25:厳しくとも頼もしいことよ
「まったく何を考えているんですか! レイア様かもしれないのなら、まず私を呼べば良かったじゃないですか!? その合図になる笛も渡してありましたよね!?」
「……ワクワクしてやった。後悔はしていない」
色白尖り耳な金髪メイド、我が忠実なるミントを前に正座させられているのは、黒髪に長い猿の尾を持つ女格闘家メイレンだ。怒れるミントに言われるがままに背すじを伸ばして座る彼女だが、その返事はふてぶてしい。これにはミントも地団駄を踏まさせられるか。
こうしてミントに捕まる前、メイレンを信用させるため宿場近くで手合わせをした私達であったが、これがなかなかどうして白熱するものであった。
生身限定かつエナジー・ソードウィップなどは使わない格闘限定縛りを己に課したこの手合わせ。これでも私と真っ向のぶつかり合いで勝負になる人類など会ったことはなかった。
だがメイレンの打撃は受けた私の腕に響く程に重く、私の拳や蹴りは彼女のガードを潜ることもなかった。
打撃のみならず組み技にあっても同じく、互いに払い、弾いて掴ませず、仮に掴めて投げたとしても受け身を取って互いに無効化する形だ。
拮抗したこの手合わせの中で、私はスペック任せに上から潰しがちになっていた事に気付かされた。最後の方でフェイントも加えて当てるつもりで放った拳からスルリと逃れられ、尻尾から巻きついてきたメイレンをとっさに振りほどかねばならなくなったのにはしてやられたと思わされたぞ。
そこから着地点を狙った私の拳を、蹴りで止められたところでメイレンが降参を。
縛ると決めた手を使わずに終わらせられたのは良いが、それは彼女の側も同じことだろう。それで花を持たせられた形で終わりとされてしまった。私としては敗北感を刻みつけらる結末というものじゃあないか。
しかし、だからこそ欲しいな。私に反省と悔しさを味わわせたメイレン。逃す手はない人材ではないか。
「レイア様も! 手合わせを楽しんでいないで、ニクスを寄越して下されば……いいえせめてこちらが気づけるように手を振るなり飛びはねるなりしてて下されば、もっと早くに駆けつけて取りなせたのです! それをニクスをぼっ立ちさせて……!」
「いやすまぬ。せっかくの相手だからこそ誠心誠意相手をせねばと思っていたらつい、な。それ以上に私の予想を超える使い手であったために白熱してしまったのもあるが。どうだメイレン、私に仕えないか? とりあえず肩書としては武術指南役でどうか?」
「それは願っても無い。しかしまったく歯が立たなかった私が指南役と言うのはどうも……それに、私としては料理人として働きたいのだが」
「ほう! それは意外な……いやもちろん構わないが。やりたい仕事とやるしかない仕事ではやる気も変わって来ようからな。あと歯が立たなかったと言うのは謙遜が過ぎるな。私とてあの手合わせには反省も学びも多かったのだから、指南としては間違いあるまい? 私としてはそちらが無理で無ければ兼任してもらっても構わんと思っているのだが?」
こう遠慮のない感想を伝えれば、メイレンは正座のまま私へ向き直って頭を下げた。
「感謝する。今後はレイア様の料理人として、また手合わせの相手として仕えさせてもらう。必要とあれば戦場にもお供しよう」
「うむ。頼もしい者を召し抱えられて嬉しく思う。しかし料理人としてはまだ腕前を見ていなかったな」
「そちらは私が保証いたします。腕に不足は無いかと」
承認するのに早まったかとの私の言葉に、ミントがフォローを。聞けばミントが私の部下であると知って売り込んできた時にその腕前は味わっているとか。
「スメラヴィアでは新鮮なスタイルでしたので、レイア様はお気に召すかと」
「ほう。それは俄然楽しみになるな」
「故郷の食事が基本だから目新しいことは目新しいだろうが、あまりハードルを上げてくれるな。拳も料理も尽きぬ修行の身。肉体作りの実益と、旨いものを食べたいという趣味が高じた物ではあるがな」
その立脚点ならばなおのこと楽しみではないか。訓練用の体作りに有用なメニューは経験則から詳しいだろうと察せられる。旅をしてきた事から野戦食の改善も期待が高い。そして本人も高い個人戦闘力を備えていると来た。これはとんでもない拾い物ではないか。いやはや手広く恩恵はばらまいておくものよ。
「……って、誤魔化されませんよレイア様! レイア様もわざわざ誘いに乗らずに、もっとスムーズに話を進められる方法があったのではありませんか!?」
「買いかぶってくれるな。私とて常に最効率の最適解で事を進められはしない。それにメイレン相手ならば手合わせを受けておいた方が話は進みやすいとも思っての事だ」
「拳で力を認めた事で、食ばかりか武においても敬意を抱ける方だと確信できた。この私の気質を見抜いていたとは……」
「騙されませんよ? そんな建前を言っておいて、本当は面白そうだと思ったからでしょう?」
そうでもあるが。
さすがに私との付き合いも長い。あっさりと感嘆してくれるメイレンのようにはいかんか。その付き合いの長さから独自の判断で動いてくれたのは本当にありがたい。聞けば領内の治安維持強化の名目でフル装備の精鋭を動かし、ミントもそれに同行していたのだと。
実に素晴らしい判断だ。私の指示がなくとも私のために動いてくれる腹心がいてくれるとは、私はなんと得難い幸運に巡り合えたのか。
その辺りを言葉に出しつつ、私はミントを抱きかかえてその金髪の頭を撫で回す。
「な、何を! そ、そんなので誤魔化され……あふぅ……」
まったく愛い奴め。この可愛らしい腹心のおかげで生まれた余裕、逃がす手はないな。
「さて細かい所はヘクトルとも顔を合わせて打ち合わせねばなるまいが、まずは部隊を分けて動かす事になるか」
我が精鋭兵たるヘクトル率いる騎馬兵団。彼らの一部は私とともに都へ上がるとして、残りは今この時も潜んだ脅威にさらされているアランとラーズの保護する民の救援に向かってもらわねば。
私の側は都にて兵の質を見せつけられるのならば問題は無い。それでも数で侮ってくるようなのがいれば黙らせれば良いだけなのだからな。問題になるのは保護した民を守りきれなかった場合だ。その評価は到底受け入れられる物ではない。
「というわけでさっそくですまないが、メイレンも民を救援する部隊に加わってもらいたい。あちらは私も手こずった相手に狙われている恐れが高いのでな」
「それはワクワクモノだな。追われている人々には悪いが。分かった快く引き受けよう。炊き出しは私の好きにさせてもらっても?」
「余裕のある分までだ。ここから本拠に早馬も出して補給体勢は整えるつもりだが、糧食の配分は隊長の指示に従ってもらわねばならないぞ」
「むやみやたらな大盤振る舞いで、残りを飢えた旅としては本末転倒。分かっているとも。しかし予定外に、臨時に手に入った食料については問題なしと見てよいな?」
「賊以外からの略奪は禁止だぞ? 猟もするなとは言わんが、人里近くでは控えてくれ。それぞれの集落での狩人の仕事もあるのでな」
「なんと、そんな決め事をしている軍があるものだとは。が、しかし考えてみれば道理だな。そちらも分かった。レイア軍の規律を乱さぬように食料の残りと共に気を配ろう」
いや話の分かる人物で助かる。素晴らしい拾い物ではないか。
まだ各自に指示を出す必要はあるが、光明は見えてきたぞ。