これらは都への途上で狩った賊どもである。

 越権が過ぎるため、当然パサドーブルの外には私の野盗狩りの手は及んでいない。ならばとこの機に乗じて治安改善としゃれこんだのだが、予想を超える大猟になってしまった。我が配下よりも多くなってしまっている。

 先に出ていたのだろう父の軍も、上洛の途上で捕縛討伐はしていたのだろう。道を大きく外れたところで息を潜めていたので多少は面倒であったが、やるからにはここまで根こそぎにやらねばな。


「あれほどの賊を捕らえて来たのか? 先に到着された煌冠様はほんの数人だったぞ?」


「お嬢様の方は手勢も数分の一だってのに、討ってきたのは数倍って、こりゃあとんでもないぞ」


「兵士も一人一人ピシッとしてらっしゃるしな。これでパサドーブルの外れで整えたってんだろ? 都の兵士よりもしゃんとしてないか?」


「なぁるほど。だからご当主様としては恐ろしいってわけだ」


 私と父との戦果を比較した民の声が心地よい。計算した通りに評判を上げられると気分が良いぞ。


「どれもこれも狡猾な賊どもでありました。これでは精強なる陛下の兵であっても手こずらされる事でしょう。国の平穏にわずかにでも貢献出来たのなら幸いであります」


 都の兵らを立てる形で挨拶を挟んで引き渡せば、集められた衛兵たちは私へ揃って敬礼、我が軍から賊を捕らえた縄を受け取り引っ立てていく。

 それを見送った私は改めて手勢を率いて大通りに入る。すると通りの両脇に固まった民衆からは拍手と歓声が。


「スメラヴィアの誇り! 美しき姫騎士レイア様!」


「護国の戦乙女様!」


 なんとも盛大な。しかしながら誰が言い出したのやらコテコテな異名まで添えてくれる。


「……先触れに混ぜて仕込んだなミント?」


「……レイア様のお力を思えば、これでも足りないくらいかと。この二つ名に見合った立ち居振舞いを期待させて貰いたいものです」


 言ってくれるではないか。

 この手際の良さで、私の愛馬と甲冑を含めた軍備を整えて出てきてくれて助けられているのだから、強くは出られんな。

 加えてスケジュールの狂いも私の単独行動が招いた事なのだからなおのこと。

 もっとも、メイレンが加わる以前であれば誰を派遣しようがダイノボーグを巡るゴタゴタで多数の犠牲者が出たことは間違い無い。だから育成中の手勢をそんなところで失わずにすんだこの差配に反省はあるが後悔はない。

 今後の方針として、よりニクスレイアを最後の切り札として不動のものとし、機動力と戦闘力に長けた配下の獲得、育成に注力する事。これが第一となるか。

 そうしてミントの仕込みを受けた民衆の歓声の中を進んでいれば、ふと刺すような視線を感じる。民衆のものとはまったく違う剣呑なそれを探ってみれば民宿に紛れた所々に私を睨む者の姿が。


「……父君の手勢でしょうか?」


「それだけでは無いだろうな。が、ここで仕掛けてくることはあるまい」


 そんな私の視線を目敏く辿ったミントが周囲に悟られぬように声を潜めて。もちろん私もそれに合わせて、民の歓迎に手を振り返す動きをやめずに腹心をなだめる。

 勢いづいた新興勢力。それを歓迎できない者などいくらでもいる。ちょっと耳が早い者ならば今後のつきあい方を定める材料を探りに来るだろうとも。何もおかしい事は無い。


「しかし、だとするとこの場はその忌々しい勢いを削ぐのに絶好のタイミングでは? 民にレイア様が倒れる様を見せつける企みくらいはあるのではありませんか? 出来るかどうかは別にして」


 そのミントの心配も一理ある。

 無謀と分かっていて無謀を働くものなどいない。無知だからこそ大胆なやらかしをやるのだ。私の実態を知らねば武勇自慢の姫騎士程度に見誤る者ばかりだろうからな。

 だが皇のお膝元であるここで、争乱を起こすリスクを犯せるモノはそうはおるまい。少なくとも自分に疑いが及ぶような企みでゴーサインなど出せはしないだろう。

 実行役を任されているのだろう連中が、私と目を合わせた事で威圧されている内は事は起こせまい。

 こう私が重ねて宥めるも、ミントはセプターセレンの先導をする位置で警戒は緩めない。

 それはそれでよい。私の判断が楽観でしかない可能性はゼロでは無いのだから。

 そうして部下の警戒の甲斐もあって、我々は何事もなく水堀に囲まれた城へ到着。厳選した腹心と馬廻り衆だけを伴い、跳ね橋を渡って重厚な城門を潜る。

 下馬して泥を落とす程度に身繕いを済ませた後、案内役に導かれる形になった私は、長い脚を堂々と伸ばして謁見の間に続く廊下を進み、その半歩後ろから警戒を緩めぬ部下たちが続く。

 そうして通された大扉の奥、謁見の間を私は扉の前に部下を残して一人行く。

 広間に集まっていた諸侯官僚らから値踏みするような視線が集まる。が、私の姿に何一つ恥じるところ無し。甲冑に覆われた胸を張り、悠々と玉座に座る陛下の前に。

 その途中、忌々しげに私を睨む父テオドールの顔が見えたが、微笑みだけを送っておしまい。それ以上もそれ以下も無く謁見のポジションに跪く。


「私、レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクでございます。お目通りのお許しに感謝を、こうして実際にお目にかかり光栄です陛下」


「おお、直接に顔を合わせるのを楽しみにしておったぞ。そなたからの献上品の品々は実に素晴らしかった。面を上げよ、楽にするがよい」


 おおらかな声色でのお決まりの言葉に従い顔を上げて立ち上がれば、柔和な壮年の男性と目が合う。

 垂れ気味の青い目に淡い茶色の髪と髭。たっぷりと緩やかに波打ったそれらは、彼自身が持つ包容力をより強調しているようだ。

 その頭に戴いた黄金に宝玉をちりばめた冠は眩く、当然ながら他の諸侯らが被るものとは隔絶している。

 金で飾られた豪奢な椅子に預けられた体は細身で、いわゆる権力者にありがちな恰幅の良いものではない。権の重みで食欲を失うタイプなのかもしれないが、それ以上に懐事情が厳しいのがあるのだろう。

 皇の領地、いわゆる天領での税収では城の維持に式典の費用、軍備に人件費等々でカツカツか少し足りないくらい。大多数の貴族らはあれこれと理由を立てて皇室への納入を無視して自分たちを潤すのに使うばかり。そこに私の貢物(プロトスティウムの塊)はさぞ効いた事だろうとも。

 おかげで権威は確かな陛下から、私への覚えは福の神か金のなる木、金の卵を産む雌鳥といったところか。まあないがしろに出来るものではあるまい。


「いやはや。皇室への手厚い支援ばかりか、先程は率いる軍が少数でありながら、記録に無いほどの多くの賊を捕らえて我が元へ訪れたとか。まったくあっぱれな。まさに武門の鑑と言っても過言ではあるまい」


「過分なお言葉、恐悦至極に存じます。私は私の為すべきを為した。それを支える民の力があっての事です」


「なんと謙虚な……これほどの娘を持てた事、鼻が高い事であろうミエスク煌冠よ?」


「は……ハハッ!」


 私を絶賛する言葉から水を向けられた父は皇の言葉を否定する事もできずに頭を下げる。その際に私をチラリと見やったその目は娘に向けるとはとても思えないほどに怨めしげなものであった。

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